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1フィートの災厄  作者: 奥雪 一寸
1フィートの災厄
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第一話 原点

 どんな生物にも、群れの仲間と折り合えない個体というものはいる。彼女はまさにそれだった。

 周囲の同族と異なり、彼女には色鮮やかな髪も、花びらのように色鮮やかな瞳もなく、冷たい鉄のような色の髪と、禍々しいレッドムーンのような緋の目をもって生まれてきた。

 体躯は、周囲の同族と同じで、人間よりもずっと小さい。僅か三〇センチメートル程しかない、華奢で、儚い外見をしている。背には蝶の翅。周囲の同族と違い、それも鮮やかな春の色でなく、寒々しい冬の夜の空のような、暗い紺色をしていた。彼女はフェアリーだった。

 そして、同族たちから仲間扱いされない理由は、彼女には、他のフェアリーたちが持っている、風を起こしたり、小さな炎を燃やしたりするような、魔法の力がないことだった。代わりに彼女には物を浮かせたり、手も触れずに小さな傷を作ったりする力はあったが、それはフェアリー達には見慣れぬ力で、周囲の同族たちは口に出さないものの、そんな彼女を気味悪がった。

 そしてさらに悪いことに、彼女には心を読む力があった。彼女を敬遠する同族の感情は、すべて筒抜けだったのだ。

 そんなことだから、彼女も同族から距離をおき、常に一人だった。同族から何も学ばず、また、何も教えられなかった。彼女は、親世代から本来教わる手先の器用さを活かす方法も、何も教えられなかった。

 だから、彼女が同族の小さなコロニーをこっそり離れるまでに、時間は掛からなかったのも無理のない話だった。同族達はそのことに安堵こそすれ、彼女を案ずるものもいなかった。

 彼女は同族から名前を与えられなかった。

 だから勝手に自分で自分に名前をつけた。コチョウ。彼女は、だが、まだ名乗る相手も持たなかった。

 同族は彼女を疎み、彼女はそんな同族を嫌った。コロニーを出た時には既に彼女の心は冷え切っていて、奥底には暗い色の憎悪の炎が燃えていた。

 彼女が生きる世界の名を、彼女はまだ知らない。とにかく名前も覚えていない近くの街へ出て、彼女は力を求めた。疎まれ、忌み嫌われても問題とならないような強い暴力を求めた。

 彼女がその為に選んだのは、冒険者になるという選択だった。彼女が街で知ることができた唯一の道だった。彼女は自分が生きる世界に、そういう荒事を生業とする者達がいることを知ったのだった。

 そして、冒険者はパーティーを組むものだ、ということも知った。そこで彼女は初めて、通常、フェアリーは持って生まれた強い魔法の力をもって魔術士として生きるものだが、自分が精神の力を操る超能力者であることを知った。

 彼女はパーティーを求めたが、そこでも彼女はまた一人だった。フェアリーに他の冒険者が求めるのは強い魔法の力で、それを持たない彼女は、ただのひ弱なお荷物と言われ、結局、パーティーを組んでくれる者は現れなかった。彼女自身がリーダーとして、パーティーメンバーを募ってみたが、結果は変わらなかった。そもそも、パーティーリーダーとして名乗りを上げる者は、彼女の他で見れば、既に二、三人のメンバーを集められている者達であり、メンバーの一人も事前に集められないような彼女に命を預ける冒険者は皆無だった。

 それで、彼女は他人を頼るのをやめた。

 同族に疎まれ、冒険者にも不要と言われた彼女が選んだ答えは、ひとりで生きる、という選択肢だった。

 勿論、素人であり、パーティーを組めていない彼女に斡旋される依頼などない。彼女は誰でも良いから討伐すれば報酬がもらえるという、だが割が悪くて誰も狙わない手配書ターゲットを狙った。危険は多いが、達成できれば実績としては大きい。だが、彼女の手の中に転がり込んでくる手配書は、まさしく報酬も僅かで、冒険に不慣れなパーティーでも倒せないことはないが危険が伴う、冒険に慣れたパーティーでも中途半端に消耗が強いられる、ほとんどのパーティーに敬遠されるものしかなかった。それでも彼女が力をつける為には、それに飛びつくしかなかったのだった。

 余談にはなるが、彼女が生きるその世界では、冒険者の命は、とても軽い。何故なら、生命の根幹たる魂の一部を封じる器というものが実用化されており、そこに魂の欠片さえあれば、死体が残っていれば、死亡した瞬間に魂の欠片がある場所で蘇生される、という、文字通り冒険者の命はいくらでもある、という非人道的なシステムが存在していたからだった。勿論、コチョウも、冒険者になるにあたり、なけなしの所持金(実は道端に落ちていた金貨をちょろまかしたに過ぎないのだが)を払ってその処置を受けていた。つまり、失敗すれば死ぬだけだが、死んでも蘇生され次がある、という究極に泥臭い選択を、コチョウは選んだのだった。閑話休題。

 そして、最初にコチョウが得た手配書は、ジャイアントモスキート二体の討伐だった。ジャイアントモスキートとは、つまるところ、デカい蚊だ。しかし、一体いれば近くに五〇体はいると言われていて、しかもかなり素早い。一気に魔法などで焼き払わなければ次々に増えて手が付けられなくなるという話は有名だった。

 その一方、非力な者でも当たれば倒せるという脆さから、たいていの場合、一体についての報酬が、その日の食事一食分にも満たない銅貨一枚レベルでしかなく、敬遠されるモンスターの最たる例だった。

 何とか手に入れたその手配書の実績を得るべく、コチョウは、発生源である、町の郊外の小川へ出た。

 勿論、勝てる訳もなかった。彼女の非力な超能力は、最初の数体だけは倒せたものの、繰り返し現れる増援の前にすぐに底をつき、また、戦闘訓練を受けていない彼女の徒手空拳が、素早いジャイアントモスキートにあたる筈もなかった。敵の数は瞬く間に膨れ上がり、良い獲物とばかりに、彼女はジャイアントモスキートに囲まれた蚊の団子の中心にすぎなくなった。一体、二体、三体に刺されたところまでは覚えている。ジャイアントモスキート程ではないにしろ、戦闘訓練もろくに受けていないフェアリーの体は、それと団栗の背比べレベルに脆弱だった。彼女はすぐに気を失い、そのまま、動かない屍となった瞬間、町で蘇生された。それが初めてのコチョウの冒険で、初めてのコチョウの死亡体験だった。

 コチョウが満足に動けるようになったのは、三日後だった。その間、藁の筵のような寝床の上に転がされていた。冒険者達が集う宿での話だ。依頼や手配書の斡旋もそこで行われていて、ほぼ冒険者ギルドのような場所だと思えば良い。もっとも、その世界にギルドは存在していない。当然藁の筵の上とはいえ、本来はただではない。要するに、コチョウは、収入を得る前に、ツケができたことになった。一日銅貨一枚。三日で銅貨三枚のツケだった。

 動けるようになって、コチョウはもう一度手配書を探したが、既に他のパーティーによって達成されていたのか、その手配書はなくなっていた。

 そこで、別に残っていた手配書をこなすことにした。ブルボグル一体の討伐だった。ブルボグルと言えば、弱いものに滅棒強く、強いものからは身を隠して絶対に襲い掛からないということで有名な、青い肌をした小鬼のようなモンスターだ。粗暴で、フルスイングで粗末な棍棒を振り回すことしかしない低能なモンスターだ。その討伐の手配書を見て、コチョウはそれを狙うことにした。

 結論から言って、彼女にそんな小鬼を倒せる力はなかった。それどころか、彼女の纏う、草を編んだようなフェアリーの衣は、何の防具にもならなかった。しかも、コチョウには、索敵、等という技術もなかった。あっさり背後をとられた彼女は、ブルボグルの爪で翅と衣服をあっさり毟られ、地上に落ちたところを彼女が受けるには大きすぎる棍棒を上から叩きつけられ、文字通りすり潰された。コチョウは、更にツケが増えただけでなく、衣服まで失った。

 三日後、コチョウはそれでも依頼書を漁った。宿の中にいる他の冒険者達から、全裸のフェアリーが一人で依頼書を漁っている姿は、さぞ奇妙に見えたことだろう。彼女には、隠しもしない奇異な物を見る視線が突き刺さっていた。

 それが逆に、コチョウを開き直らせ、やけくその心境で、何でも良いから依頼書のモンスターを討伐する、という悪い意味でも良い意味でも吹っ切れさせた。彼女が次に狙ったのは、その街には倒せる冒険者パーティーはいないと噂される、最難関のファイアドレイクだった。

 勿論、普通に考えれば、冒険を一度も成功させたことがないコチョウに、倒せる相手ではない。しかし、どうせ死ぬなら同じという開き直りが、一発逆転の大博打に打って出させた。そして、結果から記せば。

 コチョウは、ファイアドレイクを倒した。

 衣服を失ったコチョウだったが、むしろその方が身軽で、彼女は敵のすべての一撃を避けきる程の敏捷性を見せた。そして、彼女の拳はまぐれ当たりであったが、まともに当たりさえすれば、力を入れなくても相手の息の根を止めるという、超能力を持っていた。

 それがフェアリーの姿をした災厄の原点だった。

 人々も、その災厄を、コチョウ、と呼んだ。




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