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◇◇
私を王宮の外に連れ出して――それが私の出したクロードへの条件だった。
――王女様! それはあまりにも危険すぎます! いくら王都の治安がいいと言っても、たった一人の従者だけを連れて出歩くなんて……。何かあったらいかがなさるおつもりですか?
アレックスは反対したけど、クロードの「何もなければいいんだろ? なら問題ない。俺がついてるから」という言葉であっさり引き下がったわ。
あの二人、どうも昔からの知り合いっぽいんだけど、片やアッサム王国の英雄で、片やグリフィン帝国の暗殺者だもんなぁ。何の接点もないと思うのよね。
とにかく私はクロードを連れて王宮の外に出かけることになったのだ。
――王女様! やりましたわ! デートですね!
マルネーヌは自分事のように声を弾ませていた。
でも私は首を横に振ったわ。
――浮かれるつもりはないわ。私には生きているうちに、どうしても行っておきたい場所があるの。それが一番の目的よ。
……と、言っておきながら、いざ王宮の外に出たとたんに興奮で我を忘れてしまった――。
「うわぁ! クロード! 見て、見て!! あそこでサルが音楽にあわせて踊ってるわ!」
「ねえ、ねえ! あれが屋台というやつかしら? すごく美味しそうな匂いが漂ってくるわ!」
街の市場は私の想像以上に、活気があって、楽しくて、見るものすべてが新鮮だった。
本の中の世界が現実になるって、こんなに素晴らしいものなのね!
「うーん! 美味しいっ!! 濃いソースで味をごまかしてる感は否めないけど、私は好きよ。ここのシェフの腕前は褒めてあげてもいいわ」
「へへへっ。お嬢ちゃん、若いのによく分かってるじゃねえか。いやぁ、感心、感心」
豚の串焼きを売ってくれたおじさんは私が王女であることを知らないみたい。それも仕方ないわね。クロードに「絶対に目立つような服装にするなよ」って釘を刺されたから、今日の私は地味だし。
つばの大きな羽根つき帽子、巨大なサングラス、宮廷一のデザイナーに作ってもらった花柄のワンピース、白くてフリフリのついた大きな日傘、シルクの手袋に、赤いルビーのついたネックレス――純白のパーティードレスに比べれば、ずいぶんと抑えてるでしょ?
それに私と言えばツインテールだけど、今日は髪を下ろしてるもん!
それなのにクロードは冷ややかな目で私のことをジロジロ見てくる。
「ん? どうしたの? ……もしかしてクロードもお肉ほしいのね! ダメよ! これは全部私のなんだから!!」
私が必死に串焼きを隠すと、クロードはくすりと笑った。
そしてぐいっと顔を近づけてきたかと思うと、私の頬についていたソースを親指でぬぐって、ペロっとなめたのだ。
「これでじゅうぶんだ」
んなっ……!?
一気に顔が沸騰して、全身が固まっちゃったじゃない!
ど、ど、どうしよう? すごくドキドキする……。
けどクロードはそんな私のことなどお構いなしに、
「さあ、先を急ぐぞ。日が暮れる前に帰りたいからな」
私の肩をポンと叩いて、歩き出したのだった。
◇◇
市場を抜けると、落ち着いた雰囲気の街並みが続く。
カフェ、本屋、道具屋、武具屋、警備兵の詰め所、教会そして人々の暮す集合住宅――。
それらが街路樹の植えられた道に沿って並んでいた。
人々が行き交う中を、クロードと二人で歩いていく。
こんな時、恋人同士だったら手をつなぐのかな?
ちらっと右斜め下に視線をやると、クロードの手が目に入ってきた。白くて、皺ひとつない綺麗な手で、吸い込まれそうになる。
……と、その時。
「まてぇ!」
「わぁぁい!」
学校帰りの子どもたちが追いかけっこしながらこちらに突進してきたのだ。
よそ見をしていた私は気づくのが遅すぎてよけきれそうにない。
このままじゃぶつかる――!
――キュッ!
右手がクロードに握られる。
その直後、クロードはぐっと私を引き寄せた。
彼の胸に頬が触れる。温もりに包まれ、かすかな汗のにおいが鼻をくすぐる。
頭は真っ白になって、固まってしまった。
「あはは! 逃げろぉ!」
「まってよぉ!」
私たちのことなど見向きもせずに、子どもたちが通り過ぎていく。
「大丈夫か?」
頭の上から優しい声がかけられたけど、私は動けないまま。
本当は大丈夫だけど、もう少しこうしていたい――。
素直な自分が「大丈夫」の一言を発するのを止めている。
するとクロードの方からそっと離れた。
夢からさめていくような虚しさが襲ってくる。
でも、右手の温もりだけは消えなかった――。
「えっ……!?」
「ここら辺は人が多い。危ないから手をつないでおこう」
「……うん」
なぜか泣きそうになっちゃって、顔が上げられない。
もしかしてこれは夢なのかしら?
それを確かめたくて、ちょっとだけ手を強く握る。
クロードも握り返してきた。
夢じゃない! 現実だ!
私は顔を上げて、横に並んだクロードを見上げた。
「ん? どうした?」
「ううん! なんでもないわ!」
なんでもないわけない。
嬉しくて、幸せでたまらないのだから!
前を向くと、空は夕日でオレンジ色に染まっている。
そしてその先に、2つの塔の影が見えた。
「あれか? シャルロットが行きたかったところって」
「うん! さ、行きましょ!」
私は弾むような足取りで石畳の道を進んでいったのだった。




