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ずいぶんと以前に、他のホラーチャンネルで興味深い動画を見たことがあった。
それはモーと同じく心霊スポットに行く動画だったのだが、そこはたくさんのお地蔵さんが並んでいるスポットだった。いわゆる〇〇跡地とか、祀る必要のある場所だったはずだ。
そこに行ったそのホラーチャンネルのメンバーのうちの一人が「目が合う」と言った。
他のメンバーは気味が悪い程度の感想だったが、その一人だけは「見られてる」と言い続けた。
怯え始めたメンバーが「何に?」と問うと、その一人は「お地蔵さん」と答えた。
「たくさんのお地蔵さんが俺を見ている」と、その一人は震えて言ったのだ。
ふと、その動画のことを思い出した。
ワンさんの言った「見てる」。モーの言った「目が合う気がする」。
あのホラーチャンネルでは相手はお地蔵さんだったが、モーの場合は心霊写真だ。
被るようで被らない。
けれど、ものが違うだけできっと同じなのだろう。ワンさんの言う通りだ。
モーは、気に入られたのだ。
俺が確信を持てるのは、件のホラーチャンネルには続きの動画があったからだ。
件のホラーチャンネルでは、後日にお祓いの報告動画が上がっていた。
お祓いというタイトルではあるが、実際はお祓いまでは至っておらず、神主さんから説明を受けただけのようだった。許容範囲のタイトル詐欺。
叩かれなかったのは、その内容が俺に限らず他の視聴者にとっても興味深いものだったからだろう。
「お地蔵さんは地蔵菩薩。その地を守る神様であり、菩薩の名の通り大地のように広い慈悲で包み込んでくれる存在。決して悪いものではない。俺とはただ波長が合い、何をしに来たのか見られていただけ」
今回は、と。
「見られてる」と言っていた一人が語る。
そして、今回は、の意味を続ける。
「波長があったのが、ちゃんと管理された場所のお地蔵さんだったから見られているだけで済んだ。荒れた場所にあるお地蔵さん、お世話をされていないお地蔵さんだと、悪い方向に影響が出ていたかもしれない。それとは別に、同じように感じた場合は気をつけた方がいい」
幽霊やそれに通ずるもの、オカルトを信じているホラーチャンネルだからこそ、他のメンバーも神妙な面持ちだった。
「心霊スポットで視線を感じたり、目が合う感覚。それがある時は、必ず見られている。興味を持たれていると思っていい。お地蔵さんや仏像だけじゃないんだ。心霊写真だって、気に入った人間の前ではその向きを変える」
だから、皆さんも気をつけて。
報告動画らしく、おちゃらけることなく真面目にその動画は締めくくられていた。
ワンさんは事あるごとにモーに対して鈍いと言っていた。
俺としては、実はモーは霊感が強く、引き寄せやすい体質なのではないかと思っていた。だから鈍いと言われているのでは、と。
けれど、件のホラーチャンネルのことを思い出してからそれは違うと考え直した。
波長があったり、気に入られることに関しては、霊感の有無は関係ないのだ。
ワンさんが言っていたのは、『これだけ引き寄せて見られているのに、なぜ気づかないんだ』ということだろう。
そもそもワンさんをぬいぐるみに閉じ込めて話ができている時点で普通ではなかったのだ。
ワンさんを引き寄せたのだって、モー自身なのだから。
モーは好かれやすく、そしてそれに気づかない鈍さを持っていた。
すべての動画を見て俺はそこに行き着いたが、コメントを残すにはもはや無意味だった。時間が経ち過ぎていた。
不思議なほどに少ないチャンネル登録者数の意味が、そこでようやくわかった。
最後の動画を見終えた俺は、恐怖心をごまかすように深く息を吐いた。
いきなり始まった動画にはいつもの挨拶がなく、暗がりの部屋の中を映していた。
カメラの設置もかなり雑で、床に転がしたのではと思うほど斜めの世界になっていた。
その斜めの世界にモーはいた。
明かりもつけず、暗がりの中で床に座っていた。
モーの周りにはたくさんの写真が散乱していた。
めずらしくマスクを着けていないモーは印象通りの若者で、どこか一点を見つめる瞳は瞬きもしない。
モーのそばに転がるワンさんがずっと叫んでいる。
『起きろ起きろ起きろおおおおお』
ワンさんは上下の揺れが止まらないほど必死で、相反するモーのゆったりとした、けれど不可思議な動作が異様さを醸し出していた。
たまに体を揺らしてみたり、立ち上がりかけて四つん這いで突っ伏したり。
かと思えば座り直し、写真を見下ろしてしばらく眺めている。
ワンさんの声だけがその世界の救いだった。
『馬鹿やろおおおおお起きろおおおおお』
モーは写真を手に取る。
力が入っていないのか、写真は掴んでいるが手首より先はぷらんと揺れた。そのまま腕の力で写真を放り投げた。
一枚放り投げて、また一枚放り投げる。
その時のモーは床に散らばった写真を一切見ていなかった。
ただ床の上で振り回した手に当たった写真を掴んで、そして放り投げていた。
モーの周りから写真がなくなっていく。
やがて、その手はワンさんに当たった。
『やめろおおおおお』
モーはワンさんを持つと、手首をぷらんとさせたまま自身の顔の前に持っていった。
いつもはマスクに隠れていた口元がにやりと弧を描いた。
ゾッとする、明らかにモーじゃない笑顔。
『おい起きろおおおおお』
写真よりは重みがあり、ワンさんは勢いよく振り回されて飛んだ。
広くはない部屋の中であっという間に壁に叩きつけられると、パンッと首に掛けられていた数珠が弾けた。
ワンさんが叫ぶ。
『おい、おい、やめえええっ……』
ことりと、動きを止めた。
モーが「ふふ」と鼻で笑う。
何がおもしろいのか、肩まで揺らして鼻で笑う。
犬のぬいぐるみはワンさんとは違う声で喋り出した。
『見てる』
『見てるよ』
『見てる』
『見てる』
一つの声ではなかった。
ワンさんが喋る時のように、上下に揺れることもなかった。
肩を揺らしていたモーは、急に立ち上がった。
「ふふ」
頭から糸で吊るされたような不安定な足取りで、けれど勢いよくカメラの前を横切っていった。
カメラの後ろでガチャ、と扉の開く音が聞こえた。部屋を出ていった足音は恐らく靴を履いていない。
間を置いて閉じた扉は、重たい鉄製の音を立ててゆっくりと外の雑音を閉ざした。
そこからしばらく、何もない映像が続いた。
モーはどこへ行ったのだろう。
ワンさんはどうなってしまったのだろう。
この動画を撮影し、投稿したのは、一体誰だったのだろう。
最後の動画が投稿されたのが三年以上前。
直近で安否を問うコメントが一年前。
たくさんの心配コメントに、並ぶ「最後まで見られない」というコメント。
俺も、続いた映像を最後まで見ることができなかった。
『見られている』
そんな気がしてならなかったからだ。