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アッサム王国の宮殿。最上階でもっとも見晴らしの良いこの部屋は、ジョー王子の寝室だ。
元から病弱で寝室で過ごすことが多かった王子だが、ここ最近はずっと部屋にこもりっぱなし。
そんな彼のことを母であるローズは毎日のように見舞いに訪れており、秋が深まってきたこの日も同じだった。
「母さん、ありがとう。僕は大丈夫だから」
色白の肌が一層白くなり、透き通るようだ。
それでもジョーは笑顔を母に向けた。
「そう。なら良かったわ。ちゃんと食べて、よく寝るのよ。あなたには早く良くなってもらわなくては困るのだから」
「はい、母さん。分かっております」
ニコリと微笑んだローズがジョー王子の部屋を後にしようとする。
「あ、母さん。そう言えばシャルロットは元気にしてるかな?」
ピタリを動きを止めたローズは微笑みを携えたままジョーに向き直った。
「ええ、元気にしてると聞いてるわ」
「あははっ。良かったぁ。ここから遠いところに住んでるって聞いたから心配してたんだ。ねえ、また会えるかな?」
「うふふ。ええ、きっと会えますよ」
「やったぁ。すごく楽しみだ」
部屋を出たローズは、深いため息をついて首を横に振った。
(もう時間がない……。早くシャルロットをどうにかせねば……)
階段を下りて1階に出たところで、彼女を引きとめたのは騎士の青年だった。
「ローズ様。国王陛下がお呼びです」
気乗りはしないが国王の呼びつけに応じぬわけにもいかない。
彼女は国王が待っている応接間に足を運んだ。
するとそこで待っていたのは夫であるエルドラン国王だけでなく、ひょろっとした眼鏡の青年の姿もあった。
「紹介しよう。彼女はわしの妻、ローズだ」
「よろしくお願いします」
礼儀正しい青年だ。しかし声に温度を感じない。
自分と同じような冷酷さを感じる――そうローズは思った。
「ローズ。こちらはグリフィン帝国の皇太子、フェリックスだ」
グリフィン帝国と言えば、長年領地争いを繰り返してきた敵国ではないか。
ローズは細い目をわずかに見開いたが、声色はいつも通りに落ち着きを払って答えた。
「はじめまして。よろしくお願いしますわ」
いったい何の用だろう……。
訝しげに様子をうかがうローズに対し、エルドランが低い声で告げた。
「シャルロットに縁談だ」
ローズの顔に普段は滅多に見せない動揺が走る。
しかしエルドランは気づいていないようだ。
一枚の書状をテーブルの上に置いた。
『貴国と固い絆を結ぶため、貴国の王女と我が国の皇子の婚姻を望む グリフィン帝国皇帝ハイドリヒ』
「グリフィン帝国には皇子は私一人しかおりません。よってシャルロット殿の相手は私ということになります」
「がははは! よい話じゃないか! 例の件も片付くしのう!」
エルドランの言う『例の件』とは、言うまでもなく『もう間もなくシャルロットが悪魔に体を乗っ取られること』だ。
つまりこの縁談がまとまればシャルロットはグリフィン帝国の帝都に移り住むことになる。
そしてある日、突然悪魔に姿を変えることになるだろう。
そうなれば帝都は壊滅。皇帝と皇太子の命もない。
自然とグリフィン帝国は弱体化し、アッサム王国は彼らの領地を蹂躙することができる――。
「とてもいいお話ですわ。なら早速、皆に報せましょう。そうだ! 毎年冬の初めにおこなっているダンスパーティーを今年は明後日開催し、そこで大々的に発表することにしましょう。国中から貴族を呼び寄せるのです」
ローズの提案ですべてが決した。
国中の貴族にダンスパーティーの招待状が届けられる。
そのうちの一通は、シャルロットの元にも送られたのだった――。




