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牛の首  作者: 猫じゃらし
3/7

3


「どうもー。牛の首チャンネルのモーと、相棒のワンさんです。ご覧いただきありがとうございます」


 三つ目の動画は見るからに廃墟という、二階建ての建物の前から始まった。

 固定された画角に全身を映したモーは変わらずマスク姿でワンさんを持ち、その反対の手には自撮り棒を持っていた。


「今日は後ろに見えます、心霊廃墟にワンさんと突撃していきます。前回前々回の反省を兼ねて、自撮り棒を用意しました。僕の顔なんていらないかもしれませんが、緊迫感が出るかなぁと思いますのでぜひご覧ください」


 「ワンさんの反応も楽しみですねー」と言い、カメラに歩み寄ったモーによって映像が一度切られた。


 次に切り替わった映像ではすでに廃墟の中に入ったらしいモーの顔が映し出された。

 暗視カメラを導入したのか、全体的に緑がかった映像になっている。


「今もう玄関に入っているので、ワンさんのスイッチを入れて早速上がっていきましょう。おじゃましまーす」


 カメラに映らないところでカチッと音がした。

 これまではモーが話しかけないと反応を見せないワンさんだったが、今回はすぐに機械音を鳴らして喋りだした。


『なんだここはあああああ』


 静寂の中に響いたワンさんの大声に、モーは動じることなく足を進めていた。


「心霊廃墟です。ここに幽霊はいますか?」

『うわあああああ』

「ワンさん、幽霊はいますか?」

『怖いいいいいい』

「ワンさん、教えてください」

『いやだあああああ』


 カチッ、とワンさんの音が消えた。

 モーが短く「あっ」と言い、ため息を吐いた。


「逃げられましたね。もしかしたら、ワンさんは怖がりなんでしょうか。仕方ないのでしばらく僕だけで探索します」


 パキ、パキ、とモーが足を進めるたびにいろいろな物を踏む音が聞こえる。廃墟というだけあり、床は抜けていたり散らかり放題なのだろう。

 間近で映されるモーの目線が足下に向いて忙しなく動いていた。


「ちょっとね、思った以上に荒れてまして……足が取られそうなんですよ。周り映しますね」


 カメラがモーから離れ、ずいぶんと高い位置に持ち上げられた。

 モーを見下ろす画角で廃墟の中が映し出され、光源のない暗闇は緑一色だがしっかりと確認することができた。


 モーはその場でゆっくりとカメラを回して周りを映していく。


「床が抜けてるし中も荒れ放題なんですが、間取りの感じを見たらわかるでしょうか。普通の一軒家です。曰く付きの、普通の一軒家です」


 曰く付きなのに、普通とは。

 俺は首を傾げたくなったが、すぐにモーの説明が入った。


「ここの一軒家、実は住宅街にあるんですよ。隣の家にもちゃんと人が住んでますし、心霊スポットになるような場所じゃないんです。なのにこんなに荒れ果ててる。普通の空き家に肝試しにくる人が多いのは、それなりの理由があるんです」


 荒れた屋内は、家具がそのまま残されているようだった。

 大きなものは配置は変えずに、小さな物は肝試しに来た人達によって散らかされたのか、床に散乱して。食器や衣服、何気ない生活用品まで、ありとあらゆる物が散らばっていた。


 散らばるほどの物が、残されたままだった。


「皆さん、おかしいと思うでしょ? この物の量。いきなり、ぱったり住人がいなくなったような残り方。……そうです、いきなりいなくなったんです。ここの住人は」


 これまでとは違う、モーの勿体ぶったしゃべりが恐怖を煽る。BGMさえ付けられていない簡素な映像なのに、それがよりリアリティを増してモーの言葉を誇張する。


 呼吸の音すらも鮮明に拾うカメラのマイクが、モーの低くつぶやいた言葉を映像に乗せた。



「この家では、一家殺人事件があったんです」



 ばさばさばさ、とモーの背後で大きな物音がした。さすがのモーも肩を跳ねさせて後ろを振り返ったが、何が鳴ったのかはわからなかった。


 カメラに向き直ったモーは、深呼吸をいくつかして気を取り直した。


「これだけ散らかってますから、何か落ちたんだと思います。……で、話を戻しまして、現場となったのが二階らしいんですね。なので二階に行ってみます」


 モー越しに映された階段は、そこにもいろいろな物が散乱していた。

 滑らないよう一段一段確かめながら足を置いていき、ゆっくりと時間をかけて二階へと到着した。


 いくつかある部屋を見て回り、最後に残してましたと言わんばかりにその部屋の扉を映した。


「見てください。扉に“ここ”って書いてあります。他の部屋は何もありませんでしたから、つまりこの部屋なんでしょうね」


 開けます、とドアノブに躊躇なく手をかけたモーは、不気味な軋み音を立てながら扉を押して開いた。


「あー、これは……うん。完全にここですね」


 モーの顔を映していたカメラはついに切り替えられ、持ち主を画角に捉えることなく部屋の中を映した。

 どの部屋よりも物、特に持ち込まれたらしい飲食物のゴミが置き去りにされていた。

 壁の落書きも多い。一部物が避けられた床には、スプレー塗料で大きく円を書かれていた。


「黒ずんだ染みがあります。周りには線香っぽいのも落ちてます。ということは、そういうことでしょうね。……あれ、これコンプラ大丈夫かな? あとでモザイク入れないと」


 モーがそう言った通り、円で囲われたところにはモザイク処理がなされていた。周りに乱雑に落ちた線香の燃え残りが生々しさを強調している。


 部屋を見回したモーは窓際に近寄り、枠のわずかな出っぱりにワンさんを置いた。


「もう一回、ワンさんを呼んでみましょうか。さっきは何にも教えてもらえませんでしたからね」


 そう言ってスイッチを入れた直後、ワンさんは上下に大きく揺れながら雄叫びをあげた。


『ここを出ろおおおおお』

「え? まだ早いですよ。幽霊がいるのか教えてください」

『早く俺を連れて出ろおおおおお』

「教えてくれたらもう終わりますよ。幽霊、いますか?」

『いるううううう』

「お、いるんですね」


 モーの声色に少し期待が混じった。

 そのまま質問を重ねようとして、何かを感じたのか「ん?」と息を潜めたようだった。

 ワンさんもその時は動きを止めた。


「下の階から物音がします。何人かの話し声と、足音かな?」


 耳を澄ませたままのモーはワンさんをそのままにし、カメラを持って部屋の扉に近寄った。

 マイクは確かに数人の物音、そして話し声を拾っていた。


「……ここ、有名だからなぁ。肝試しに来るのは僕だけじゃないってことです」


 バッティングは嫌だなぁ、とワンさんを回収したモーだったが、次の瞬間にワンさんが再び大きく揺れだした。


『逃げろ逃げろ逃げろおおおおお』


 あまりの声の大きさにモーは咄嗟にワンさんのスイッチを切ろうとしたが、ワンさんはモーの手の中で揺れ続けた。


『来るぞ来るぞ来るぞおおおおお』


 モーは確かにスイッチを切っているはずなのに、ワンさんの動きは止まらない。

 カチ、カチ、と何度もその音が繰り返されていた。


「ワンさん、ちょっと黙ってください。さすがに心スポで他の人とバッティングは怖いんで」

『怖い怖い怖いいいいいい』

「はい、怖いんで、静かにしてください」

『早く逃げろおおおおお』

「もう出ますから、本当に黙って……」

『ここの奴らが来るぞおおおおお』

「……ここの奴ら?」


 一瞬の間の後、モーはパッと部屋の外を見た。

 いろんなものが転がる廊下は決して広くはなく、けれど何もない真っ暗な空間。


 その暗闇が圧迫してくる空気を、映像ごしでも感じた。じわじわと。

 階下から忍び寄るように、けれども大きな存在が。


 恐怖心の高まり、そして緊迫感。

 手に汗握る、乱れ始めた俺の呼吸が映像内のモーのものと重なる。



『お前を捕まえにくるぞおおおおお』



 モーは弾かれたように走りだした。

 ワンさんの言葉を皮切りに、恐怖心が振り切れたようだった。がむしゃらに振られたカメラは暗闇の世界をめちゃくちゃに映し、そして動画は途切れた。



 息を呑んだのは、途切れる直前の静止画に、伸ばされた人の手を見た気がしたからだ。





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― 新着の感想 ―
[一言] 幽霊より、最後に見えたという人の手の方が怖い。いや、やっぱりモーさんかな。怖がりワンさんにはご愁傷様としか言葉が(lll-ω-)
[一言] うぉぉ……ワンさんお墨付きの恐怖(゜Д゜;) こいつぁやべぇ逃げるんだよォ~~!!
[良い点] 早々に相棒認定されたワンさんに幸あれ。 [気になる点] モーさんも一応は怖かったんだ、と安堵した自分が可笑しい。 [一言] ワンさんの切羽詰まった金切り声を想像すれば、一段と恐怖感が増しま…
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