8
◇◇
20人以上着席できる長テーブルにポツンと私、シャルロットは一人で座っていた。
この屋敷に来てからも食事は一人で取っている。
寂しくなんかない。
何年も閉じ込められていたし、もう慣れっこだから。
時々侍女たちが仲良さそうにおしゃべりしているのを見かけるけど、羨ましいなんて思わない。
どうせ私は悪魔に体を乗っ取られる運命なのだ。
このままずっと一人でいる方が気が楽だ。
シーンとした食堂にナイフとお皿が奏でる高い音だけが響く。
食べ終わった後も、「ごちそうさま」すら言わずにその場を去るだけ。
この日も同じはずだった。
……が、しかし。
「シャルロット。ちょっといいか?」
ちょうど席を立とうとしたところで、あろうことかクロードがやってきた。
部屋の隅で控えていたリゼットがずいっと彼の前に立ち「食事中に勝手に入ってくるなんて無礼が過ぎますよ」と、抑揚のない低い声で言う。
ゾクっと背筋が凍ってしまうほどドスがきいている。普段は穏やかなのに、怒らせると超怖いってドギーが言ってたことは本当だったのね。
けどクロードは悪びれる様子もなく
「食後の紅茶を入れたティーカップを下げる音がしたから、もう食事は終わりだと思っていたんだが、違ったか?」と言いのけた。
そんな彼に対し、リゼットがため息交じりに首を振る。
「ウソおっしゃい。あなた、まさかドアの外からその音を聞いたと言いたいの?」
「ウソじゃないんだが……」と言葉を濁したクロードは、リゼットの脇から顔を覗かせて「まあ、今はそんなことどうでもいいじゃないか。シャルロット、頼みがあるんだ」
と訴えてきた。
本当は彼の頼みなんて聞きたくないけど、変な意地を張って断ろうものなら、
――案外器が小さいんだな。
なんて言われかねない。
私は座ったまま「仕方ないわね。聞くだけ聞いてあげるわ。感謝しなさい」と告げた。
すると彼はとんでもないことを言い出したのである。
「休憩時間をくれないか?」
あんたみたいな訳わからない男を雇ってあげてるだけ感謝して欲しいくらいなのに、なぜ休憩時間をくれてやらなきゃいけないのか……。
理解に苦しむ。
「はぁ? なんでよ?」
クロードは私の疑問に対して予想の斜め上……ううん、違う。
『想定通り』の回答をしてきたのだった。
「昼寝がしたい」
平然と言ってのけた彼は、当たり前のようにドヤ顔をしている。
「あんた……バカなの? 私が『もちろんOKよ。昼寝をすると健康に良いみたいだからね!』なーんて言うとでも思った?」
「違うのか?」
「違うに決まってるでしょ! あんたたちは私のために働けばいいの! それが嫌なら辞めてもらって結構だわ!!」
クロードが悲しげに眉をひそめた。
脇に移ったリゼットは黙ったまま、私をじっと見つめている。
気まずい沈黙が漂う。
なによ……! まるで私が悪いみたいじゃない!
ああ、やっぱりこいつに構った私がバカだったわ。
早くなんとかしてクビにしなくちゃ。
私は「もうこれ以上話す気はない」と目で訴えてから、席を立ち、クロードの横を大股で通り過ぎた。
リゼットが早足で私の前に回り込み、ドアノブに手をかける。
「シャルロット様。本日もアレックス卿は軍務で屋敷を留守にしているようです。マルネーヌ様の『様子見』へ行かれますか?」
絶妙なタイミングで、リゼットは良いことを言ってくれたわ。
ピタリと足を止めた私は、ゆっくりと振り返った。
「そうね、そうするわ」と答えながらクロードと目を合わせる。
クロードの顔つきがにわかに引き締まった。
ふふ、どうやら彼も気づいているようね。
自分がもうすぐクビを宣告されるということを――。
「かしこまりました。では支度をしてまいります」
「いいえ。全部クロードにやってもらいなさい」
ひとりでにニタリと口角が上がる。
「わかった」と短く返事をしたクロードがそそくさと部屋を後にしようとする。
ふふ、無茶を押しつけられまいという魂胆ね。
そうはいかないわ。
私はすかさず命じた。
「10分よ」
リゼットが「え?」と小さな声をあげる。
それもそうよね。
だって『様子見』の支度には小一時間ほどかかるのだから。
そのことは彼女を手伝ったことのあるクロードも良く知っているはず。
さあ、いよいよあんたを負かす時がきたわ!
ぎゃふんと言いなさい! ぎゃふんと!
「分かった。10分だな。やってやるよ」
「そうそう、そうやって素直にぎゃふんと言えば……って、ええ!?」
「だからもしやり遂げたら休憩時間をくれ。侍女たちにもな」
言葉を失う。
けどすぐにムカムカと腹の底から憤りがこみ上げてきた。
「分かってるわよ! その代わりできなかったらクビだからね! 覚悟なさい!!」
私が言い終える頃には、クロードの姿はどこにも見当たらなかった。
面白いじゃない。
今回ばかりは、いくら強がっても無理よ!
ついにあいつをクビにできる時がきたわ!!