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◇◇
クロードには騎士の証として『大鷲の紋章』を渡した。
そしたら「もしこの紋章を盗まれたらどうなるんだ?」って聞かれたの。
そんなもの「盗んだ人が騎士になって、盗まれたあなたは執事に逆戻りよ。当然、フカフカの布団と大きなベッドも没収なんだから!」と言ってやったわ。
「だったら大切にするよ」
ですって。もうあきれたわよ。
とは言え堅苦しい叙任式を終え、アレックスやマルネーヌも招いて一緒に夕食を取ることになった。
祭り事が大好きなサンドラいわく「祝賀パーティー」なんだそうだ。彼女が中心となって会場であるバンケットルームをセッティングしたみたい。けど急造とは思えないくらいに準備が行き届いていてびっくりだわ。
部屋の中の飾りつけはもちろんのこと、ビュッフェ形式のテーブルには見た目からしてきらびやかな料理がズラリと並んでいて、ワインやジュースなどのドリンクもある。それから会場の雰囲気を盛り上げるオーケストラまで用意してあるんだもの。まさに完璧だわ。さすがはサンドラね。
部屋の中央には大きめの丸テーブル。私、マルネーヌ、アレックスの3人に加えて、最後にクロードが戸惑いながら席についた。
「俺はここでいいのか?」
彼がちらりと視線を向けた先には、部屋の隅で控えている侍女たち。
その視線をとらえたマルネーヌが口元を抑えて微笑んだ。
「ふふ。クロードさんは騎士になられたのですから、侍女さんたちに交じって給仕をする必要はございませんわ。それとも侍女さんたちの中に気になる御方がいらっしゃるのかしら?」
マルネーヌはクロードに問いかけたくせに、目を丸くして口をへの字にしてしまった私の顔を覗き込んでいる。
まるで『クロードに好きな人がいるかもしれませんね』と言わんばかりだ。
もうっ。マルネーヌのいじわる!
……でも、ちょっと気になるじゃない。もし本当にクロードが侍女たちのうちの誰かのことが好きだったら……。
いやいや、そんなことないわよね!
クロードに気になる人がいるなんてありえないわ!
「ああ、そう言われれば気になるな」
へっ? うそ……。
「まぁ! どなたですの? やはりよくお食べになるあの子かしら」
め、メアリーのことよね?
クロードは黙ったまま、ちょっと考え込むように首をかしげている。
うん、って言わないってことは、彼女じゃないのね!
……いいえ、とも言ってないけど。
「あー! もうっ! はっきりしなさい!!」
ついに高い声をあげてしまった私に対し、クロードは静かに言った。
「いや、みんなも料理を食べたいんじゃないかなってな」
「は? 料理?」
「ああ、彼女たちの席も用意するわけにはいかないのか?」
クロードの表情からして冗談を言っているように思えない。
そもそも彼は冗談を言えるような器用な人じゃないものね。
「クロード。騎士になったということは君も貴族の仲間入りしたってことなんだよ。彼女たちとの付き合い方もこれまで通りとはいかないのは分かるね?」
アレックスが優しく諭すが、クロードは眉間にしわを寄せて納得がいっていないようだ。
常識的に考えればアレックスの言う通りだ。
貴族の位が与えられた以上、侍女たちとの距離は保たなくちゃいけない慣わしなのは間違いない。
でも敬語すらまともに使えないクロードにアッサム王国の慣わしなんて理解できないのかもしれないわね。
「くだらないな」
「仕方ないさ。そういう『慣わし』なんだから。さあ、そろそろ料理をいただこう。そうだ。クロード。彼女たちに命じて料理を運んでもらってみてはどうかな? そうすれば君にも貴族としての自覚が芽生えるかもしれないよ」
「悪い。俺には無理だ」
首を横に振ったクロードが立ち去ろうと、私たちに背を向ける。
私はその背中に声をかけた。
「いいわ。あなたの言う通りにしてあげる」
ぴたっと足を止めたクロードが私の方を振り返る。
意外すぎるな――と言いたいのは目を見ればよく分かる。
そりゃ、今までの私の行動からすれば、そう思うのは当然よね。
でも分かったの。
誰かと笑いあったり、ふれあったりすることが、どんな美味しい料理を食べるよりも幸せに感じるんだって。
「しかし王女様。それでは『慣わし』に背くことになるのでは……?」
「アレックス。言っておくけど、今の私には『慣わし』なんて紙くずのようなものよ。くしゃくしゃに丸めて、ポイっと捨てたって、別になんとも思わないんだから。私にとって大事なのは、過去から続く慣わしを守ることなんかじゃなくて、今、この瞬間を楽しく生きることなの。理由は言わずとも分かってくれるわね?」
目をぱちくりさせたアレックスだが、すぐに穏やかな笑みを携えてうなずいた。
「では早速席を用意してくる」
再び立ち去ろうとするクロード。このまま『タダ』で彼の言う通りにするのも、なんだか癪よね。
だったら、ずっと長い間、胸の奥にしまい込んでいた望みをクロードにぶつけてみよう。
「待ちなさい、クロード。言うことを聞いてあげる代わりに条件をのみなさい」
「条件?」
私は素直に自分の望みを打ち明けた。
アレックスは顔を青くし、マルネーヌは自分事のように興奮して顔を赤くしてたのが印象的だったな。
クロードの答えは『Yes』。
だからすぐに席を用意させた。まるでそうなることを予想していたかのようにあっという間に侍女たちが席につき、料理が私たちの前に並べられた。
そして侍女たちが声をそろえて言った。
「「シャルロット様! ありがとうございます!!」」
その後は昨晩と同じように、みんなで盛り上がったわ。
アレックスはすごく人気で、大勢の侍女たちにずっと囲まれていた。でもマルネーヌが彼のことを守るようにピタリと横に引っ付いて、目を光らせていたわね。
クロードは相変わらず食べながらウトウトしてるし。メアリーはこれでもかっていうくらいに食べてた。
私はどうしていたのかって?
ふふ。何もしてなかったわ。ただみんなの様子を席について眺めていただけ。
だってみんなの楽しそうな笑顔を見ているだけで幸せだったんだもの。それだけでじゅうぶんだわ。
それに私の望みもかなえてくれることになったしね!
夜はゆっくりと更けていく。
ずっとこんな夜が続けばいいのだけど、そういう訳にはいかないのは気づいている。
それでも前を向こう。
サヨナラを言うその瞬間まで、近くにいるすべての人を全力で愛してみよう。
それが今まで傲慢な振る舞いを繰り返してきた私にできる、せめてもの罪滅ぼしだから――。




