8.悠希の施設内探索
『 』は異世界言語
「 」は日本語です
自己紹介を終えると、カイルとアルは
「いく みる」
と言ってドアを指差していた。とりあえずついて行ってみると、どうやら建物内の生活に必要な基本的な場所を案内してくれるようだ。
ミステリー研究部の姿は見えない。
それぞれのタイミングでそれぞれの世話役が案内するのか、三人の部屋に寄ることなくカイルとアル、ユリと俺の四人で移動する。カイルが先頭、その後ろに俺とユリ、最後尾にアル。
俺達の部屋の並びは全部等間隔で扉が並んでいたが、向かい側にも同じように扉が並んでいた。
「へや とまる へや」
カイルは希の入った最初の部屋から、今向かっている反対側の通路まで並んでいる扉を指す。おそらく客室だろう。客室にしては質素な感じがしないでもないが、二十近くありそうな部屋は今は俺達だけしか使ってないようだ。
突き当りまでいくと、扉のない大きな部屋があった。
どうやら物置部屋のようで、使っていない机や椅子などが整理され置かれていた。カイルはこの部屋ではなく、その隣の部屋を示す。
こちらは小さめの扉があり、どうやらトイレらしい。
トイレは日本の水洗はさすがに期待していなかったのだが、形は洋式トイレに近い形で、水ではない別の方法で綺麗にしているようだ。
カイルが見本として黒い液体を入れると、瞬時に綺麗になった。魔法といわれても納得しそうな不思議な機能。言葉の壁があり、原理はわからないが、この仕組みのおかげか匂いもなく、清潔なトイレだった。物語で魔道具というものがあったが、これは魔道具なのだろうか。
次にカイルはトイレの隣の扉を開けて俺の手を引く。
「みず あらう」
どうやら中庭に出る扉のようだ。そこそこの広さのある場所で、いくつかの大小の桶と水瓶が置かれ、床はタイルが敷かれており、屋根もあるが奥には壁がなく外に通じていた。バルコニーのような作りだ。中庭であろうその場所は3方向を建物に囲まれている。整えられたその場所には井戸のような物があり、予想はついていたが水道というものがない世界なのは間違いなさそうである。
魔法が使える世界なのに、妙に原始的な設備だと疑問に思ったが、ひょっとしたら水魔法がないのか、全員が全員使えるわけではないという事かな。
トイレのあった場所は角だったが、右にまだ廊下がどこかに続いていた。だがカイルは戻ることはなく、そのまま井戸を越え先に進む。
反対側にも同じようなタイルの部屋が見え、この建物がかなり大きかったのが分かる。
ここは洗濯場所も兼ねているらしく、庭にはタオルのような布切れと、見覚えのあるデザインの白い服やエプロンがいくつも干してあった。
中庭を抜け向かいの建物に入ると、大きな部屋があり、どうやら食堂のようだ。奥には調理場があり、カウンター越しにようやくカイル達以外の人を見ることができた。
今は夕食の支度の最中らしく、忙しそうに何人かの男性が動いている。遠めだがやはり身長は高そうである。
最後に案内された場所は風呂場で、カイル達も使う共用の場らしい。
籠がいくつか置かれた脱衣所に、大きめの引戸があり、すぐ洗い場となっていた。大きな浴槽らしき物が見えたので、ぱっと見は日本の銭湯みたいな感じに近そうでほっとする。
「ユリ ふろ ない」
ずっと気になっていた。この神殿で女性を見ていない。顔は整っている人が多いが全員男性だ。どうやら、女性のための設備はないらしい。
俺達に割り当てられた部屋の前まで戻ってきたかと思うと、アルは隣の部屋を開けた。
「ユリ ふろ」
隣の部屋の真ん中に大きなタライが2つ置かれていた。
「ゆ ある ユリ ふろ」
どうやらここを悠里専用の風呂場にしてくれるようだ。湯も用意してくれるのだろう。この世界の人には洗濯用のタライなのだろうが、悠里なら浅めの風呂にはなるだろう。
「ありがとうございます」
ユリの事をきちんと考えてくれている。そう判断して礼をした。俺に習い、悠里も隣でお礼を言っている。
そんな俺の頭上でクスッと笑い声が聞こえたかと思うと、頭を優しく撫でられた。見上げるとカイルが微笑みながら俺の頭を撫でている。隣ではアルが悠里の頭を撫でていた。
体格差はあるが、おそらくそんなに年齢差はないであろうカイルとアルの子供扱いの行動に、思わずふくれっ面をしてしまったが、それが幼子が拗ねているととられたようで、再びクスクスと笑われた。
納得いかない!!
建物探索は終了したようで、基本的に一階部分は特に入っては駄目な場所はないらしい。
二階はお偉いさんたちの部屋とかあるらしく、近づかない方がいいと言われた。確かに先ほど説明のために連れて行かれた部屋も上の階である。住居っぽい部屋ではなかったが、カルマとマルドュークの部屋も上の階にあるのかもしれない。別棟の建物も一般常識を学ぶまでは立ち入り禁止。
大きな施設だが、活動範囲は限られそうだな。
食事を持ってくるから待つように言われ、俺と悠里は部屋に残された。
ミステリー研究部はどうしているのか気になったが、やっと二人でほっとする時間を与えられると、いろいろなことがありすぎて張っていた気が緩み、一気に疲れが出てきてしまう。片言の言葉を理解するのも精神力がゴリゴリ削られる。
情報を整理するためにも、他の人の話を聞いた方が良いとは思うが、たとえミステリー研究部のメンバーの部屋が、近くの部屋と分かっていても、今は動く気になれなかった。
このまま現実逃避もかねて寝てしまいたい衝動と戦いながら寝台の端に腰掛けようとした時、違和感を感じるがその正体にすぐ思い当たり、まさかと思いながら疲れた体を押して傍の椅子に移動する。
「……」
座る前に分かる。
「あーくそ、巨人どもめ」
「にぃ、私座れる自信ない」
俺の尻が椅子に届かないんだから、さらに背の低い悠里には無理だろう。物が全て巨人サイズに出来ているのを見て、自分の身長に劣等感を抱いてしまう。
元の世界でもあったが、カウンター席でやたら高い椅子を置いている店。ジャンプするように反動つけないと座れない。そんな椅子を思い出す。
俺は悪態をついて、次は行儀悪くそのまま布団の上に突っ伏した。その隣に悠里もジャンプするように布団に飛び乗った。行儀が悪いが、俺が先にしてしまったから何も言えない。
上半身は布団の上にうまく乗ったが、ひざが引っかかり足は空中でプラプラしている。
はぁー、と深いため息をついた所で、悠里が話しかけてきた。
「ねぇ、日本では私達、どうなってるのかな?」
「ん〜?学校も道場も無断欠席となると、誰かが家に見に来て捜索願いだされてるかもな」
「なんか、いろんな事が立て続けに起こって現実味がない」
「そうだな。いきなり異世界だなんて言われても、よくわからないよな。……でも、あのミステリー研究部の人達は凄かったな」
「うん。チートがどうのこうのって。現状に焦りなんかなく、凄く楽しそうだった。ねぇ、本当にチートなんてあるのかな?私も魔法使えるのかな?」
「異世界転移なんて不思議な事があったからな。絶対に出来ないとは言わないが……でも、俺達はチートや魔法はないと思っておこう。そんな事当てにせず、きちんとこの世界の言葉と常識を学んでいこう。魔法を学ぶにしても、言葉がわからないと学べないし」
「うん……。にぃが一緒なら頑張る」
布団に突っ伏したまま、そう返してきた悠里の頭をそっと撫でていると、カイルとアルが食事の盆を持って戻ってきた。
「だいじょぶ ない?」
「ちょっと疲れただけです」
二人して布団に突っ伏していたせいか、体調を心配してくれたのだろう。みっともない格好を見られたのをごまかすように言う。まだ小首を傾げるカイルに「大丈夫」と繰り返し、笑顔を向けた。
体を起こし寝台の上に腰掛けたまま、机に置かれた盆の中身を見た。
パンとスープに、サイコロステーキと野菜の漬け合わせ。幸い「異世界ならではの食材」みたいなのは見当たらず、匂いも悪くない。
椅子を引かれて促されたので、温かいうちに持ってきてくれたらしい食事が冷めても悪いと思い素直に椅子に移動するが、椅子に座ろうとする俺と悠里の姿にカイルとアルがクスリと笑った。
やはりというか…悲しい事に普通に座ろうとしてお尻が届かず、足置きもないので高さがあわないのだ。
隣を見ると悠里がよじ登ろうと悪戦苦闘していた。正面から悠里の脇に手を入れ持ち上げようかと思ったが、体重の軽い悠里を持ち上げる事は出来るが椅子よりも高くスマートに持ち上げれない。
二人で悪戦苦闘していると悠里の背後からアルが脇に手を入れ、軽々悠里を椅子に座らせた。「ひゃぁっ!」と悲鳴を上げた悠里の頭を「心配ない」とでも言うように優しく撫でるのはもはや定番動作だ。
悠里が無事に座ったのを見て、俺も普通に座るのは諦めて椅子によじ登ろうとしたところを、カイルに抱えあげられて座らされる。
20歳成人男性が妹の前でこの対応……。恥ずかしさで俯けば、床に届かずプラプラ泳ぐ足が見え、さらにダメージを受けるたのだった。
先ほどからずっと感じた違和感、椅子もそして寝台の高さも日本のものよりずっと高い。
家具がこのサイズだと、男性だけではなくやはり女性の身長も高いのかもしれない。晴樹や怜士でたぶんつま先がつくぐらい。まさかあの二人の身長で、背が足りない苦労することになるとは思わなかっただろう。想像するとちょっと笑えた。
「ええと、食事終わったらこれさっきの食堂に片付ければいいですか?」
まだ部屋に居るカイルとアルに見られながら食事する気にもなれず、後片付けのために待っているのかなと思い声を掛ければ、何?という感じで首を傾けられる。綺麗な瞳に見つめられ、その美麗な様子は相手が男である事を一瞬だけ忘れさせた。
「食事、終わる。片付け、食堂?」
分かりやすく単語を選んで言ってみるが、通じたのか怪しい。
(食事はさっき使ってたから通じてるはず。そういえば、食堂って何て言ってたっけ……)
カイルを見れば困った表情で食事を示し、食べろと促す。
(食べ終わって片付けるのについて行けば、何が言いたかったのか分かってもらえるか)
諦めて見られながらスープに口をつける。
見た目はコーンスープだが……。一口目は恐る恐る。だが二口目からは何の警戒もなく口に運ぶ。やはりコーンスープに似た味で見た目の色も大差なく、せいぜい少し薄味かな程度である。
肉は見た目は牛肉のステーキのようだが、食べてみると脂身のしつこさがなく、塩味だけということもあってさっぱりしていた。レシピを残してくれた過去の迷人に感謝だな。
隣を見るとカトラリーが大きすぎるのか、悠里が食べづらそうにしていた。普段綺麗に食事をするのに、口の端にコーンスープが付いている。それを拭いながら、食べていたが、それをカイルとアルに微笑ましく見つめられているとは気づかなかった。