レトロな街
本編第3話目です!よろしくお願いします!
浅我 勇という男から保護施設に連れて来られて一夜が明ける。
保護施設の空気はやけに重い。俺は重い空気に耐えかねて逃げ出すように、近くのまちへと向かっていた。
保護施設にいる皆命を狙われ、今日生きるのにも必死な人たちしかいない。かくいう俺も例外ではない。
暴力団のチンピラを不慮の事故で殺してしまった。そう、殺してしまった。殺す気はなかったんだ...あの時はただ必死で...
「ブーー!ブーー!ブーー!」
ポケットに入れていたスマホが、暗い空気などお構いなしに早く出ろと言わんばかりにバイブしている。
はいはい...今出ますよ。電話を掛けて来ている人に心当たりがある。
「ルイ、どこで何してるの?」
母だ。
母には心配かけまいと昨日の夜に、友達の家に泊まると連絡はしていたのだが、耐えかねて電話してきたのだろう。
「えーっと、まだ友達の家にいるよ。いつ帰るか分からないけど、俺は大丈夫だから。」
心配そうな母を安心させるために大丈夫と言うが、自分勝手で無責任だと思う。
「大丈夫ならいいけど...最近物騒だから、早く帰ってきてよ?」
ごめん、母さんしばらく帰れそうにはない。なんて言えないよなぁ...絶対怒られるし...なんて説明しようか。
「ルイ??どうしたの?」
俺がしばらく帰れないことを、なんて言うか悩んでいると、母から返事を急かされる。
俺は心を決める。ここで家に帰ると俺は一生トオルに顔向けできない気がする。母に嘘をつきたくはない。
「母さん。トオルは鷹見の学生って理由で暴力団組織に殺された。たぶん、鷹見の学生は狙われてる。今俺は保護施設にいて、しばらく家には帰れないと思う。家よりも安全だから安心してほしい。いつ帰れるか分からないけど、俺は大丈夫だから安心してよ。」
母が心配する気持ちは痛いほど分かる。俺が小さい頃に俺の父さんが亡くなっている。そこから母は女手ひとつで俺を育ててくれた。
「本当に大丈夫なの?」
「うん。必ず家に帰るよ。」
母は納得してくれた。
「そう。なら待ってるわ。」
はぁ。良かった...
「けど、2日に1回は必ず電話すること。いい?」
母は納得してくれた、誓約付きで。はいはい...電話しますとも...
電話に集合していたせいか、思いのほか歩いていたらしい。街が見えてきた。お腹空いたな。まずは腹ごしらえだな。
都会から離れているからか、レトロな街並みだ。
歩いていると喫茶店が目に止まった。
「『ビビッド』か。ここにするか。」
カラーンという音に反応して、ここの店主が反応する。店の雰囲気も街同様でレトロだ。店内に流れるBGMもいかにも90年代ものって感じで、耳に心地良い。
「いらっしゃいませ。あまり見ない顔だね。」
50代くらいだろうか?店主も気さくな人だ。優しい人なのだろう。
「隣の街から来たんです。」
「どおりで、見ないわけだ。初めて来た人には、当店のブレンドコーヒーをおすすめしているんだけど、どうかな?」
ここの喫茶店自慢のコーヒーをおすすめされたからには、飲むしかない。喫茶店に来たのは、俺がコーヒーが好きだからだ。飲むしかないこのビッグウェーブに!
「じゃあ、ブレンドコーヒーとホットドッグで。」
素直にブレンドコーヒーを頼んだからか、店主が微笑んでいる。
「かしこまりました。」
しばらく経つとコーヒーとホットドッグが出された。さて、お手並みはいかほどに?コーヒーとなると俺は専門家並みにうるさい。
まずは香りだ。コーヒーは何と言っても香りが大事だ。
しかし、匂うまでもなく、コーヒーの深くて苦い匂いが鼻をつく。これは期待できるぞ。
ズズッと一口飲む。
ほろ苦い味に、程よい酸味。いくつものコーヒー豆が奏でるハーモニー。正に至高のコーヒー。美味いなぁ...感動のあまり涙が出そうだ。さすがはこの店のマスター!
「少年はなぜ、この街へ来たんだい?」
感動に耽っていると、マスターに訊ねられた。
「この街の、近くに保護施設があるんですよ。いろいろあって、えーっと、今はそこに...」
マスターは何かを察したのか、俺の言葉を遮った。
「若いのに大変だね。しかし、今この街も安全とは言えない。あまり来るのはおすすめできないな。」
マスターも心配してくれてるのだろう。
「ありがとうございます。僕友だちを亡くしてしまって、保護施設にいるとそれを思い出してしまって、だから街に来たんです。気を紛らわせるために...」
俺は何を言ってるのだろう。こんなことを言っても誰も得をしないし、マスターに気を遣わせるだけだ。だが、もう疲れた。誰かに言わなければ、押し潰されてしまいそうだった。
しばらくしてマスターが口を開いた。
「そうか...20年前私も最愛の妻を亡くした。今は息子と2人でこの店を切り盛りしているよ。息子は私みたいに上手くコーヒーは淹れられないが、品出しの手伝いなどしてくれている。私ができるのはお客さまにコーヒーを飲ませてあげるくらいのものだ。それでも美味しいとお客さまが笑顔になってくれるのは私の生きがいだよ。きっと私の妻は、私が笑顔で暮らすことを願っていたと思う。残された人間にできることは、残された分、亡くなった人の分も幸せに生きることだと私は思う。」
マスターの言葉が心に響く。トオルの分まで俺は生きないといけない。そんな気がする。
「マスターも大変だったんですね。ありがとうございます。少し元気でました。」
マスターは少しびっくりしていた。
「マスターはよしてくれよ。私はただのしがない老人だよ。」
言葉とは裏腹に、マスターは照れている。嬉しいのだろうか?
ホットドッグの最後の一口を食べ、それをコーヒーで流し込む。
「とても美味しかったです。また来ます。」
「ありがとう。また、待っているよ。」
俺は笑顔で店を出ると、マスターも笑顔で返し、見送ってくれた。
美味しかったなー。今は15時か。まだ時間あるな、次はどこへ行こうか。しばらく歩くと骨董品売り場があり、興味本位で入ってみることにした。
しかし、俺に骨董品の価値なんか分かる訳もないが、美術館に来た感覚で物色していた。ボロボロな壺に目が止まりそれを眺めていると、後ろから知らない人に声をかけられた。
ガタイがとても良く、頬に切り傷がある。背中に長い何かをぶら下げている。ダンディな雰囲気のある男は強面でモテそうな顔をしている。
「君見る目があるな。この壺はいい物だ。」
本当にいい壺かどうかは分からないが、いい壺なのか?
「ありがとうございます。えーっと」
言葉に言い淀んでいると、その男の人が口を開いた。
「言い忘れてたな。名は浦原 八吉だ。とある仕事でこの街へ来ている。」
簡単に自己紹介をしてくれた。
「ヤキチさんは、こういうの好きなんですか?」
「いや、興味本位で入っただけだ。」
おいおい、この人絶対見る目ないぞ...さっきの壺もいい物か怪しいまである。ここに来た理由俺と一緒じゃん...
「君とは似た匂いがする。物の見る目がいい匂いがな。」
類は友を呼ぶか...興味本位で来たら友を呼んでしまったらしい。
「僕もヤキチさんと同じ興味本位ですよ。だけど、古い物を見るのは好きですよ。これを作ったがどんな気持ちで作ったんだろうとか、どんな想いを込めたのだろうか、ってのを考えるのは少し面白いです。まるで、その時間にタイムスリップしたような感覚になるので。」
うん、うんとヤキチさんは頷いてくれた。どうやら理解してくれたらしい。なぜかヤキチさんは嬉しそうに微笑んでいる。理解出来たのがそんなに嬉しかったのかな?
「その気持ち、すごく分かるよ少年。物を見て作った人のことを考えられる君は感受性が優れていてきっと『優しい心』の持ち主なのだろう。」
自分では大したこと言ってない気がするが、そんなに褒められると少し照れる。
「あ、ありがとうございます。けど、それを理解できるヤキチさんもきっと素敵な心を持っていると思います。」
ヤキチさんは依然嬉しそうだ。
「私は10年前に弟を亡くした。その弟も君と似たようなことを言っていたよ。物からはその人の想いが分かるってな。」
ヤキチさんは背中から長い何かを見せてくれた。どうやらニ本の刀らしい。いや、なんで刀持ってるんだ?
鞘に収まっているが、少し刀身を見せてくれた。手入れがしっかりされている。透き通ったような色をしていてとても綺麗だ。
「一本は弟が、もう一本は私が作った物だ。大事な刀だよ。」
「とても綺麗な刀ですね。なにより二人が刀が好きなのが伝わってきます。」
ヤキチさんは刀を鞘に収め、再び背中にぶら下げた。
「ありがとう。何より弟が喜ぶよ。」
少し話をして、骨董品売り場から出た。
「話せて良かったよ。少年、いや、聞き忘れていたな君の名前は?」
そういえば、言い忘れてたな。
「江嶋 瑠偉です。」
江嶋 瑠偉と言った瞬間だろうか、ヤキチさんの顔が鋭い表情に変わった。
「君が、江嶋 瑠偉なのか?」
君が?まるで俺を知っているかのようだ。
「そうですけど?」
ヤキチさんは怖い表情をしている。緊張感が高まり、冷や汗が出てきた。
そしてゆっくりとヤキチさんは言う。
「心苦しいが、君はここで私が殺す。」
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