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◇◇


 新しい執事いわく、侍女たちは私のことを『悪魔の化身』だと思っているみたい。

 ほんと笑えない。

 だって私……。


 本当に悪魔の化身なのだから――。



 アッサム王国の王家には「国王の子どもを一番最初に産んだ女性が王妃となる」という一風変わったしきたりがある。

 現在の国王、つまり私のお父さまには、今から20年ほど前、ローズとソフィアという二人のおきさき候補がいた。

 彼女たちは絶世の美女ともてはやされた実の姉妹。容姿や声、振る舞いや学業の成績など、何か何までよく似た姉妹で、負けず嫌いな点も同じだった。つまり二人とも王妃の座を譲るつもりはなかったのだ。

 

 二人の優劣は神様ですらつけがたかったみたいで、なんと彼女たちは同時に子どもを産んだの。

 姉のローズの子は、男の子で『ジョー』と名付けられた。

 妹のソフィアの子は、女の子……そう、私、シャルロット。


 王宮は騒然としたらしい。

 だってしきたりに従えば、ローズとソフィアの両方を王妃として認めなくてはいけないのだから。

 何週間にもわたってどちらを王妃とするか、王族や公爵の間で話し合いがもたれたのだけど、結論は出ず、結局二人とも王妃として宮殿で暮らすことになった。


 こうして私には『二人のお母さま』ができた。


 二人のお母さまは、元々は仲良しだったから、この結果を喜んで受け入れた。

 互いの子を我が子のように愛し、食事も共に過ごした。

 ジョーは生まれた時から虚弱体質で、私はいつも彼の面倒を見ていた。

 建て前上、ジョーが兄で、私が妹、ってことになったけど、そんなことは私たちにとってはどうでもよかった。

 私たちはとても仲良く過ごした。

 ジョーも私も絵を描くのと、本を読むのが大好きでね。

 互いの絵を見せあいっこしたり、本を読み聞かせたりしたわ。


 とても幸せな日々。

 いつまでも続くと、何の疑いもなく思ってた。


 でも現実は違ったの。

 それは、私の本当のお母さま――ソフィアお母さまが10年前の流行り病で亡くなったことがきっかけだった。

 私は宮殿の一室に閉じ込められ、家族に会うことすら許されなくなってしまった。

 ドアや窓には魔法でカギがかけられて、外に出ることはできない。

 

 ――ここから出して!!

 

 食事を運んでくる鉄仮面の近衛兵に何度も懇願したわ。

 でも彼らは私に声すらかけなかった。

 

 ――誰か!! 私をここから出して!! お願いだから!!


 そんな風に泣き叫んだのは最初の1年だけ。

 3年もたてば、すっかり心はすさんでしまって、何も感じなくなっていた。

 本を読んでは空想を膨らませ、絵の中で夢を叶える日々。

 おとぎ話によくある、『不幸なお姫様を、白馬に乗った王子様が助けにくる』って展開がとても好きだった。

 いつか自分にもそういう王子様があらわれるんじゃないかって、本気で信じてた時期もあった。

 おとぎ話が現実になるわけなんてないのにね……。


 そうして5年がたったある日。

 私はローズお母さまに呼ばれて、本当に久しぶりに自分の部屋を出た。

 心のどこかで、まだほんの少しだけ希望を持っていたんだと思う。

 赤い絨毯が敷かれた廊下を一歩踏み出すたびに、胸が高鳴ったわ。

 でも、そんな小さな希望すら、ローズお母さまは打ち砕いた。


 ――シャルロット。あなたには『悪魔の呪い』がかけられているの。


 聞けばソフィアお母さまとローズお母さまが王妃の座を巡っていた時、先に懐妊したのはローズお母さまだったらしい。

 それでもあきらめなかったソフィアお母さまは、あろうことか『悪魔の使い』と秘密の約束をして、悪魔の子を身籠り、私を産み落としたとのこと。


 つまり私の本当の父親は悪魔で、私には悪魔に姿を変える呪いがかけられているというのだ。

 そんな話を信じろ、という方がおかしい。

 でも信じざるを得なかったのは、私に特別な能力があると知ったから。

 それは『いかなる魔法も効かない』というもの。

 この世界では色々な魔法が存在する。

 傷や病気を癒したり、火を起こしたり、水を出したりね。

 『神の与えた奇跡』と言われていて、とても神聖なもの。

 でも、それらの魔法を私はすべて無効にしてしまう力があるというのだ。

 そしてローズお母さまが見せてくれた本には確かにこう書かれていた。


『あらゆる魔法を打ち破る悪魔は、その者が成人するまでに体を乗っ取る。そして周囲の人を殺し、世界を恐怖に陥れるだろう。さらに悪魔はその者の意識を閉じ込め、愛しい人を自分の手で殺すのを見せつけ、その者を地獄の苦しみにいざなうのである』


 と……。

 ローズお母さまいわく、ソフィアお母さまの遺品を整理していた折、この呪いについて書かれた日記が見つかったらしい。


『私はあの子に酷いことをしてしまった。ああ、あの子が悪魔に姿を変えたなら、真っ先に私が食われよう。それが私にできるせめてもの罪滅ぼしだから……』


 私は愕然として、その場から動けなくなってしまった。

 そんな私の背中を、ローズお母さまは、とても優しくなでてくれた。


 ――あなたを遠ざけていたのは、私たちが『家族』であることを忘れさせるためよ。私たちだって辛かったのよ。でもあなたのためだったの。分かってくれるわね。


 もはや悲しみも怒りもわいてこなかった。

 ただ一つ。たった一つだけあふれ出した心の叫びを、私はローズお母さまにぶつけた。


 ――私をあの部屋から出して!!


 ローズお母さまは、私の願いを予想していたみたい。

 驚く素振りすら見せずにさらりと返してきた。


 ――ええ、そうね。あなたは13歳。成人するまであと7年。もういつ悪魔に姿を変えてもおかしくないわ。だから国王様もついに決断したの。あなたを宮殿ここから出すと。


 ようやく目から涙が流れ落ちたのを、今でもよく覚えてる。

 同時に「なんで私は生まれてきたんだろう」って、虚しさに胸が締め付けられた。

 ローズお母さまが用意してくれたのは、広大な王宮の敷地の中でも特に辺境と呼ばれている館。山と森、さらに海もあり、宮殿からは馬車で半日も離れている場所だ。それでも私にとってはじゅうぶんだった。


 ――いいこと? あなたが悪魔に変わった時に、苦しまないように一瞬で首をはねる役目を、リゼットという近衛兵に任せることにするわ。彼女の剣の腕前ならきっと役割を果たしてくれるはず。それにあなたの好きな本を図書室にたくさん用意させたわ。あなたの秘密は図書室の主、ドギーにも伝えておきます。他の人間に心を許したらいけませんよ。あなたが苦しむだけなんだから。


 ――分かってます。私は誰とも仲良くするつもりはありません。


 ――言うまでもないと思うけど、恋も……。


 ――恋なんて絶対にしません。


 ――そう。ならいいわ。


 ――ローズお母さま。私、好き勝手生きるって決めたの!


 自暴自棄とも言える宣言にも、ローズお母さまは何も口出ししようとしなかったわ。ただ憐れむような目を私に向けていた。

 その目が嫌で、逃げるように宮殿から今の館に越してきたの。

 それから私は本当に好き勝手やってきた。


 ――王女様って見た目はすっごく可愛いのに、性格はアレだもんね。

 ――わがまま。

 ――傲慢。

 ――すぐに癇癪を起こす。

 ――人を人と思わない。

 ――だから誰からも慕われないのよ。


 侍女たちがひそひそと話していたのを耳に挟んだことだってある。

 誰に何と思われようともかまわない。私の苦痛は私しか知りえないのだから。

 けど自分の気に入らない者をそばに置いておくほど、私の懐は深くない。

 だから彼女たちのことはその場でクビにした。王族を侮辱した罪でね。

 そのせいで他の侍女が苦労しようが、私の知ったことではない――。


 私が辺境の館に追いやられてから5年がたった今。

 なんの事情も知らずに、目の前の男は「1分でも長く寝たいから、これ以上、侍女に辞められたら困る」と言い放ったのである。

 当然私は言い返した。


「そんなの私には関係ないって言ってるでしょ!」

「関係ならあるぞ。侍女に辞められればお前も困るだろ」


 私が困る?

 自分のことを『悪魔の化身』と噂している人たちをそばに置いておけとでも言うの?

 冗談じゃないわ!


 でも彼は私をからかっているわけではないみたい。

 真っすぐな瞳で私を見上げている。さも自分は間違っていないと言わんばかりに。

 そんな目で見ないで。

 ムカムカと熱いものが腹の底からこみ上げてきた。

 ふざけないで。私は。私は――。


「あんたたちなんていくら辞められても、全然困らないんだから!!」


 壁際の侍女たちが目に失望と軽蔑を浮かべながら、私を見ている。

 きっとみんな辞めていくわね。

 でもいいの。私は誰からも愛されず、誰も愛さず、孤独に生きていく運命なのだから。


「王女様。そろそろ家庭教師がお越しになるお時間です。今日は絵を描く授業ですので、汚れてもいい服に着替えましょう。さあ、こちらへ」


 淡々とした口調のリゼットから促されるままに、私はその場を後にしだした。

 ちらりと背後を振り返ると、新しい執事はまだ玉座の前でひざまづいたままだ。

 その広い背中を見て、ムカムカしたものが再び胃の中にたまってくる。


 彼のせいで、せっかくの絵を描く授業を嫌な気分で受けねばならなくなってしまったじゃない。

 ああ、一刻も早くクビにしたいわ。

 でも理由もなく彼を解雇すれば、負けた気持ちになるのは目に見えている。

 あの生意気な新人執事が失態をおかすきっかけを作らねば……。


 そうして扉の前までやってきたところで、リゼットが口を開いた。


「王女様。今日はお花を描かれてはいかがでしょう?」


 その申し出に、とあるアイデアが電撃のようにひらめいた。

 自然と口角が上がるのを抑えられない。だらしない顔をしているのは分かっている。それでも私は、新しい執事の方へつま先を向けた。

 

 

 

 

 

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