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第伍話「必殺少女」

――必殺技。

 

 日曜朝ニチアサの少女たちが放つそれは、闇の力に取り込まれた者を救いあげる癒しの技だ。しかし、泉子の異形の右腕から放たれるのは呪いの奔流である。それをガマゴリラにぶつけたとき、胃の中の子供たちがどうなってしまうのかは想像したくもない。


「迷ってる暇はない! いいか、呪いをヤツだけに集中するんだ! 憎たらしい、殺してやりたいという気持ちをあのカエル顔だけに込めれば、ピンポイントに呪い殺せる!」


 とうていヒーローのサポートキャラとは思えないワードまみれのアドバイスをしてくるガッキュン。しかし確かに「呪殺」というイメージならば。イザナミが一日千人をそうしているように、直接でなく命を奪うことができるのかも知れない。


 やるしかない。全員を救うのだ。幼いころから憧れてきた、きっといま泣いている子供たちの中にも憧れる子がいる日曜朝ニチアサの少女たちのように。為し方はすこし異なっていても、成そうとすることは同じだ。


黄泉(ヨモツ)……禍津(マガツ)……』


 脳裏に浮かぶ呪言を、桜色の唇より、憎悪と呪い込めた言霊に変えて世に放つ。奪われた命、囚われた子供たち、そして自身の境遇、すべての元凶である醜い怪物への怒りと憎しみを、一文字ごとに練り上げて。


 呼応するように右の赤眼がいっぱいに開き、続いて胸に、腹部にも背にも両腕両脚にも、全身の各所に異なる色の眼が計八つ、爛々と見開かれた。


『……八色之雷蛇ヤクサノイカズチ……ッ!!』


――それは神話において、腐り落ちたイザナミの体に巣食っていた八匹の蛇形の雷神の名だ。日本書紀に拠るなら、逃げたイザナギを追ったのはヨモツヒサメではなくこの雷神たちともされる。


 その名と共に突き出された右の掌から、限界まで煮詰められた憎悪の代わりにあふれ出したのは、八つの眼と同じく色とりどりにうねくる八色八本の禍蔦だった。ぐんぐん太さを増しながらガマゴリラに向けて宙を(はし)るそれらは、やがて一抱えもある大蛇どもの群れとなる。


 絡みあいのたうちながら怨敵の巨体を一瞬でのみこんで、あらゆるベクトルで圧し潰しすり潰し、跡形も残さぬまで蹂躙して、それはようやく止まった。


「……ああ……ひどい。……わたし、なんてことを……」


 まったく話にならなかった。呪殺どころかただの圧殺、ひたすら純粋な暴力でしかない。縮みながらずるずると自分の掌のなかに戻っていく禍蔦を虚しく見つめ、泉子はひとすじ涙をこぼす。しょせん私は、可憐プリティ浄滅キュアする彼女たちのようにはなれなかった。こんなことなら、いっそあのまま……。


「よく見ろ」


 ガッキュンの声に顔を上げる。何を見ろというのか、自分のしでかしたことから目を逸らすなとでも言うのか。と、そこで。巻き戻される禍蔦のところどころに大きなこぶのようなものができていることに気付く。自分の掌に繋がっているものだから、意識すればその事実はすぐに知覚できた。


――瘤の内側で胎児のように丸くなった、子供たち全員の無事を。


「覚えておくんだな。神話が後の世にどう歪曲されようと、イザナミ様はあらゆる命の母なる神――ゆえに、無垢なる幼な子はすべてに優る庇護対象だ」


 天を仰ぐ泉子の掌に禍蔦はするすると収まって、瘤だけが切り離されその場に残った。と、そこで泉子はひとつのことに気付き、ガッキュンをきっと睨みつける。


「こうなるってわかってて、呪殺とか言ったの……!?」

「方便だキュン!」


 出逢ったときの声色で応える二枚舌の小鬼に泉子が本気の殺意を抱きかけたところで、タイミングよく救急車両のサイレンが駐車場にすべりこみ、止まった。


「よし、面倒なことになる前にずらかるぞ!」


 苦虫を口いっぱいに含みつつも、うなずく泉子。守り切った背後の子供に「もうだいじょうぶ」と声をかけることを、自分の禍々しい姿を客観視して踏みとどまると、割れたガラス窓のひとつから店外へと、彼女は疾風のように跳びだしていく。もう、こなれたものである。


「とは言えまあ、こうも完璧にやりこなせたのは、それだけお前さんの精神構造がイザナミ様に――すべての母たる女神に近いということ」 


 そのあとをひょいひょい身軽に追いつつ、ガッキュンは呟く。


「だいたい人間があれだけの瘴気を内包しながら正気でいる時点で『異常』だからな。さすが、イザナミ様じきじきのご指名だけのことはある」


 決して、本人には聞こえないように。


――同時刻。地球の衛星軌道から、すこし外側。


 浮遊するサッカーボール大の「中継器(リピータ)」が、ガマゴリラからの虫の知らせ……断末魔の感応波を受信した。宇宙のいたるところに配置されたそれらが、情報をリレー式に遥か彼方の母体まで届ける。そうして母体(かのじょ)は銀河中から、手ごろな獲物を探し出すのだ。


『被調査天体の知的生命体は極めて高い戦闘能力と凶暴性を備え、接触すれば母体への深刻な損害が危惧される。同天体を危険度SSに認定、近傍宙域への接近は可能な限り回避すべし』

(意訳:クッソやべえ星だから近づいちゃダメだよママン!)


 いずれ、そのような最終調査結果が母体の元へ到達することだろう。


――泉子の今日の戦いは、地球の未来をも救ったのである。しかし無論、そんなことを地上の本人は知る由もなく。


「……ところでこれ、どうやって変身解除するの?」


 負傷者たちが救急車両に運び込まれる様子を、数百メートル離れた位置にある雑居ビルの屋上から裸眼でつぶさに目視しつつ、彼女は問いかけていた。その足元で紫煙をくゆらせているガッキュンは答える、こともなげに。


「そりゃあ、禍種を排出すればいいだけだぞ。上からでも下からでも、好きな方をえらべ」

「……うえぇぇ……」


 この瞬間に今日イチで「変身」を後悔したと、泉子は後に述懐している。



(おわり)

最後までお読みいただきありがとうございます。

もしこのお話を気に入っていただけましたら、感想や評価やブクマ登録よろしくお願いいたします。


それでは、またいずれ!

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