表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

第9話 私だけの弟になりなさい

 アンダルシア五姉妹の三女、アルメリア・アンダルシアは焦っていた。

 他の姉妹があの手この手でロイドに「私の弟子になれ」と迫るなか、自分は何一つ有効な手を打てていなかったからだ。このままではロイドを他の姉妹に取られてしまう。それだけは絶対避けなければならない。アルメリアは隠れブラコンである。


 オルトリンデはロイドの為に身体を張ってローレンハイトと戦ったし、聞けばあの極度の人見知りのウィッカですら勇気を出して新入生の授業を担当したという。2人の覚悟は相当なものだろうことは火を見るより明らかだった。


「マズいですわね……何か手を打たなければ……」


 三十七計逃げるを捕え、権謀術数張り巡らせて。付いた渾名は【水君大公】。

 ベルセリア王立魔法学院が誇る頭脳、青組3年アルメリア・アンダルシアが愛しの弟を我が物にする為ついに重い腰を上げた。





「ロイドくん。少しお時間よろしいですか?」


 ある日の昼休み。

 アルメリアは新入生の教室を訪れていた。教室中の視線を釘付けにしてなおアルメリアは優雅な佇まいを崩さない。ウィッカとは反対にアルメリアは人前に出ることが得意だった。


「メリアお姉様。ボクに何か用事でしょうか?」


 突然の来客にもロイドは驚かない。この頃よく姉妹の誰かが顔を出しに来るので、いい加減ロイドも慣れてしまっていた。アルメリアが来たのは初めてのことだったので少し意外ではあったが。


「ふふ、用事が無ければ来てはいけませんか?」


 アルメリアはロイドに微笑みかける。自分の笑顔に相応の破壊力があることをアルメリアは重々承知していた。


「いえっそんなことは! ボクもメリアお姉様に会いたかったですから」


 アルメリアの言葉をロイドは慌てて否定する。アルメリアとはなかなか顔を合わせる機会が無かったので、顔が見られてロイドは嬉しかった。


(ああ、顔を赤くして! なんて可愛いのでしょう!)


 焦るロイドを見てアルメリアは悶絶した。勿論態度には一切出さなかったが、涼しげな澄まし顔の1枚下にはデレデレに緩みきった姉の顔があった。


 アルメリアは余裕の態度で話を続ける。幼い頃から鍛えられた余所行きの態度はちょっとやそっとで崩れはしない。


「ロイドくん、今日の放課後は暇でしょうか?」


「放課後ですか? 用事はないですけど……」


「安心しました。良ければ私の部屋でお話しませんか?」


 アルメリアからの意外なお誘いにロイドは目を丸くする。姉妹が尋ねてくることは数あれど、部屋に招待されたことは無かったからだ。


「メリアお姉様の部屋……ですか?」


「ええ。学院にやって来て約1ヶ月。ロイドくんがこの学院をどう思っているのか聞いてみたくて」


 アルメリアの話はロイドにとっても僥倖だった。学院の事と言っていいのか分からないが、目下ロイドを悩ませているひとつの大きな悩み。それを相談するにはアルメリアはうってつけの相手と言えた。


「そういう事なら、是非お願いします」


 アルメリアの部屋に入る。そう考えるとロイドは何故だか顔が熱くなった。


 無理もない。家族とはいえ血が繋がっていないのだ。それに暫く会っていなかった。頭では家族だと思っていても、心はまだその事実を咀嚼し切れていない。アルメリアの誘いは異性の部屋に誘われたのとほぼ同義としてロイドには感じられた。


(メリアお姉様の部屋……どんな感じなんだろう?)


 ロイドはアルメリアに対して他の姉妹より一歩引いているイメージを持っていた。思えばアルメリアとの記憶が一番少ないかもしれない。直接話した記憶も他の姉妹より少なかった。


 だからだろうか。

 午後の授業の間、気を抜くとついついアルメリアのことを考えてしまっていた。





 アルメリアはいてもたってもいられず自室をうろうろと歩き回っている。


 元々汚す方ではないが気合を入れて部屋は隅々まで片付けた。お茶菓子も用意した。ロイドを歓迎する万全の体制が整っていた。


(落ち着きなさいアルメリア。私がそわそわしていたらロイドくんも不審に思うわ)


 ロイドが部屋に来る。

 そう考えただけでアルメリアの胸はトクンと跳ねるのだった。


 ロイドには青組寮への行き方、アルメリアの部屋の位置を伝えてある。本当は案内したかったが部屋の準備がある為どうしても手が離せなかったのだ。


(深呼吸よアルメリア。大丈夫、これまでも上手くやってきたじゃない)


 オルトリンデのように表立って発散出来ない分アルメリアのブラコンは根が深かった。

 それはじわじわとアルメリアの中で大きくなり、そして今ロイドを自室に誘うまでに育ってしまった。


「メリアお姉様、ロイドです」


 控えめなノックの音と共にロイドの声がドア越しに聞こえてくる。跳ねる心臓を抑えて、アルメリアはゆっくりとドアノブを回した。


 アルメリア・アンダルシア、開花の春。





 何度か手を伸ばしては引っ込めてを繰り返した後、ロイドは意を決してドアをノックした。


「メリアお姉様、ロイドです」


 少しの間があり、ゆっくりとドアが開けられる。アルメリアに促されロイドはついにアルメリアの私室に足を踏み入れた。


「ごめんなさいね、散らかっていて」


 アルメリアはそう言うが、アルメリアの部屋はロイドの目には完璧に整頓されているように映った。


「ボクは綺麗だと思いますけど……」


 じろじろと見るのは失礼かなと思いつつ、ロイドは我慢できず部屋を見渡す。


 アルメリアの部屋は黒を基調としたインテリアでシックに纏められた、まさに大人の部屋といった風情だった。ソファからローテーブル、クッション、絨毯まで黒と灰色で上品に纏められていた。ピンとシーツが張り詰められたベッドだけが白くて妙に目を惹く。


「ふふ、あんまりじろじろ見ないでくださいね。恥ずかしいですから」


「ご、ごめんなさい」


 ロイドは慌てて目を逸らした。咎められなければいつまでも眺めてしまうところだった。


「ほら、座ってください」


 アルメリアに促されロイドはクッションに腰を下ろした。ふかふかなクッションだ。

 

 ロイドが座ると、アルメリアはお茶菓子とドリンクをローテーブルに並べ始めた。昔ロイドが好きだったものたちだった。アルメリアは記憶力も優れているのでそれをしっかりと覚えていた。


「それでロイドくん。学院生活はどうですか」


 対面のクッションに座りながらアルメリアがロイドに問いかける。その包容力に溢れた笑顔の裏で今まさにロイドを篭絡すべくあらゆるシミュレートが行われていることをロイドは知らない。


「学院生活……ですか。……実は悩んでいることがあって」


「悩んでいること? どうぞ言ってみてください。力になれるかもしれません」


 ロイドの発言はアルメリアにとって都合がよかった。ロイドの悩みをスマートに解決すればロイドがアルメリアに靡くかもしれない。アルメリアは内心でガッツポーズした。


「えっと……どの専攻組に進むか迷ってるんです。お姉ちゃん達に誘われているけど、黄組も赤組も白組も黒組も選べなくて」


「……ん?」


 ロイドの言葉にアルメリアの笑顔が急速冷凍される。心が氷点下まで冷え切る。

 表情筋が脳内命令を無視してかろうじて笑顔をキープしていた。


「あ、あの……ごめんなさい。もう一度聞いてもいいでしょうか?」


「はい……。悩みというのは専攻組のことなんです。お姉ちゃん達に誘われているんですけど、どれも選べなくて」


 ロイドは俯いてしまう。これは最近ずっと頭を悩ませている深刻な悩みで、藁にも縋る思いでアルメリアに打ち明けたのだった。


 アルメリアはロイドの言い草からどうやら『お姉ちゃん達』というものに自分、そして青組が含まれていないことを悟った。確かにアルメリアは自分からロイドを勧誘することをしなかった。作戦『北風と太陽』に基づけばそれが正解なはずだった。


「なるほど……ロイドくんの心中はお察しします。心優しいロイドくんのことですから、誰かを選ぶのが心苦しいのでしょう?」


 アルメリアは言いながら頭をフル稼働させる。ここから私が逆転する方法。何か、何かあるはずだ。


「そうなんです……。お姉ちゃん達の誰かを選ぶなんて、そんなことボクには出来なくて……」


 ロイドの声が消え入りそうなまでに小さくなる。見れば目の端には涙が浮かんでいた。


(ロイドくん……なんて純真なんでしょう! 今すぐこの手で抱きしめてあげたいわ!)


 衝動をぐっと堪える。今だけは選択を間違えるわけにはいかない。


 その時アルメリアに一つの天啓が降ってきた。

 作戦『北風と太陽』。今まさに収穫の時だった。


「ロイドくん、涙を拭いて。私にいい考えがあります」


「……考え?」


 アルメリアはロイドに見咎められない様に小さく深呼吸した。アルメリアにとってもこれは賭けだった。


「――ロイドくん。あなたは青組に入りなさい」


 言った。

 言ってしまった。

 もう後戻りはできない。

 アルメリアは覚悟を決めた。


「青組に……ですか? でも……」


「4人に言い寄られていて、でも誰も選べないのですよね? でもどこかには進まなければならない。なら、そのどれでもない青組に入るのが最も波風を立てないのではありませんか?」


 アルメリアの言い分は一応筋が通っていた。アルメリアもそれを承知しているからロイドにこの提案を持ち掛けたのだ。ロイドには何としても青組に入ってほしいが、ロイドや他の姉妹を騙すことはしたくなかった。


「確かに……そんな気も……」


「それだけではありません。今のような立場では、今後もこのような悩みを抱えることになると思います。その度にロイドくんが苦しむのを私は見たくありません」


 アルメリアはローテーブルに手を突き身を乗り出すと、ロイドの頬に触れる。

 くっ付いてしまうのではないかという距離までお互いの顔が接近する。

 ロイドの顔がたちまち紅潮した。アルメリアも興奮でどうにかなりそうだった。


「――ロイドくん。あなたは私だけの弟になりなさい」


 斯くして暴走する【水君大公】。

 止める者は果たして何処か。

読んで頂きありがとうございます。


少しでも面白いと思って頂けましたら是非是非【評価】と【ブックマーク】のご協力をお願いします。


また、同時連載中の作品もありますので、よければそちらも読んでいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ