第8話 おしえてウィッカ先生
「……うう……」
黒組2年ウィッカ・アンダルシアは新入生の教室で目を回していた。
ベルセリア王立魔法学院には毎日1コマ専攻組の生徒が新入生の授業をする伝統がある。上下の繋がりを濃くすることを目的とし、自分が進む属性だけでなく全ての属性の知識を吸収すべしという学院の理念に基づいたその制度は概ね好評であり、一定の効果をあげていた。
今日の授業の担当は黒組。新入生の教室に現れたのはアンダルシア五姉妹の末女、【災厄の魔女】ウィッカ・アンダルシアとその付き添いの生徒だった。本来であれば専攻組2年以上の生徒が1人で担当するはずなのだが、付き添いの生徒がいるあたりウィッカが黒組でどれだけ過保護に扱われているかが分かる。
ロイドの授業を担当できる、と立候補したウィッカだったが人前で話すのは何より苦手。テンションの上がった新入生たちの興味と期待の眼差しに晒され、頭はショートし脳みそはパンク寸前になっていた。
こうなることは簡単に予測出来たはずだが、怖がりの割に後先考えない所がウィッカ・アンダルシアの最大の美点である。
「ウィッカ君、ほら」
付き添いの女生徒に背中を擦られウィッカは恐る恐る教壇に一歩踏み出した。
数百の瞳が一斉にウィッカを捉える。ウィッカは蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった。
◆
ウィッカは物心ついた時から恥ずかしがり屋だった。快活な子が多かった姉妹の中で唯一内気な彼女は幼いころから友達と呼べるものがおらず、姉妹以外の遊び相手と言えば専ら虫や動物だった。
それはベルセリア王立魔法学院に来てからも変わらず、入学時点で既に姉のチトセが有名人だったこともあってウィッカは虐められることこそないが遠巻きにされていた。双子の姉のオルトリンデがすぐクラスの中心になり、幾度となくウィッカを馴染ませようとしたがダメだった。ウィッカ自身にそういう気持ちがあまりない、というのも大きな原因のひとつだった。ウィッカは友達を欲しがってはいなかったのだ。
『ウィッカ・アンダルシア。闇属性! Sランク!』
そう告げられた時から、ウィッカの興味は魔法に集中した。
元々魔法に興味があったわけではない。ベルセリア王立魔法学院のこともよく知らなかった。入学した理由は姉妹が通っているから。友達を作りたいとは思わないが、姉妹と離れ離れになるのは何より嫌だった。
(……闇属性……!)
そんなウィッカが自分から魔法に興味を示した。理由は闇属性って何かカッコイイという思春期にありがちなものだったが。
それからウィッカは週に1度訪れる黒組の生徒による授業を心待ちにした。通常の授業でも闇魔法については触れるがあくまで属性の1つとしてでしかなく、初歩的な魔法やその歴史についてが主だったので、専門的なことはこの時間でないと知ることは出来なかった。
「――このように闇魔法は5属性の中でも最も攻撃に特化した属性であり、同時に最も希少な属性と言えます。新入生の皆さんの中にも自分の適性は闇属性だと伝えられた人がいると思いますが、その事を誇りに思ってください。あなたたちは戦場で最も輝ける存在です。あなたたちの頑張り次第で戦況は大きく変わると言っても過言ではありません」
その言葉にウィッカは目を輝かせる。攻撃特化。最も希少。ウィッカの好きな言葉が並んでいた。
ウィッカはどんどん闇魔法の虜になっていった。
そんなウィッカが『黒組の先輩と話してみたい』と考えるようになるまで時間はかからなかった。
週に1度の黒組の授業の度に何とかして話しかけようとするが、人見知りのウィッカにとって先輩に話しかけるというのは何よりもハードルの高い行為だった。どうしてもその一歩が踏み出せない。ひと月ふた月と時間だけが過ぎていった。
ある日の黒組生徒による授業。その日の教師役は専攻組2年生の女生徒だった。どことなく雰囲気がアルメリアに似ている。あの人なら何とか話しかけられるかもしれない。ウィッカはそう思った。
「……あ、あの……!」
授業が終わり廊下に出た女生徒をウィッカは急いで追いかけた。ウィッカにとって人生で一番勇気を出した瞬間だった。
「うん?」
女生徒はウィッカのか細い声に振り返る。
「……わ、私……ウィッカ・アンダルシアといいます……」
バクバクと跳ねる心臓を必死に抑え、ウィッカは震える声で必死に言葉を吐き出した。
女生徒はオドオドしているウィッカを興味深そうな目で見つめている。
「アンダルシア……? ああ、君がチトセの妹か。さっきは私の授業を熱心に聞いてくれてどうもありがとう。それで私に何か用かな?」
「……えっと……黒組の話が……き、聞きたくて……」
「なるほど。つまりウィッカ君は闇属性の適性があったのかな?」
変わった話し方をする生徒だった。ウィッカは授業だからそういう話し方をしているのかな、と思っていたがどうやら普段からそうらしい。
「……う、うん……Sランクだった……一応……」
「エスぅ!? …………ゴホン。済まない、取り乱した。確か去年入ってきた双子もSランクではなかったかな。学院のSランクのほとんどが姉妹だとは恐ろしい話だね」
「……えっと……」
目上の先輩にまくし立てられウィッカは固まる。目には渦巻きが出来始めていた。
「おっとすまないね。私はつい話しすぎてしまうきらいがあるんだ。ウィッカ君は黒組について知りたいんだったね?」
「……うん……私、闇魔法に興味があって……」
「それは結構な事だね。適性は本人の意志とは無関係だから、自分の適性を好きになれるのは幸運な事だと私は思うよ。それにしても黒組のことを知りたい、か……ふぅむ。ウィッカ君、今日の放課後は空いているかい?」
「……放課後……? 予定はない……けど……」
「そうかい! じゃあ決まりだ。ウィッカ・アンダルシア君。君を黒組の寮に招待するよ」
そう言ってウィッカに手を差し出す女生徒の目はキラキラしていた。
ウィッカは恐る恐る、ゆっくりとその手を取った。
◆
放課後の黒組寮。そこには借りてきた猫と化したウィッカ・アンダルシアの姿があった。
「この子がメリアの妹さん!?」
「やだ〜めちゃくちゃ可愛いんですけど! ねえウィッカちゃん、私の妹にならない?」
「確か双子なのよね、可愛くて仕方がないってハイトがよく自慢してたわ」
「……わ……わわ……!」
ウィッカは寮のロビーにあるソファに座らされると、わらわらと集まってきた寮生たちに囲まれもみくちゃになっていた。
黒組寮はそのイメージとは裏腹に一番フレンドリーで絆が強い寮だった。寮生たちは新たな仲間の登場に興奮冷めやらないといった様子でウィッカを質問責めにしている。
「君達、その辺にしたまえよ。ウィッカ君が子猫のように震え上がっているじゃないか」
「リンネ先輩、そう言って独り占めする気でしょ!?」
「その通り。なんと言っても私は第一発見者だからね。その権利があるのさ」
ウィッカをここまで連れてきた女生徒はリンネという名前らしい。
リンネは周りの寮生に向かってシッシッと手で払うジェスチャーをするとウィッカに向き直った。
「済まないねウィッカ君。うちは人数が一番少ないということもあって他所の寮よりファミリー感が強いんだ。何かあるとすぐ騒ぐ連中ばかりさ」
「私達、家族ですから!」
「うるさいぞネェロ君。さっさと散ってくれたまえ。話が進まないじゃないか」
リンネはまだ専攻2年生ながら寮での発言力を持っているらしく、他の寮生がぞろぞろと自分の部屋に帰っていく。ネェロと呼ばれた少女だけがその場に残っていた。
「リンネ先輩、ウィッカちゃんって来年うちにくるんだよね?」
「ああ。黒組期待の新人という訳だね。なんたってSランクだ」
「Sランク!? もしかしてハイトの姉妹って全員Sランクなんじゃない!?」
「確かウィッカ君は双子だったと思うのだが、もう1人の新入生もそうなのかい?」
ウィッカはすっかり縮こまってしまっていて、自分に話しかけられたと気付くのが一瞬遅れてしまう。
「……あ……えっと……そう……リンデもSランク……確か光属性……」
ウィッカの言葉に2人は目を輝かせる。ウィッカが先輩に対し敬語を使えていないことなど全く気にしていないようだ。
「すごーい! チトセ先輩が黄組で、ハイトが赤メリアちゃんが青、ウィッカちゃんともう1人で全属性じゃない!」
「うーん、これは興味深いね……姉妹全員が1年に1人も現れないSランクだとは。適性は遺伝しないと言われているが偶然にしてはいくら何でも……」
リンネは顎に手をあて何かを考え込んでいる。今この瞬間リンネの頭からウィッカの事は消失していた。すぐ思考に意識が引っ張られるのがリンネの悪癖だった。
「リンネ先輩〜? ウィッカちゃんが暇してますよ〜?」
ネェロの声にリンネは現実に引き戻された。
「おっと。また思考の海に漕ぎ出してしまう所だったよ。ネェロ君も偶には役に立つじゃないか」
「私はいつも役に立ってますよ〜だ」
テーブルを挟んでウィッカの反対側のソファにリンネは座った。ネェロは同席するつもりらしくリンネの隣にそそくさと腰を下ろした。
「……まあ構わないか。別に秘密の話でもないからね」
「さっすがリンネ先輩っ! 次期代表候補のSランクは伊達じゃない!」
「それはまだまだ先の話だと思うがね」
「……? リンネもSランクなの……?」
「ああ、授業では言ってなかったね。改めて自己紹介といこうか。私はリンネ・フォン・ブラウン。君の姉のチトセと同じ専攻2年生だ。適性は闇属性Sランク。周りからは次期代表候補なんて言われている。私はまだそんなつもりは無いんだけれどね」
「そんなこと言ってこの前ココロ先輩の弱点調べてた癖に」
「念の為さ。調べて分かったことは自分の実力不足。それに専攻2年生で代表になった生徒は今まで1人もいないんだよ。3年生なら結構いるのだけどね」
この記録は翌年ローレンハイト・アンダルシアという生徒によって破られることになる。
「ふうん、なんかリンネ先輩らしくないね。やる前から諦めちゃうなんてさ」
「そこまで興味も湧かないものでね。今は自分のことで手一杯なのさ。ほら、ついでにネェロ君も自己紹介したらどうだ」
「ほいほい。私はネェロ・アラモードだよ。専攻1年生。ハイトと仲良しでウィッカちゃんの事はよーく聞いてたよ!」
「……私のこと……?」
「とーーーーっても可愛い妹だってよく話してたよ。愛されてるねえウィッカちゃん」
「……にへへ……」
ウィッカは顔を綻ばせる。人も減って緊張も幾分かやわらいできていた。
「さてさて。自己紹介も済んだところで、まずは黒組の歴史について話そうか。物事の本質を探るにはまずは歴史から。これは基本だからね」
話したがりのリンネは上機嫌だ。ネェロもリンネの話を聞くのは嫌いではないらしく隣でニコニコしている。そんな黒組の日常。
リンネという1人の生徒の思惑により、ウィッカは黒組寮に出入りするようになった。人見知りのウィッカにとってフレンドリーである種強引な黒組の雰囲気は相性が良かった。
こうしてウィッカは新入生の時から黒組で愛されるマスコット的存在になり、途中寮を半壊させる等といったアクシデントはあったものの無事専攻2年生に進級した。
あの時のリンネのように、ウィッカも誰かを導ける存在になれるだろうか。
◆
「ウィッカ君、ほら」
背中を押されて、ウィッカは一歩前に踏み出した。
集まる視線。
意志とは関係なく固まる身体。
ウィッカ・アンダルシア、今学期最大のピンチ。
ロイドも不安そうな眼差しでウィッカを見守っていた。ウィッカが極端に人前が苦手なことはロイドも重々承知していた。教師役として教室に入ってきたときは思わず声を出してしまいそうになったほどだ。
ウィッカはその濁った瞳で教室を見渡した。隅っこの方でロイドの姿を発見し思わず破顔する。
今日はロイドに黒組の、闇魔法の魅力をしっかりと伝えなければならない。
オルトリンデがロイドの為にローレンハイトと戦ったように、これがウィッカの戦いだった。
「……え、えっと……私はウィッカ・アンダルシア……黒組の、2年生……」
ウィッカは勇気を振り絞って肺から必死に空気を送り出す。顔は紅潮し身体は震える。それらを必死に抑えつけてウィッカは大海原に舟を漕ぎだした。
「……今日は……皆さんに……闇魔法の魅力を……伝えに来ました……!」
付き添いでやってきた黒組代表は、そんなウィッカのことを満足そうな表情で見守っていたという。
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また、同時連載中の作品もありますので、よければそちらも読んでいただけたら嬉しいです。




