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◇◇
謁見の間――。
純白のドレスに身を包んだ私は今、部屋の一番奥にある玉座でクロードの登場を待っている。
これから彼を騎士にするための叙任式が始まろうとしていた。
証人は遠征先からわざわざ駆けつけてくれたアレックス。それにマルネーヌもいる。
そして式を取り仕切るのは、私のためだけに降臨祭の式典をおこなってくれた神父だ。
みんなクロードの登場を今か今かと首を長くして待っている。
かく言う私もまた同じだった。
思い返せば数ヶ月前。
クロードと初めて出会ったのもこの謁見の間だったわね。
出会い方としては最悪だったなぁ。ほんとすぐにクビにしたくて仕方なかった。
でも……。
私の絵を褒めてくれて。
マルネーヌというかけがえのない友達を作ってくれて。
私の思い出を大切にしてくれて。
命をかけて私のことを守ってくれて。
何よりも私に一歩前に足を踏み出す勇気をくれた。
もう余命いくばくもない私だけど、自分に対して素直でいいんだと気づかせてくれた。
だからもうクロードがいない世界なんて考えられないの。
そんな風に考えている自分がおかしくて、ひとりでに笑みがこぼれる。
「ふふ。シャルロット様、なんだか嬉しそうですわ」
私から見て斜め前の席からマルネーヌが上目づかいで私の顔を覗き込んできた。
らしくないのは分かってるけど、私は素直に返したのだった。
「ええ、とっても嬉しいわ!」
ドアをノックする音がする。
「入りなさい!」
凛とした声を響かせると、ゆっくりと扉が開いた。同時にオルガンの調べが耳に入ってくる。
扉の向こうからクロードがあらわれた。
タイトな白いベストに細身の真っ赤なジャケット。
ジャボと呼ばれるレースのスカーフをネクタイ代わりにつけ、丈の短いズボンに、白いハイソックス。先の尖った革靴――。
騎士の正装に身を包むクロードは、見違えるように素敵だ。
眩しくて、見ているだけでドキドキしちゃうけど、顔をそらすわけにもいかない。
私は腹に力を入れて、背筋を伸ばした。
クロードは敷き詰められた赤い絨毯を一歩また一歩と進んでくる。
そのたびに私の体温も少しずつ上がっていくように思えた。
そうして私の前までやってきたところで、彼は片膝をついた。
私は一振りの大きな剣を持ち、彼の肩に置いた。
オルガンの音がやみ、部屋に静寂が漂う。
「なんじに問う!」
私は声をとどろかせた。
……だが、クロードは何も答えようとせず、眉をひそめて私を見つめている。
「ちょっと! 何を黙ってるのよ! そこは『はい』でしょ!」
「は? 俺に問いかけたのか?」
「当たり前でしょ! あんた以外に誰がいるのよ!」
クロードがちらりと神父に目をやる。
「あの人は飾りよ!」
とっさに答えると、列席していたメアリーたちから、クスクスと笑い声が漏れてきた。
神父が「ううんっ!」とわざとらしい咳払いをする。
全部聞こえてます、ってことよね……。
ようやく事態を理解したのか、クロードはぺこりと頭を下げた。
「はい」
「では、なんじ! われに忠誠を誓うか!」
「いや、条件次第だ」
ぷぷっとアレックスの吹き出す声が聞こえてくる。
ちょっと! なんなのよ!
まさか『騎士』のことも、『叙任式』のことも知らないっていうの!?
……まあ、クロードの非常識は今に始まったことじゃないか。
仕方ないわね……。
「…………今よりもうんと快適な睡眠を約束するわ」
「具体的には?」
「私の部屋の隣をあんたにあげる。しかも今よりも広くてフカフカなベッド付きよ」
クロードはニンマリと口角をあげ、無邪気に喜びをあらわにした。
「誓う!!」
ちょっと納得いかない部分もあるけど、とにかく忠誠を誓ってくれたから良しとするわ!
「では、クロード・レッドフォックス! なんじをわれの騎士に任ずる!!」
再びオルガンが荘厳な音色を奏ではじめた。
剣をしまった私はクロードの前に左手の甲を差し出した。
不思議そうにその手を眺めている彼に、そっとささやく。
「キス……しなさい」
こくりとうなずき、私の手を取ったクロード。
そして彼は優しく手の甲にキスをした。
柔らかな感触とともに、ほのかな熱が伝わってきて、ふわっと浮いた心地がする。
顔を上げたクロードと目が合う。
わずかに彼の頬が赤いのは気のせいではないはずだ。
私たちの間に、心地よい沈黙が流れる。
ここには大勢の人がいるはずなのに、まるで二人っきりのような錯覚に陥った。
もっとこうしていたい――。
純粋な想いがクロードの手を握る力を強くする。
すると彼もまた私の手を強く握り返してきた。
ステンドグラスから差し込む秋の陽ざしが、二人の影を鮮やかな色に変える。
クロードと太い紐で強く結ばれたかのような一体感に身をゆだねていた。
……と、その時、侍女たちの黄色い声が鼓膜を震わせた。
「おめでとう!」
「クロードさん! おめでとうございます!」
ようやく我に返ったかのように、はっと目を丸くしたクロードが、ゆっくりと立ち上がり、私から離れる。
私は最後に素直な思いを吐露した。
「ありがと」
本当は伝えなきゃいけない想いは別にある。
でもまだこれが精いっぱい。
恥ずかしくて顔をそむけた私に、クロードはニコリと微笑んだ。
「俺の方こそ、ありがとな」
胸がきゅっと引き締まる。
未来は絶望しかないはずだ。それなのに、今はとても明るく感じられる。
そのことがたまらなく嬉しい。
私は彼が部屋を去ってからも、しばらくの間、玉座に腰をかけたまま余韻に浸っていたのだった。




