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これからよろしくお願いします。
完結まで一気に公開していきます。
◇◇
眠れる王子様のことを、王女がキスをして目を覚ます――。
そんなおとぎ話が小さい頃から好きだった。
え? 普通は『眠れる王女様のことを王子がキスをして起こすもの』ですって?
ふふ。決して言い間違いじゃないわ。
だって私は誰かに何かしてもらうのを待つのは嫌だから。
欲しいものは自分の意志で手に入れたいの。
その方がカッコイイと思わない?
いつやってくるかも分からない王子様を寝て待つなんて、まっぴらごめんだわ。
……そんな風にずっと思って生きてきた。
でも『悪魔の呪い』を知った時からすべてが変わってしまった。
もう私は自分の意志で夢を叶えることはできなくなったのだ。
たとえ愛しの王子様が目の前で眠っていたとしても――。
◇◇
彼は出会った時から変だった。
「あんたが新しい執事だそうね?」
ここは、巨大な館の1階部分の半分を使った大広間。
赤いじゅうたん、色とりどりのステンドグラス、世界でたった一つしかないと言われている豪華なシャンデリア――。
謁見の間と呼ばれるこの部屋に、私と新たな執事の他に、館で働く侍女10人が全員集っている。
新たな使用人がやってくると、こうして全員の前で私に挨拶をするのが、ならわし。言い換えれば任命式みたいものだ。
部屋の一番奥に置かれた煌びやかな玉座に、腰をかけた私は、クルクル巻いたツインテールの片方を、ひとさし指でいじりながら、目の前でひざまずく青年を見下ろす。
「ああ、名前は……」
青年が低い声をあげたが、私は素早くさえぎった。
「辞めなさい。名前なんて覚える気ないから」
訳あって家族と離れて暮らすことになった私、シャルロットには、多くの使用人がいる。かつては30人ほどいたけど、今となっては10人くらい。
みな半年もたたずに辞めていく。
誰かが辞めれば、その分、他の者に負担がかかる。それが嫌でまた人が辞める――そんなことを何度も繰り返しているうちに、どんどん人がいなくなっていったというわけだ。
顔と名前が一致する頃には、もうその者はいない。
だから名前を覚えるだけ無駄。
名前を覚えても損がないのは、侍女のリーダーとして5年も私に仕えているリゼットと、図書室を管理しているドギーくらいなものなのだ。
「あんたはあんた。以上よ」
何事もはじめが肝心って、ローズお母さまから習った覚えがある。
これくらい冷たく突き放しておけば、新任の使用人は、目すら合わせようとせず、小さな声で「よろしくお願いいたします」と言って、そそくさと立ち去っていくもの。
それなのに、この男は違った。大きな瞳で私を見つめながら、
「なるほど冷たいんだな」
驚くほど冷静に言い放った。
「あんた……。私を誰だと思ってるの?」
「王女だろ」
分かってるじゃない。
私は世界で最も大きい国――アッサム王国の王女よ。
「だったらなぜ『敬語』を使わないのかしら?」
「敬語など知らないからだ」
さらさらした黒髪に、整った綺麗な顔立ち、やせ型だけど、服の上からも豊かな筋肉が盛り上がっているのが分かる。
いわゆる容姿端麗ってやつだろうけど、だからって無礼でいいわけがない。
「まあ、呆れた……。でもいいわ。あんたとは仲良くなれなさそうね。かえって好都合だわ」
そうよ。私はここにいる誰とも仲良くするつもりはない。
忌まわしい呪いのせいで、誰とも仲良くしてはいけない運命なのだから……。
「俺もお前と仲良くするために、ここにきたわけじゃないからそれでいい」
だったらもういいじゃない。早く立ち去りなさい――そう口にする前に、その執事はとんでもないことを言いだしたのだった。
「だが侍女たちは違うぞ。名前を覚えようともしないお前のことを『悪魔の化身』だと思っているみたいだ」
壁際で控えている侍女たちがにわかに騒ぎ出す。
ちらりと彼女たちに目をやると、みな青ざめた顔で背筋を伸ばした。
その様子からして、彼の言っていることはウソではないみたい。
私が悪魔ね……。
笑えないはずなのに、自然と乾いた笑みが口元に浮かぶ。
「侍女たちを名前で呼んで欲しい」
「なんでよ? 私が何て呼ぼうが、あんたに関係ないでしょ!」
カッと頭に血が上って、大きな声が出た。
けど彼は何でもないように表情の一つも変えずにさらりと返してくる。
「関係あるから言ってるんだ」
「どういう意味よ!?」
「名前すら覚えようとしない主人に仕えるのは誰だって嫌だ。そのせいで人が辞めたら、俺の寝る時間が減るからだ」
「寝る……時間……ですって?」
いったい何なのよ、こいつ……。
言葉の通りに開いた口がふさがらない。
「俺は1分でも長く寝たい。だからこれ以上、侍女に辞められるわけにはいかない」
そう……。
彼は『寝る事』しか興味のない、変なヤツだったのだ――。
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