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6.悠希はこの世界に望まれていない?

『  』は異世界言語

「  」は日本語  です。




 

「突然現れるって、あんた達が俺達を召喚したんじゃないのか?」


晴樹の質問。やっぱり勇者召喚が諦めきれなかったのか確認している。


「召喚ですか?いいえ、そんな事はしていません。私達にも迷人がどうして神楽池に現れるのか分かっておりません」


「迷人って何をする人なんだ?」


「特にはなにも。前触れもなく現れた方を保護する際にそう呼ぶようになっただけです」


ここぞとばかりに問いかけた怜士だが、望まれて呼ばれた存在でもなく何の使命もないと言われ、明らかに気落ちした様子を見せた。


「あ、何か特別な力があるとかは?」


「特別な力ですか?……今のところそういう話は聞いたことはありませんが。ただ、迷人の世界にある食や技術は広まっています。マヨネーズや漬物、唐揚げやトンカツなどの揚げ物は人気ですよ」


「マヨネーズ…異世界の定番……もう広まってるんだ。まぁ…俺はレシピ知らんけど。あ、でもスマホがあればわかるか……」


「特殊能力…ないのか」


撃沈という風情で怜士と晴樹は肩を落とした。

希は可愛く首を傾けて怜士と晴樹の顔を覗き込む。


「怜士くん達、まだわかんないよぉ。チートとかってあっても知られてないだけかもだしぃ。ばれないようにしてる主人公とかのあるじゃない」


「チート?聴かない言葉ですが、どんな意味ですか?」


「え?あ、何でもないです。そうか、そうだよな召喚じゃないっていう話も結構あるし」


「何かの切っ掛けでとかもあるしね」


「魔法、使えないのかなぁ」


「魔法ですか?我々は使いますが迷人が使えるかはわかりません」


「え?魔法使えるんですか?」


晴樹の質問に答えるように、カルマは手のひらに光の玉を出した。


「「「うぉぉぉぉ!!!」」」


「「ひゃっ!!!」」


光の玉が出た時に「すげぇ!」と思ったが、俺のそんな感動を上回るほどの叫び声をミステリー研究部があげたため、思わずビクッとなってしまった。


「本当に魔法があった!」


「やっぱり異世界転移だ!」


「魔法の勉強がしたいんですが、教えてくれますか?!」


テンション高めに騒ぎ出す3人組と、それを呆然と見つめる俺と悠里。その極端に違う反応をニマニマしながらマルドュークは眺めていた。


「教えるのは良いですが、言葉と一般常識が先です」


カルマのその言葉を、3人組は既に聞いていなかった。「やっぱ攻撃魔法だよな」「私は癒しの力を…」「召喚とかできないかな?」と、盛り上がっている。仕方なくカルマが俺達に視線を向けてきたので、了承の意味を込めて頷いたら、満足したかのように微笑んだ。


それにしても大変な状況だというのに……。一瞬俺はミステリー研究部の会話に既視感覚えた。

ここに来る前、大学の講堂でアニメ好きのメンバーがそんな会話をしていた気がする。今は異世界ブームだ。王道はこうだとか今の流行のパターンはこっちだとか、熱く語っていた時にそっくりだった。自分が現実を考えている中、目の前で繰り広げられる平和な会話に呆れを通り越して、悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。


どうやら、短絡的な性格であろう怜士の態度は分かりやすい。チート能力を早く確認したいとばかりにそわそわしだす。

晴樹は妄想癖がありそうだ。さっきから自分が主人公の物語をニヤニヤしながら呟いている。

怜士と晴樹の望む展開ではなかったが、それでもまだ一縷の望みを掛けているのだろう。チートの言葉に反応したカルマに答えなかったのは、もしチート能力があるとしたら知られないほうがいいと、とっさに思ったに違いない。

どれだけ本気なのかわからないが、ミステリー研究部は自分達の持つ異世界の物語の展開を信じているようだ。


何故そこまで妄信的になれるのか……異様な状況だけど現実を見てほしい。

実際、何処まで三人が話している「王道パターン」とかの知識が当てになるのか分からないが、異世界知識がない俺としては、自分で目の前の非常識な現実を理解できるようにするしかない。

どうやらミステリー研究部とは、気にする部分の優先順位も違いすぎるようだし。そろそろ俺も質問しても良いだろうか。


「あの……そこまで迷人に詳しいという事は、自分達の他にも同じような人がいるって事ですよね?その人達の中に元の世界に戻れた人はいるんですか?」


「今まで戻れた方がいるという話は聞いたことはありません。戻る方法というのも知識としては伝わっておりません」


「この世界に来る条件が分かってないなら、突然自分達のようなのが現れたように、あなた方が気がつかないだけで、戻れた人もいる可能性とかはありえるのでは」


こちらに来る切っ掛けとなったあの事故のように、知られていないだけで帰る手段がないとは思いたくはない。


「確かに絶対方法がないとは言い切れませんが、少なくとも迷人の記録が残っている限りでは、皆様こちらの世界で亡くなられています」


「えっ……!?」


「迷人の記録は神殿で保管され、また各神殿へと共有されますので、記録は500年程前から残っていますが、行方が分からないままという方はおられません」


告げられる内容に俺だけでなくミステリー研究部も息を呑む。隣では悠里がギュッと手を握ってきたので、その手を宥めるように両手で包みこむ。

帰る手段を完全否定されたわけではないが、そこまでの長さで記録が残っているというのも凄い。


「何故、全員死んだって分かるんですか?こちらに知られずに来た人だっているかもしれませんし」


ようやく本題とばかりに、カルマが目を細めて笑みを浮かべ俺を見た。

口調も態度も穏やかなままなのに、俺には何故かその笑みが冷たいものに感じて背筋がぞくりとする。


「これまでこの神殿の神楽池以外から現れたと言う話は聞きません。全員あなた方のように神楽池に現れています。神楽池は聖なる場所とされ神殿の敷地内にあるために、迷人が現れたら神殿の者が確実に気がつきます。そして迷人にはそれと分かる目印を付けさせていただいてます」


そういってカルマは静かに近づいて来たかと思うと、そのまま俺の左手首をなでた。


「え、あれ……っ!」


触られて初めて違和感に気がつく。

バッと……片手だけゆりの手から外し慌てて自分の手首を確かめる。袖のボタンを外し、空いた隙間から自分の手首を確認する。


「何これ?」


手に触れる金属の感触。

腕輪にはこの世界の文字で何かが刻まれているだけのシンプルな物だ。


「なにコレ?」


「呪いのブレスレットとか……?」


「それを言うなら隷属の……じゃねえの?異世界あるあるじゃん」


自分ではよく見えないが、ミステリー研究部も悠里も同じように手首を確かめ驚いている事から、同じものがついているのだろう。

悠里の袖の間から見える手首には、太めの金属のプレートがついていた。そのシルバーのプレートにはのたくった文字のような物が彫られており、それ以外の飾りはない。

ただ金属というには重さを感じず質感も違う。シルバーの腕輪は硬いが冷たさはなく、不思議な事に留め金が見つからない。つまり、外せない。


「これ、なんなんだよ」


「知らないよ。いつの間に…?」


「まさか……ほんとに隷属の……?」


隷属アイテム。晴樹の一言で背筋に嫌な汗が流れる。思わず全員がカルマの方を見つめてしまった。


「大丈夫。隷属の腕輪なんて物騒な物ではありませんよ。それはあなた方の身分証になります。亡くなられた場合、神殿側で分かるようになっております」


カルマはこちらの驚愕を気にした風もなく淡々と告げる。


「この国の者に支給される個人認識標ですよ」


カルマ曰わく、銀行口座も兼ね備えており専用の端末で現金を引き出せ、本人確認は体内に流れている魔力で識別している。

ただし、迷人は魔力ではなく、皮脂からの生体エネルギー、恐らく遺伝子判定で判断しているようだ。現金払いのみの小売店以外であればこの認識標で支払いもできる。

プレートを弄びもてあそながら説明を聞き生体認識を兼ね備えたEdyかと、日本での記憶を手繰り寄せて理解した。


「カルマ様のを見せていただけませんか?」


カルマの認識標は色が違っていたが、悠希達と似たような物が手首についついた。

それを確認しから本当に個人認識アイテムなのだと納得できた。


「全員持っている物ですよ。大丈夫です。ただ、迷人とわかるように違う色になっています」


カルマはこちらの驚愕を気にした風もなく淡々と告げる。


「神楽池から現れることから、迷人の扱いは神殿の管轄とされます。その為、こちらの生活に慣れるための一年間、神殿が生活を保障させていただきます」


「えっ、一年間だけ?」


「はい、衣・食・住にこちらの言葉と、それに伴い一般教養とされるものをお教えします。一年後からは神殿の管轄を離れますが、もしご希望がありましたら多少の働き先の紹介はすることが出来ます」


「えぇ…勇者にその待遇……?」


一年というのがミステリー研究部は不満そうだが、俺には実際長いのか短いのかぴんとこない。それでも当面の生活を保障してくれるのはありがたい。

言葉も過去の迷人のおかげなのか、日本語を話せる人がいるというのはまったく何の手がかりもない状態から覚えるよりは、かなり恵まれているだろう。


神楽池に何故迷人が現れるのかはまだ解明されてないらしく、それでも過去の迷人からもたらされた知識の恩恵と、聖域である神殿の敷地内に現れるからには何かあるのではということで、一応その様子見の為の一年でもあるらしい。

でも実際に何かをもたらしたのは過去の迷人であり、逆に今では、この世界へ高待遇を求めた迷人が災厄の種にもなったことがあったそうだ。


腕輪の存在が本当に『呪いの…』じゃないか気になるところだが、そんなトラブルを起こした迷人もいた為に、迷人と分かるように、また、神殿を出てからの生活のためにも法で決まっている為に腕輪を外す事は出来ないと言われた。俺は最近の迷人の災厄って何やったんだよって思ったが、最悪な事にこの数十年の間に迷人はけっこうな確率で迷惑を掛けているらしい。その影響で近年は特に迷人の存在を危険視する者も多いので、カルマは行動には注意するよう強く言った。

つまり俺達は「迷惑ばかりかける迷人」として、そのまま見捨てられていてもおかしくはなかったのだ。


「カルマさんはとても流暢に日本語を話していますが、そこまで言葉を覚える程、迷人は多いのですか?それと、迷人は全員、俺達と同じ言葉を話しているのですか?他の神殿の神楽池でも?」


カルマの説明を聞いて、どうしても考えてしまう疑問点。カルマは…この人達は迷人の対応に慣れすぎているし、当然のように日本語で話しかけてくる。


「この世界には、いくつもの神殿・神楽池があります。しかし、迷人が現れるのはこの神殿だけです。ちなみにこの神殿に最後に迷人が現れたのは、3年前です」


3年前に…。思ったより最近だったな。そういえば、何かの番組で観たな。日本全国の警察に届けられる行方不明者数、1年間8万人。その内の何人かがこの世界に来ているとすれば、確かに納得がいく。


「その方とは、会えませんか?」


「無理です。その方は自死されました。元々、そのつもりだったとおっしゃっていましたが、違う世界へ来た事が精神的に負担になったのかもしれません」


我々の力不足ですと言うカルマに俺は首を振って否定する。

俺達がバスで落ちた場所は飛び降り自殺で有名な橋。おそらくあの橋の下が異世界との繋がりなのだろう。とすると、3年前に来た人は自殺志願者だったのかもしれない。


「ただ、過去の迷人はこの世界で生活しています。この神殿を出られてから会うことがあるかもしれませんね」


「そうですか。元気に生活されているんですね。それが知れただけでも良かったです」


この世界で普通に生活している人がいる。生活できるんだ…。目の前では、この話に興味がないのか「アイテムボックス」と呟いている3人がいるが、これはもう無視しよう。


「今、私が話している言葉は迷人の言語と言われている言葉です。この言葉は、神殿の上級神官しか話せません。大半は喋れないと思ってください。なので取り合えず、みなさんは言葉を覚えてください」


一年の生活の保障はするが、拘束しているわけではないので行動の規制はしない。勝手に神殿を抜け出し問題を起こした場合は、保護期間中であっても国の法で裁く事になるので、こちらの常識を早めに学んで騒ぎを起こさないようにと念押しされる。まずは言葉を覚え、そして一般常識を学ぶ。一般常識を覚えるまでは、神殿の指定された範囲内で生活をしてほしい。そうでないと安全の保障はできないと念押しされた。

地球でも、海外に行けばタクシーを停めるために手を挙げただけでアウトな国もあると聞く。

何もわからないままウロウロするのは、確かに危ないなと、肯定の意味をこめて頷いてみせると、カルマの口角が満足そうに上がった。


「あなた方がご自身の価値を示せば、基本は一年ですが、それ相応の対応をこちらもとらせて貰います。もちろん逆も然りですが……」


口調は変わらないまま至近距離から向けられた眼差しは鋭くなり、到底穏やかとはいい難いほど強いものに変わる。俺達の本質を暴き出そうとするかのようだった。


「あなた方はこれから嫌でもこの世界で生きていかなければならない。それは理解してください」


迫力におされて息を呑む俺に、先ほど威圧を嘘のように治めたカルマは横に控えていた五人の青年を示した。


「基本的にはそちらにいる五人が、あなた方の世話役になります。多少は言葉を学んでいますので、分からない事は彼らに聞くようにして下さい。先ほども言ったように行動の制限は特につけませんが、まだこちらの常識がわからないでしょうし、面倒事を避けるためにも神殿の外にでる場合は彼らを伴うようにして下さい。下町や町の外などは特に危ないので、命が惜しいなら行かないように」


私からの説明はこれで終わりですと告げるとカルマは不意に問いかけてきた。


「そういえば、あなた方はご兄妹ですか?」


「はい。そうです。悠里は俺の妹です」


そう答えると、世話役と言われた五人に、俺達にはわからない言葉で何かを伝え始めた。


「そうだった。一つお願いがあります」


「なんでしょうか?」


「俺達はバスという大きな乗り物に乗ったまま神楽池の中に落ちました。その乗り物の中に……その乗り物を運転していた人のご遺体があります。彼を埋葬してあげたいのですが」


「え?悠希くん、やっぱりバスの運転手さん死んでたの?」


「はい。俺が確認した時にはもう……」


「やっぱりなぁ。『うっ!』とか言って胸押さえてたって俺の話、本当だったろ?」


「心臓の病気だったのかな?もしくは、それが神の導きとか……」


「「「それ、ありうる〜」」」


人の死について話しているとは思えないほど軽いノリのミステリー研究部。イラッとするな。思わず睨みつけてしまったが俺のそんな視線には気づきもしない。

ふと横から視線を感じて振り向くと、カルマが俺を見ていた。


「わかりました。埋葬については、我々に任せていただいてもよろしいですか?」


「はい。よろしくお願いします。神聖な池とおっしゃってましたが……その……遺体が上がったのは大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。近年、神楽池にはご遺体となって訪れる迷人が多いですから」


それは、自殺の名所となってからという事なのだろう。遺体の埋葬もきっとその度にしてくれていたのかも。

俺はカルマに全て委ねることにした。

その後、世話役の五人の青年たちは、それぞれ連れてきた相手の傍に行き、部屋へ案内する旨を告げ俺達を誘導する。

告げられた内容をまだ整理しきれなかったため。悠里の手を握り無言でついて行く。

ミステリー研究部は俺とは対照的に異世界転移が確定して嬉しかったのか、全員がキャッキャと楽しげにはしゃいでいた。


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