1.悠希とバス事故
ダークな内容からのスタートとなります。
両親の49日の日、寺での法要・納骨を済ませ、妹と共にバスに揺られていた。
駆け落ち同然に結婚した両親に親戚付き合いなどなく、法要も俺と制服姿の妹の2人で済ませた。
あの日、近所の剣道道場に通っている俺と妹の試合を見るため、会場へと向かっている両親に暴走車が突っ込んできたのだ。
ーーー 即死だった。
試合開始前、事故の連絡を受け、妹と2人病院へと向かったが、損傷が激しく、遺体を妹に見せる事は出来なかった。
その後、小さい頃からお世話になっている道場の師範達の助けもあり、小さいながらも葬儀を済ます事もできた。
怒涛の1週間だった。次々と訪れる出来事に、俺も妹も現実を粛々と受け入れる事ができず、流されるように時間だけが過ぎた。
やっと訪れた静かな時間。4人で仲良く暮らしていた家が不気味な程静かに感じる。両親共稼ぎだったため、裕福とまでは言わないが、貧乏でもない極々普通の家庭。
現在20歳の俺と14歳の妹。俺の後を追うように同じ剣道道場に通い始めた妹とは、年が離れている事もあり喧嘩もなく、一緒に道場へ通いその日の学校であった出来事を報告しあう程度には仲が良い。
そんな俺達の試合を夫婦揃って見に来ていた両親。
そんな家族が生活していた家。葬儀も終わり落ち着きを見せた家に不気味な程の静寂が訪れていた。そんな家の一室に、何を考えているのかわからない、ぼーっとした顔で妹が座っていた。
「悠里、ココア入れたから飲まないか?」
両親が死んでから、妹とゆっくり話していなかった。だから今日はとことん妹と話をしようと思った。俺も妹もまだ学生。高校一年生になったばかりの妹には両親の死という寂しさも将来の不安も大きいだろう。兄として守ってやらなければならない。
「にぃ…」
妹は俺を『にぃ』と呼ぶ。道場では礼儀作法・立居振る舞いも学び、同級生に「凛とした姿がカッコいい」と言われている妹が、「にぃ」と呼ぶ可愛い呼び声には、まだまだ守ってやらないといけないなと、愛らしく思っている事は内緒だ。
「……寂しいな」
「……うん」
手渡したホットココアをゆっくりと飲む妹の頭を優しく撫でる。小学生までしていたこの行為は、中学生になる頃に「もう子供じゃないから」と怒られてからは控えていたが、今日は無意識に撫でていた。
金は保険金含め、俺も妹も学校を卒業する事が出来るくらい残してくれた。だから、金の心配はしなくていい。
「俺が今日から、悠里ゆりの父にも母にも兄にもなる。寂しい思いをさせてしまうかもしれないが、頑張っていこうな」
「にぃ…にぃ…」
それから、妹が泣きながら話す事をゆっくり静かに聞いた。全部吐き出して前を向いてくれれば。兄弟2人でも穏やかに普通に幸せに生活できれば…そう願ったんだ。
それから、暗い顔をする時もあるが、妹は泣き言も言わず日常生活へと戻っていった。家事は分担。共稼ぎの両親に代わり、俺も妹も炊事洗濯はしていたため、家事については問題なかった。食事はできる限り2人で食べた。その日あった事をお互いに報告し合いながらの食卓は、以前と変わりないが、やはり寂しいものがあった。
そして何より、20歳を迎え大人になった気でいたが、何も出来ない自分に嫌気が差した。葬儀の準備も、その後の手続きも、師範達の手助けがなければ何も出来なかった。
『大人』と言われる年齢になったが、結局は両親の庇護のもと生活していた子供だったのだと突きつけられた。その庇護がもうなくなってしまった。これからは悠里ゆりを庇護する立場になるのかと、不安とプレッシャーに思わず天を見上げ、深い溜息をついた。
そうこうしてるうちに、49日の法要の日となった。納骨も済ませ、バスに乗って帰路につく。
バスの中には俺達兄弟と、大学生らしき男女3人が乗っていた。その3人は楽しそうにアニメの話をしている。
喪服のため慣れないスーツを着て、また慣れない事をしたせいか疲れていた。
墓は家から離れた山の中にあったため、もうしばらくバスに揺られないといけない。家に着くのは夕方くらいかな?
窓から外を覗くと太陽はだいぶ傾いてきていた。少し視線をずらすと、自殺の名所として有名な赤い橋が視界に入る。その橋から飛び込むと遺体も上がらないという有名な場所。橋の側には誰も使っていないだろう公衆電話がポツンとあって、さらに雰囲気を盛り上げている。夜になると肝試しで若い人がやってくると言うが、今はそんな事よりも、夕飯の事で頭がいっぱいだった。なくしてから気づくとよく聞くが、母を亡くしてから日々の献立を考えている主婦のありがたみが最近ようやくわかってきた。
行儀良く隣に座っている妹にそっと話しかける。
「悠里、少し早いかもしれないが、夕飯は外食にしようか」
「うん。そうだね ーーー 」
そんな会話をしている時に、バスが大きく揺れた。咄嗟に妹を抱きしめ運転手の方に視線をおくると、ハンドルに覆い被さるように倒れている運転手の姿が。そう思った瞬間、バスが大きく傾き激しい音と共に視界が暗転した。