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◇◇


 秋の昼下がり――。

 アッサム王国の宮殿では昼間だというのに、音楽や大道芸の催しが中庭で開かれていた。

 無論、その中心にいるのは王妃ローズ。

 仲の良い友人らを周囲に置き、上機嫌でワインをあおっている。

 そんな彼女に髪をオールバックにした色白の青年が耳打ちした。


「マクシミリアンの説得は失敗だった、とのことです」


 ローズはうんともすんとも言わず、笑顔のまま、大道芸人たちをはやしたてている。


「さらにシャルロット様は例の執事を騎士に任命したとか……」


 ローズの顔に一瞬だけ途方もない怒りが走り、青年の背筋が思わず伸びる。

 だがそれつかの間、彼女は元通りの穏やかな笑顔に変わった。


「ちょっと失礼」と、周囲に声をかけてからその場を離れたローズの後ろを、青年が足音すら立てずについていく。

 そうして人気ひとけのない宮殿の片隅で立ち止まったローズは、青年の方を見ずに口を開いた。


「あの子ったら……。いったい誰からの入れ知恵かしら?」

「シャルロット様自身がお決めになったことかと」

「ふーん。そう……。まんまと私を出し抜いたわけね。こういう場合、『よくできました』とほめてあげるべきかしら?」


 青年は何も答えずに、ただローズの背中を見つめる。

 疑問形だが答えを求めているわけではないのは、よく分かっている。

 むしろ生半可に媚でも売ろうものなら、明日の我が身は難攻不落の監獄塔の中だ。

 

 はぁ、と小さな吐息を漏らしたローズは、くるりと振り返ると、青年のあごに細い指を滑らせた。


「まさか報告はそれだけ?」

「いえ、実はシャルロット様がその者を連れて王宮の外に出たとのことです。いかがしましょうか?」

「まあ」


 普段めったに感情を表に出さないローズが、露骨に驚きをあらわにする。

 しかしそれも無理はない。


 従者を連れているとはいえ、シャルロットが一人で王宮の外に出たのは、彼女が生まれて初めてのことなのだから。


 ほんの少しだけ考え込むようにあごに手を当てたローズは、青年に問いで返した。


「どうしたらいいと思う?」

「王宮の外の警備兵たちに王女様を保護してお連れするよう伝えてはいかがでしょうか」

「平民たちの前で嫌がるあの子を連れ去るつもり? そんなことしたら我が家の恥をむざむざ晒すようなものよ。いい? 国王陛下からあの子を『処分』するように命令が下ったことを平民に知られることは断じて許しません。国が乱れるもとになりますからね」


 いつもよりも言葉が多い。

 焦りと憤りを隠している証拠だと、青年はさとっていた。

 いったいなぜローズは、今のところは無害の王女とその騎士を目の敵にしているのか。まったく分からない。

 だが彼は自分の立場を正しく理解している。すなわち、余計なことを詮索せず、ただローズの気のままに動くのが自分の責務だと。


「……失礼いたしました。では、今日のところは様子見、ということでよろしかったでしょうか?」

「そんな悠長なことしてる場合じゃないの。ジョーはね……」

「ジョー殿下? 王太子様が何か……」


 眉をひそめた青年に対し、ローズは微笑む。

 かつては世の男たちを魅了したと言われるその笑みは、子を産んでから20年近くたつというのに、まったく衰えていない。


「ごめんなさい、つい口が滑ったわ。さて、本題ね。もしあなたに気になる相手がいたとして……。その相手の気を引くために、あなただったら何をする?」


 青年は口をへの字にして考え込む。

 だがローズは彼の答えなど待つつもりはなかったようだ。


「ふふ。私ならね。自慢できるモノを相手に見せるわ。それにちょうどアレをどうにかしなくては、と考えていたところだったし――」


 そう切り出したローズの指示に、青年は戦慄を覚えた……。


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