第7話 戦いのあと
始業式のエキシビションが終わってからというもの、ヴァンは一言も口を開かなかった。
ずっと何かを考え込むようにしている。
ロイドは隣でエキシビションを観戦していたがヴァンに話しかけることはしなかった。オルトリンデの想いがヴァンに届いていることは、戦っているオルトリンデを見つめるヴァンの表情を見ていたら痛いほど伝わってきたからだ。
(リンデお姉ちゃん、凄かったな……)
オルトリンデが自分の感情を剥き出しにする姿をロイドは一度も見たことがなかった。それはベルセリア王立魔法学院に通う他の生徒もそうだった。もしかしたら他の姉妹もそうかもしれない。
いつもニコニコとしている優しいお姉ちゃん。
それがロイドのオルトリンデに対するイメージだった。今回のエキシビションを観て、けれどロイドのそのイメージは変わることは無かった。
ローレンハイトと戦うオルトリンデの姿は鬼気迫るものがあったが、ロイドはオルトリンデの事を今までより近しい存在に感じていた。
(ボクのためにあそこまでしてくれたんだ……)
ロイドの胸中には大きな感謝の念があった。しかし同時に、申し訳なさも生まれていた。自分がお願いをしてしまったばかりに、オルトリンデはボロボロになるまで戦ったのだ。オルトリンデにはオルトリンデなりの考えがあっての事だったが、ロイドはそれを知る由もないし、事実関係としてはそれが正しかった。
(リンデお姉ちゃん、大丈夫かな……)
意識を失ったオルトリンデは白組の生徒たちによって寮に運ばれたようだった。そこで治療を受けるのだろう。治療において王国でもトップクラスの魔法使いが集まる白組寮は、見方によれば王国で最も安心できる場所だと言えるがそれでもロイドは心配だった。
(……後で様子を見に行ってみよう)
ロイドはそう決心し、ステラマーレ大闘技場を後にした。
ロイドが去った後も、ヴァンはまだオルトリンデが倒れた辺りをじっと見つめていた。
◆
ロイドに頼まれ大闘技場に来てみたが、俺の気は進まなかった。何とか最前列を確保してはみたが心にかかった暗雲は一向に晴れる気配がない。
フィールドに目を向けると、ローレンハイト先輩とオルトリンデ先輩が相対し何かを言い合っているがその声は観客席までは届かない。姉妹で戦うというのはどういう気分なんだろうか。今となってはそれもどうでもいい。
俺はローレンハイト先輩が攻めてオルトリンデ先輩が守る、そういう展開になるだろうと思っていた。光属性は治癒・防御が主体の属性だし、そもそも4年生で赤組代表のローレンハイト先輩と3年生のオルトリンデ先輩では実力に差があると思っていたからだ。クラスの連中も概ね同じような展開予想をしきりに言い合っていた。
(え……?)
バトルが始まり、俺は目を疑った。
オルトリンデ先輩がローレンハイト先輩を攻めているのだ。あまり目にすることの無い光属性の攻撃魔法で、猛然とローレンハイト先輩に襲いかかっている。会場がざわついたのが分かった。
なにより、オルトリンデ先輩の雰囲気が違った。俺は入学したばかりでオルトリンデ先輩の事は全くと言っていいほど知らないが、噂は入学前から耳にしていた。
曰く最後の聖女、慈愛に満ちた聖母、白組のお母さん等々。
その印象は、今俺の目の前にいるオルトリンデ先輩とは全く合致しない。
オルトリンデ先輩は鬼気迫る表情でローレンハイト先輩に追いすがっている。
その実、オルトリンデ先輩の攻撃はローレンハイト先輩に全く通用していなかった。光弾は決してローレンハイト先輩を傷つけることなくその役目を終えている。どれだけ攻撃しても無駄だということは素人目にも明らかだった。
それでもオルトリンデ先輩は攻撃を辞めようとしない。埃に塗れても、煤に塗れても、それでも立ち上がって敵うはずのないローレンハイト先輩に立ち向かっていく。
いつのまにか大闘技場は静寂に包まれていた。あんなに騒いでいたクラスの奴らも、異様な雰囲気を感じとり神妙な様子で2人を見つめていた。
俺は、意味が分からなかった。オルトリンデ先輩は防御に徹するべきなんだ。護って護って、僅かな隙を見つけて反撃する以外に光属性が火属性に勝つことは不可能なはず。そんなことは絶対分かっているはずなんだ。
オルトリンデ先輩が何故ボロボロになりながらローレンハイト先輩に立ち向かっていくのか、俺は分からなかった。
分からないが、何故か目が離せなかった。
憧れのローレンハイト先輩からじゃない。ローレンハイト先輩に全然敵っていない、ボロボロでかっこ悪いはずのオルトリンデ先輩から、目が離せなかった。
俺の脳裏にふとロイドの言葉が浮かんだ。
『最前列で、今日の戦いを見て欲しい。リンデお姉ちゃんを、見て欲しいんだ』
もしかしてロイドは俺のために今回のエキシビションを開催してくれたんだろうか。
オルトリンデ先輩は、俺のために戦っているんだろうか。あんなにボロボロになって、敵うはずのない相手に立ち向かっているんだろうか。
俺に白組を好きになって貰うために。
オルトリンデ先輩が大技を発動させた。巨大な機械の天使が現れる。
けれどそれも無為に終わってしまった。
『勝者、ローレンハイト・アンダルシア!』
結局最後までオルトリンデ先輩の攻撃はローレンハイト先輩に届くことは無かった。オルトリンデ先輩はレーヴァテインの一撃を受けて、ローレンハイト先輩に向かって倒れ込むように気を失ってしまった。
俺はしばらくの間、動くことも出来ずフィールドを見つめていた。
世界で一番かっこいい先輩を、見つめていた。
◆
ヴァンが教室に戻ると、丁度ロイドが帰り支度をしているところだった。
「ロイド」
ヴァンはロイドに声をかけた。どうしても今日中に伝えたいことがあったからだ。
「ん?」
ロイドはヴァンの顔を見ると顔を緩ませた。先程までヴァンの心に掛かっていた分厚い雲は、どうやら晴れたようだった。
「俺のためだったんだよな? 本当にありがとう。オルトリンデ先輩にもそう伝えてくれるか?」
ヴァンは晴れやかな顔でそう言った。
「ん……」
ロイドは何か考え込むようにして黙る。少し経ち、何かを決心したように口を開いた。
「今からリンデお姉ちゃんの様子を見に行こうと思っていたんだけど、ヴァンも一緒に来ないかい?」
「え……?」
ロイドの言葉を聞いて、ヴァンは固まった。代表ではないとはいえオルトリンデは雲の上の存在だ。直接会うなどと考えもしていなかった。
「ヴァンがもし白組を好きになってくれたのなら、直接伝えてあげて欲しいんだ。その方がリンデお姉ちゃんも喜ぶと思うから」
「あ、ああ……。でも大丈夫なのか? 意識を失っていたみたいだけど……」
「さっきハイト姉さんが来てね、もう大丈夫だって教えてくれたんだ。倒れた原因は魔力不足だったみたいで怪我はほとんどなかったって」
「そうか、よかった……」
オルトリンデに会う――そう考えるとヴァンは顔が急に熱くなるのを感じた。心臓が早鐘を打つ。けれどその理由がヴァンには分からなかった。ヴァンはまだ12歳である。
「どうする? そろそろ行こうと思ってるんだ」
「行くよ。直接お礼を言わせてくれ」
ロイドとヴァンは帰りの支度をすると白組の寮に向かった。各組の寮はそれぞれの敷地内にある。教室がある共通フロアから各組の敷地へは案内がそこかしこに出ているため迷うことはない。2人はスムーズに白組の寮に辿り着いた。
中に入り寮母に用件を伝えると、2人はオルトリンデの部屋に案内された。
「リンデお姉ちゃん? 様子を見に来たんだけど……」
言いながらロイドは扉をノックした。重厚な木の扉が小気味よい音を立てる。
「ロイド君? 開いているわよ」
扉越しに優し気な声がかけられる。いつもの、皆がよく知っているオルトリンデの声だ。
ロイドが扉を開けようとするが、ヴァンが慌ててオルトリンデに声を掛けた。家族だから見せられるような恰好をしていないとも限らないからだ。ヴァンには妹がいるためそういったことに敏感だった。
「ああ……ええと……俺、ヴァン・ミストルトといいます。俺、いや違う……僕も入っても大丈夫、でしょうか?」
あたふたと自己紹介するヴァンがなんだかおかしくてロイドは少し笑ってしまう。本当に元気になって良かった。ロイドはオルトリンデに改めて感謝した。
「ふふっ、君がヴァン君ね。入って大丈夫よ。お話しましょ?」
オルトリンデ先輩が自分に声をかけてくれた――それだけでヴァンの心臓は今にも口から飛び出ていきそうだった。
ロイドがヴァンを見ると、ヴァンは小さく頷いた。唾を飲み込む音がやけに大きく響いた。
扉を開け、2人はオルトリンデの部屋に入った。
ロイドは女の子らしい部屋を想像していた。確か昔の記憶ではオルトリンデは可愛いものが好きだったはずだ。白やピンクが基調のファンシーな部屋だろうと勝手に思っていた。
「…………」
白と木目を基調とした部屋が2人を出迎えた。家具は少ない。ベッドと化粧台、それとテーブルと椅子しか見当たらない。空き部屋だと言われても納得するだろう。オルトリンデは周りから聖女と言われるようになり、いつの間にか質素な生活が好きになっていた。
寝間着姿でベットに座っているオルトリンデが2人に声を掛ける。
「2人とも、来てくれてありがとう。とっても嬉しいわ」
オルトリンデはすっかり元気そうだった。顔色もいつもの様子に戻っている。白組の手厚いケアのおかげだろう。
「リンデお姉ちゃん。大丈夫なの?」
「ええ。さっきは魔力を使いすぎて気を失っちゃったけど、もう大丈夫。ハイトお姉様も手加減してくれたのかしらね、怪我もほとんどないわ」
そう言うとオルトリンデは顔を曇らせた。実はオルトリンデはロイドに会うのが少し怖かったのだ。可愛い弟の期待を裏切ってしまったと、そう思っていた。
「あの!」
ヴァンが叫ぶ。オルトリンデの悲しい顔を見ていたら、いてもたってもいられなくなったのだ。
「俺……感動しました。ローレンハイト先輩に立ち向かうオルトリンデ先輩の姿を見て、自分が恥ずかしくなったんです。……鑑定結果を聞いたときは、白組なんてってそう思っていました。治癒と防御が仕事の裏方の組だって。でもそうじゃなかった」
ヴァンはオルトリンデに真っすぐ視線を合わせた。跳ねていた心臓の鼓動も不思議と落ち着いていた。
「先輩は光魔法のかっこよさを俺に教えてくれました。先輩の姿を見て、胸が熱くなりました。俺……白組で良かったです。今は本心でそう思えます。本当にありがとうございました!」
ヴァンは深々と頭を下げた。
オルトリンデはそれをポカンとした顔で見つめていた。ヴァンの言っていることが分からなかった。私は失敗した。そう考えていたからだ。
「かっこよかったよ、リンデお姉ちゃん。ヴァンやボクだけじゃない。皆そう思ってるはずだよ」
ヴァンとロイドの言葉がゆっくりとオルトリンデの心に染み入っていく。
「……あは。……そっか…………そっか。えへへ……お姉ちゃん、何かほっとしちゃった」
オルトリンデの目には涙が浮かんでいた。やがて零れ出し頬を伝う。
それはしばらくの間止まることはなかった。
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