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◇◇
アンナを救い出したクロードが館を出ると、今度はマクシミリアンが近衛兵をずらりと引き連れてやってきた。
「マクシム。またあんたの登場か……。まあ、いい。今日もお引き取り願おうか。色々と取り込み中でな。え? こっちには20人の近衛兵がいるって? それがなんだって言うんだ? こっちには俺、クロード・レッドフォックスがいるんだぜ。どんだけヤバイかは、あんたもよく知ってるだろ? だが、あんたたちも手ぶらで帰ったとなれば、あのクソババアの逆鱗に触れちまうのは、世間知らずの俺だって分かるよ。だから土産をやるよ。今は強烈な毒で眠らせてる。言っておくが、この申し出を断れば容赦しないぜ。全員の首をはねて、マクシムのおっさんに持たせて帰らせることだって造作ない。そんなことをすれば反逆罪で問われることになる? 俺の知ったことか。シャルロットがこの館から追い出されれば、騎士である俺も館を出なくちゃなんなくなる。そうなれば快適な安眠ライフは消えちまうからな。理不尽な法に従うくらいなら、安眠を取る――俺はそういう男なんだよ。分かったなら、とっとと消え失せやがれ。クソ野郎ども」
ふぅ……。
クロードは大きなため息をついた。
相手がマクシムで助かった、と彼は素直に感じていた。。
もしあのオールバックの青年だったら、こんなハッタリは通用しないかっただろう。
尻尾巻いて退散していくマクシミリアンの背中を見送っているうちに、クロードに対してどっと眠気が襲ってくる。
(今日は朝からいろいろあったからな。部屋に戻ってひと眠りするとしようか……。ん? 何か大事なことを忘れてる気がする)
「あっ……」
地下牢にいるシャルロットのことをすっかり忘れてた――。
◇◇
「遅い! 遅い、遅い、おそーーーい!! いつまで私をこんなところにほったらかしにしとけば気がすむのよ! そりゃあね、私だってここはどこよりも安全だって分かってるわよ。でも私の騎士だったら、普通は真っ先に迎えにくるのが常識ってもんでしょう? でもまあ、リゼットがいたから、百歩譲って、百歩譲ってよ。彼女を追い払うまではメアリーとサンドラに面倒を見させる、というのも分かる。だったらリゼットを倒したら迎えにくるでしょうにぃぃ! それを何? 今度は他の近衛兵の相手をするからって、別の侍女をよこす? 臭くて、寒くて、暗いこの部屋に、王女様を放置しておく? ああ、分かった! あんた焦らすのが趣味なんでしょ! そうやってもったいぶれば、再会した時の感動が強くなる、なんて思ってるんでしょ! ふんっ! その手に乗るもんですか! 私はあんたの言いなりになんか絶対にならないんだから!!」
言いたいことを全部言い切っても、荒れた鼻息は収まりそうにない。
どうしたものかと、クロードがメアリーとアンナに目配せする。
私はそれすらも気に食わなかった。
「あー!! そうやって今度は私をのけ者にしようとしてるんでしょ!! もう、いいもん!! 私、一生ここで過ごしてやる!! あんたたちは館で美味しいもの食べて、温かい布団で寝ればいいんだわ!! メアリー、サンドラ、アンナ! あんたたちは自分たちの食事の支度をしてきなさい!」
頑として牢獄から出てこようとしない私を見て、手に負えないとさとったのか、メアリーが「シャルロット様のことは頼んだわね」とクロードの肩を叩き、サンドラと一緒にその場を後にしはじめる。アンナは最後まで動こうとしなかったが、クロードに目配せされて渋々出ていった。
そうして地下牢には私とクロードだけになった。
虫の音すら聞こえてこない中、気まずい沈黙が漂う。
私は少しだけクロードの方に顔を向けて、小声で言った。
「……こっちにきて」
クロードはゆっくりと牢獄に近づいてくる。
そしてその足が鉄格子の中に入った瞬間、私は思いっきり彼の胸に飛び込んだ。
「ずっとそばにいるって約束でしょ。バカ……」
クロードが黙ったまま、私を抱きしめた。
この温もり、このにおい……懸命に抑え込んでいた感情が解き放たれ、嗚咽となって爆発した。
「うああああああ!」
みんなの前では平気な顔してたけど、ほんとはすごく怖かった。
もし教会の時みたいに地下牢に火を放たれたら?
ここを襲ってきた近衛兵がみんなを人質に取ったら?
そんな風に、最悪な結果ばかりが頭に浮かんできて、不安で押しつぶされそうだった。
でも一番怖かったのは……。
『死』がすぐ目の前に迫ったことだった。
――いつ死んでもおかしくないし、いつ死んでもいい。
そんな風に思っていたのに、今は『死にたくない』って強く願っている自分がいることに気づいたのだ。
「悪かったな。でも、もう大丈夫だから」
クロードが耳元でささやいた。
彼の息が燃えるように熱い。
やっぱりクロードもローズお母さまにあらがうつもりなんだわ……。
強い覚悟と不退転の闘志が感じられる。
ありがとう――。
口に出す代わりに、抱きしめる力をさらに強くした。
クロードは私が落ち着くまで、ずっと私の背中を優しくなで続けてくれたのだった。




