第10話 アンダルシア姉妹会議
「――ロイドくん。あなたは私だけの弟になりなさい」
アルメリアの言葉の意味がロイドには分からなかった。
その言葉を理解することに意識を割けなかったからだ。
ともすればキスしてしまいそうなほど近くにあるアルメリアの顔。サファイアのように綺麗な瞳がロイドの視界いっぱいに広がっている。なんだかいい匂いまでする。
「わ、わわ……!」
ロイドの頭はすっかりショートしてしまっていた。
蛇に睨まれた蛙のように、ピクリとも動くことが出来ない。
まさか本当に蛇のようにロイドを狙っているとは夢にも思うまいが。
「ロイドくん……」
アルメリアはテーブル越しに両手でロイドの頬を挟むと、ゆっくりと目を閉じた。
積もり積もった弟への気持ちはとうに臨界点を超えている。
走り出した想いはもう――止まらない。
「え……?」
アルメリアの行動の意図はロイドにも辛うじて分かった。
意図は分かったが、しかし理由は分からなかった。
キス?
メリアお姉様が僕に?
なぜ?
そんな思考が瞬間的にロイドの頭を通り抜けた。頭はフル回転しているのに、でも身体は全く動かない。まるで金縛りだ。
そうこうしているうちにアルメリアの綺麗な顔が近づいてくる。
アルメリアの瑞々しい唇が今まさにロイドを捉える――その刹那。
「ちょっと待ったーーーー!!!!!」
バタン! と物凄い勢いでドアが開く。息を切らしながら入ってきたのは赤組代表ローレンハイト・アンダルシア。アルメリアの双子の姉である。
青組の友達から「ロイドが青組寮に入っていった」と連絡を受けすっ飛んできたローレンハイトだったが、てっきりアルメリアがロイドを秘密裏に青組に勧誘しているのだと思っていた。
しかし、ドアを開けたローレンハイトの目に飛び込んできたのは想像の遥か上を行く光景だった。
なんとアルメリアがテーブルから身を乗り出しロイドにキスをしようとしているではないか!
ローレンハイトはそういう行為には疎かった。突然目に飛び込んできた大人の行為に瞬間的に心臓が跳ねた。
「えっ……ちょっ……メリア! あんた何してるのよ!? ロイドから離れなさい!」
突然の来訪者にアルメリアはビクッと身体を震わせてドアの方に顔を向ける。アルメリアの唇はあと数ミリの所で目的を果たすことは叶わなかった。
「お姉ちゃん!? どうしてここに!?」
「いいから! とりあえず離れなさい!」
ロイドの頬に添えられている手を掴み、ぐいぐいと2人を引き離す。
アルメリアが定位置に戻りようやくローレンハイトは平静を取り戻した。
ロイドはすっかり放心した様子で2人を見つめている。
「……メリア。あんた今何しようとしてたのよ」
ローレンハイトはアルメリアを睨みつける。ローレンハイトの価値観ではアルメリアがやろうとしていたことはとんでもないことだった。
アルメリアは今の一瞬の間に見掛け上の平静を取り戻していた。頭の中ではぐるぐると色々な言葉が飛び交っていたが、鋼鉄の表情筋でそれらを全て制御しきっている。
アルメリアはローレンハイトの目をしっかりと見据える。こういう場は焦ったら負けだということを経験から熟知していた。
「何ってどういうことかな。お姉ちゃんにはどう見えたの?」
アルメリアが唯一砕けた口調で話す相手が双子の姉のローレンハイトだった。それは親愛の情の表れに他ならない。
「どうって……あんた、その……ロイドに、き、きききキスしようとしてたんじゃないの!」
ローレンハイトは言いながら顔を真っ赤にしてしまう。実は姉妹の中でもとびきり初心なのだった。
キス、という言葉にロイドがビクッと身体を震わせた。ロイドはもう何が何だか分からなかった。
「そうね。でもそれっていけないこと? 好きな人にキスしようとして何がいけないの?」
アルメリアは開き直って全てを打ち明けた。どちらにしろロイドへの気持ちを隠して生活することにはもう耐えられそうになかった。
「す、すす好き!?」
アルメリアの言葉にローレンハイトは耳まで真っ赤になる。顔からは湯気が出そうな勢いだ。
「ええ。私はロイドくんのことが好き。だからロイドくんには青組に入ってほしいし、キスだってしたい。悪いけど口を挟まないでもらえるかな?」
そんなローレンハイトとは対照的にアルメリアは淡々と自分の気持ちを口にする。内心はアルメリアもいっぱいいっぱいで、焦りを隠すために少し攻撃的になってしまっていたが。
アルメリアの言葉にローレンハイトは瞬間的反論していた。
自分でも訳が分からぬまま、沸き上がる感情を叩きつけた。
「ダメよ! わ、私だってロイドのことが、す、すすす……好きなんだから!」
実際の所、ローレンハイトはロイドへの気持ちが弟への親愛の情なのか、それとも異性としての好意なのか自分でも分かっていなかったが、売り言葉に買い言葉というか、ついそう口にしてしまった。
少なくともアルメリアがロイドとキスをするというのが嫌なのは確かだった。
「そっか。じゃあライバルだねお姉ちゃん。私、負けないから」
アルメリアがここまで自分の気持ちを表に出すのをローレンハイトは初めてみた。それだけロイドの事が好きなんだろう。
「私だって負けないわよ! ロイドは私のものなんだから!」
当事者であるロイドをひとり置いてけぼりにし、事態は急速に進展を見せるのだった。
◆
「えーーーー、キミたち。何か申し開きはあるかね」
チトセの言葉に、ローレンハイトとアルメリアは正座したまま俯くことしか出来なかった。
黄組代表チトセ・アンダルシアの私室。そこにはアンダルシア五姉妹が勢揃いしていた。
学院の顔であるアンダルシア姉妹の噂は一瞬で広まる。
「理由は不明だがローレンハイトとアルメリアが喧嘩しているらしい」という噂を聞きつけたチトセは、その日の晩姉妹全員を自分の部屋に呼びつけたのだった。
「……反省はしています。私としたことが我を忘れていました」
「……私もちょっとヒートアップしすぎたわ」
あとになってから、2人とも「なんてことをしてしまったんだ」と酷く赤面した。あの場は何かがおかしかった。あの大胆な行動の原因はそう結論付けることしか出来なかった。
「しっかし喧嘩の理由がまさかロイドを取り合って、とはなあ。お前らそんなにロイドの事が好きだったのか?」
チトセは喧嘩の理由が心底意外だった。オルトリンデならいざしらず、ローレンハイトとアルメリアはそこまでロイドに執着しているようには見えなかったからだ。
「私は……好きです。この際なのではっきりと宣言させて頂きます。私はロイドくんが好きです。誰にも譲りたくありません」
アルメリアはきっぱりと言い放った。この一か月ひた隠しにしてきた感情。それをやっと口にすることが出来た。
「私は……分からないわ。好きだけど……よく分からない。それがホンネよ。でも誰かに取られたくはない。それはハッキリしてる」
ローレンハイトはまだ自分の気持ちが分からなかった。ロイドと再会してまだ一か月なのだ。想像していたより大きくなっていて少しドキッとはしたが、その気持ちが何なのか。その答えを出すにはまだ時間が足りなかった。
「なるほどなあ。ついでに聞くけどお前らはどうなんだ」
チトセは背後で話し合いを見守っていたオルトリンデとウィッカに声を掛けた。この際その辺をハッキリさせておきたかったのだ。
「私は勿論好きですよ。元々隠す気もありませんでしたし」
「……私は……そういうのは……わからない……でもロイドとは……仲良くしたい……」
オルトリンデはすらすらと、ウィッカは頭を悩ませながら答えた。
2人の反応は大体想像通りだった。
妹たちの話を聞いたうえで、チトセは結論を出した。
「とにかくこの件で姉妹喧嘩することは許さねえ。それで一番悲しむのは間違いなくロイドだ。それくらいは全員分かってるよな」
4人は頷いた。
「今回みたいな抜け駆けがあると必ず喧嘩の元になる。ちゃんとルールを決めて正々堂々とロイドを取り合おうぜ」
そう言ってチトセは笑った。
こうしてロイドの与り知らぬところで、アンダルシア五姉妹によるロイド包囲網は着々と縮まっていくのだった。
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また、同時連載中の作品もありますので、よければそちらも読んでいただけたら嬉しいです。




