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9.悠希の異世界初日終了

『  』は異世界言語

「  」は日本語   です

 



 完食した俺は悠里も食べ終わったのを確認して、飛び降りるように椅子から降り、悠里を抱き下ろして食事の盆を持ち上げた。

 受け取ろうとするカイルに首を振って断り、「食事、片付け」と口にしながら自分で扉に向かう。

 食事は毎日の事。自分でできるようにならないと。

 部屋を出て、盆を持ったまま、食堂がある方向を指差し、「片付け 行く」と繰り返せば、何が言いたいのか伝わったのだろう。カイルとアルは何度か言葉を確認するように「片付け」と繰り返し、うなずく。笑顔で俺の頭をなで、びっくりして油断した隙にさっと食器がのった盆を取り上げてしまう。


 俺の予想通り食器の返却は食堂であっていた。

 カウンターの傍の棚にカイルとアルは食器を置く。いくつか空の食器がのった盆が突っ込まれているので返却用の棚なのかもしれない。丁度食事中の人たちもちらほらおり、白い服のままの人、カイル達のように青い上着や他の色の上着をまとったい人達もいた。

 10代後半〜30代に見える男性ばかりで、やはり女性の姿はない。

 カイルの後をついていく俺と悠里に好奇の視線が向けられるが、俺も悠里も目の前で食事を受け取る別の青年のお盆の上に気をとられて気がつかなかった。


 料理は同じなようなのだが明らかに量が違うのだ。

 パンは複数個乗っており、俺や悠里が食べた3〜4倍ぐらいはありそうな全体量で、肉はサイコロとは程遠い大きさのカット。そのサイズはステーキというよりはまさに塊。それほど食べれないし先ほどの量で十分満腹感が得られたので問題はないが、周りの食事中の人の皿を見ればそれに近い量が残っているので、食べる量も体躯に見合った巨人サイズなのかもしれない。悠里も口を開け呆然と膳を見つめていた。


 じっと他人の膳を見ていたために勘違いしたのだろう。食事が足りなかったのかと言うようにカイルはもう一膳、俺の目の前に食事の載った盆を差し出した。しかもこちらでの普通量と思われる山盛り。

 カウンター越しに料理を手渡していた厨房にいた男性が、その量大丈夫?という視線をを向けている。こちらの料理人の姿なのか、エプロンと三角巾だが下に来ている白い服は同じようだ。


「いらないです」


 俺の隣で悠里もブンブンと首を横に振っている。通じるか怪しいので、自分のお腹を叩いて「いる ない」と言い、満杯である事を示し、お盆を押しやることで拒否を告げる。たぶん通じたのだろう、カイルはお盆をカウンターに戻し、俺達を連れて食堂を後にした。

 カウンター越しに料理を受け取った男性は、つき返された料理に気を悪くした風もなく、人好きしそうな笑顔で俺達に小さく手を振っていたので、俺も小さく手を振りかえしながら軽く頭を下げた。


 カイルとアルは部屋まで付き添い、明日から言葉の勉強を始めるとだけ言って部屋を後にした。

 今が何時かわからないが、窓から入る明かりから推測するには夕暮れ……だいぶ日が落ちてきている。

 天井に照明となるものは何もなく、ランプを置いていったことから電気などないのだろう。夜になればどれだけ暗くなるのか……。

 闇に包まれる前に寝入ってしまえばいいのだろうが、疲れているのに妙に目が冴えている。布団に潜り込むも、布団の質もお世辞にもいいとはいえないし、服はスーツのままで寝にくいし、すぐに眠気が来るとも思えない。かといって何かする気力もない。


 いろいろあり過ぎて頭の整理ができず、俺は頭を抱えて布団の上でうめいた。


 今日の出来事を振り返る。バスの中での事を思い出している時にようやく荷物の存在を思い出した。


「あー、俺達の荷物水の中のままじゃ……」


 あの池の場所は先ほど案内してもらった道中で見かけていない。

 これから夜になることを考えると、どこにあるかも分からない場所を今から探しにいくのは難しい。改めてカイルにでも尋ねる方がよさそうである。


「なぁ、悠里。悠里の荷物ってある?」


「ないよ。たぶんバスの中」


「だよなぁ」


 よくよく考えるとバスから脱出する際には、悠里は既にバッグは持っていなかった。やはりバスの中に置き去りか。水没確定だな。俺はスマホと鍵と財布くらいだったからポケットに入れてたし、それが水の中なら底に沈んだかもなぁ。

 もう元の世界には帰れないかもしれない。だからこそ、持っていた荷物を大切にしたい。明日、カイルにでも聞いてみよう。


 しかし、明日からの言葉の勉強がどういう感じになるのか分からないが、少なくともこのわずかな時間、カイルやアルと意思疎通するのも一苦労だった。

 多少言葉がわかるといっても会話が出来るほどの語彙はないようで、ボディアクションで示した方がまだ通じているという現状。ちょっとしたことでもなかなか伝わらないのはきつい。

 一方的にカイルが分かる単語で必要な部分だけ伝えるという感じで、俺の返答や質問に対しては凄く反応が悪いので、単語を覚え始めたばかりというぐらいではないだろうか。


(言葉が分かるのってカルマさんだけなのかな)


 一言も口をきかなかったマルドュークは、何のためにあの場に来てたのだろうとふと思う。一挙一動を見逃さないとばかりに向けられた探るような視線は居心地が悪かった。

 俺自身も最初の出会いの印象が強くて、どうしてもマルドュークを警戒してしまう。


(顔がいいだけに迫力があるし……)


 カルマの話で彼らの視線の意味が重くのしかかる。

 歓迎されていないと感じたのは勘違いじゃない。今までの迷人の行動が、彼らから向けられる視線に表れているのだ。


 平和な日本も難民や亡命者など簡単に受け入れない。たしか、世界的に見ても受入数はかなり少なかったはずだ。それだけ規定が厳しく決められていた。

 まして人品卑しからぬと保証してくれる人などいない、異世界からきた明らかな異物。自分の行動で示す以外に知りようがない。保護してもらっておきながら迷惑行為を働くとか、迷人に対してどんどん信用が失われているのなら、確かにあの視線も頷ける。

 俺だとてそんな存在がいたら「何様のつもりだよ!」と憤るだろう。


「価値を示せか……」


 問題を起こすような他所の国の人のために税金使う余裕があるなら、日本のためになることに力を使えよと思う。だが真面目に努力している人や、才能を示し益になる人だったら、それが何処の国の人でも頑張れと応援する気にもなる。利益云々がなくても、困っているなら手助けをしてあげたいとも思う。

 だが善意に胡坐あぐらをかくような無駄飯食いに好感が持てるはずもない。


 過去の迷人の問題行動がどういったものだったかは分からないが、考え方はこれに近いんじゃないかと思える。迷人に特別な役目があるわけじゃないなら、基本的には普通に一般市民として暮らす努力でいいのだろう。


(とにかく出来る事からやっていくしかない)


 まずは言語習得だな。意思疎通が図れないと何もできない。この歳で言葉の勉強なんて……恥ずかしいとか言ってられないな。子供扱いされるかもしれないが、悠里もいるしプライドなんか捨てて早くこの世界に馴染まなければ。


(しかし……なんで俺がこんな目に……)


 俺が何をしたって言うんだろう?

 はぁ…。と大きく息を吐き、もう寝るかと目を瞑ろうとした。


「にぃ、起きてる?」


「ん?どうした?」


「今日はそっちで寝てもいい?」


 なんだか妹が幼児返りしている気がする。まぁ、ここ二ヶ月以内でいろんな事があったからな。


「いいぞ」


 横に避けて悠里が寝るスペースを作る。キングサイズはありそうなベッドだから、二人で寝ても余裕だ。悠里は「ありがと…」と言いながら隅の方で丸くなる。


「ふふっ。2人で寝るなんて久しぶりだね」


「そうだな。悠里が中学生になってからは別々に寝てたからな」


 こんな異常事態でもなければ、年頃の悠里とは適度に距離をとっていただろうな。なんだか昔に戻ったみたいでこそばゆい気分だ。


「明日も何があるかわからないからな。早く寝よう。おやすみ、悠里」


「おやすみ、にぃ」


 俺はゆっくり目を閉じた。



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