6
◇◇
謎の新人執事、クロード。
王女の私に向かっていきなりタメ口、しかも呼び捨てにするという暴挙を平然とした顔でやってのけた。
しかもリゼットいわく、「三度の飯より寝るのが好き」なんだそうで、隙を見ては寝てばかりいるという。
さらに出自すらはっきりしないというではないか。
私はあらためて決意した。
――あいつを絶対にクビにしてやる!
と。
彼がこの屋敷にやってきてから早3日。未だにクビにできないのは、何の落ち度もないからだ。
そこで私は、仕方なく、クロードのことをリゼットに深く聞いてみることにした。
「王女様。『もっとクロードのことを詳しく教えなさい』と言われましても、彼はまだこの館にやってきたばかりなのですよ」
綺麗に整った顔をしかめるリゼット。
そんなこと言われなくても私だって分かってる。
でもあいつはどんな無茶ぶりをしても、あっさりこなしてしまうのだ。
何か弱みを見つけないと――。
「ところで王女様はどうしてクロードのことを目の敵にされるのですか?」
「へっ?」
目を大きくした私に対し、リゼットは細い目をさらに細くして続けた。
「確かに彼は王女様に対して無礼を働きましたし、反省はおろか、態度を改める気もないようです。しかし課せられた仕事は誰よりも早く、確実にこなしております。正直申し上げて、ここ最近は人手不足でしたから彼の働きには皆助けられております」
「リゼット! あんた、どっちの味方なのよ!?」
体を乗り出して抗議する私をリゼットは穏やかな笑みで制する。
「ふふ。もちろん私はいつでも王女様の味方です」
「だったらなんであいつの肩を持つのよ!」
「別に肩を持っているつもりではございません。ただ――」
そこでリゼットが言葉を切って、私の目を覗き込む。
彼女の視線を嫌った私は、横に顔をそらしながら口を尖らせた。
「な、なによ? 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよね!」
「では言わせていただきます。王女様、分かっておられるとは思いますが、王妃様からの言いつけを守らねばなりませんよ」
ドンと強く胸を打つような言葉に、目の前が一瞬だけ真っ白になる。
――他の人間に心を許したらいけませんよ。あなたが苦しむだけなんだから。
ローズお母さまの言いつけを忘れた日なんて一日もないし、リゼットに言われなくても破る気はない。
でもなぜだろう……。
ひどく動揺している自分がいるのは……。
「分かってるわよ。そんなことくらい……」
そう小さな声で言い返すのがやっとだった。
そんな私を見て、リゼットはため息まじりに話題を変えた。
「本日、マルネーヌ様が自身のお屋敷で留守番されるようです。『様子見』に行かれてはいかがでしょうか?」
はっとなってリゼットの方に顔を向ける。
「そ、そうね! そうするわ!!」
「では早速支度をはじめます」
「いつも通りだと、準備に小一時間くらいかかるかしら?」
「はい。おっしゃる通りです」
「じゃあ、図書室行って本を読んで待っているわ。準備が整ったら呼びにきて頂戴」
「かしこまりました」
私は自分の部屋を出て、赤い絨毯を早足に歩いていく。
あんなやつに誰が心なんて許すものか、私は誰とも仲良くせず、自分勝手に生きるって決めてるんだから――。
心の中で何度もつぶやきながら、図書室に向かった。