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♢ オリヴィア目線
♦︎ アレン目線
♢
「それで?デートに行くことにしたの?」
オリヴィアは百合姫の自室にいた。手が空いたのでふらりと寄ったら、腕を掴まれテラスに引っ張り込まれて、あれよあれよとお茶の用意をされたのだ。
百合姫と女官たちがキラキラとした瞳でオリヴィアを見つめる。
「…行きますよ、一応」
女官たちが、きゃあと声を上げた。喜んで拍手する者もいる。
「なぜご存知なのですか」
「目撃していた女官に聞いたの。私もその場で見たかったわ!」
アレンは確かに歌が上手かった。しかし、王宮の料理長がとんでもない美声の持ち主だっため、アレンは準優勝だったのだ。
結果発表後、膝から崩れ落ちたアレンを見るとびっくりするほど顔色が悪かった。オリヴィアはなんだか不憫に思えてしまい、約束とは違うが店に一緒に行こうと声をかけたのだ。
「ねえ、なにを着ていくつもり?」
「え?この格好で行こうかと」
「信じられない!そんな陰気で死神みたいな格好でデートなんて行ける思う!?だめよ!」
百合姫と女官らは立ち上がるとオリヴィアの腕を掴み、今度は百合姫の衣装部屋へ連れ込んだ。
その後、着せ替えごっこの人形となったオリヴィアは決定した服を押し付けられ、ぐったりと百合姫の自室を後にした。
♦︎
啖呵を切って歌唱コンテストに飛び入り参加したものの準優勝に終わり、アレンは人生で一番情けなくて惨めな思いをした。しかしオリヴィアから情けをかけられて今日、約束と違うがデートとなったのである。
どうせオリヴィアのことだから、いつもの黒いローブかどぎついピンクのローブで現れると思っていた。しかし、実際に現れたオリヴィアを見て目を疑った。
ローブは羽織っておらず、一度港町で見たことのある艶やかな茶色い髪をゆるく結い上げ、花飾りを挿している。服は淡い水色のワンピースに先の丸いパンプスを合わせており、とても華やかだ。
「…殿下と女官たちに遊ばれたんです。似合ってないのはわかってますよ」
アレンは唖然としてオリヴィアを見つめていたが、はっと我に返った。
「いや、いつもと印象が違ったので驚いただけだ。とても良く似合っている」
オリヴィアはアレンの言葉に少しだけ頬を赤くし、行きましょうと促した。
店は多少混んでおり、二人はテラス席に案内された。オリヴィアはきょろきょろと店を見回した後、興味深そうにメニュー表を眺めた。先ほどはショーケースを熱心に覗いていたし、彼女なりに楽しんでいそうでアレンはほっとした。
オリヴィアは帰りに焼き菓子を買いたいと言い、二人は飲み物とケーキを注文して一息ついた。
「…約束と違うのに今日は付き合ってもらってすまないと思っている。ありがとう」
「いえ、私は支店が出たことを知らなかったので、来れて嬉しいです」
オリヴィアは運ばれてきた紅茶に角砂糖を入れ始めた。
1つ、2つ…、
「先日の歌唱コンテストは面白い催し物だった。みんな誇らしげに歌っていて観客もーーー」
3つ、4つ、5つ…
「ーーオリヴィア殿、いくらなんでも砂糖を入れすぎじゃないか?」
「そうですか?甘くないと頭が働かなくて」
オリヴィアは角砂糖を7つ入れて手を止めた。やはり変な女だ。気を取られたアレンは何を話していたか忘れた。
「…ええと、何だったか…。まあいい。オリヴィア殿が次にやろうと考えていることはどんなことだ?」
「今考えてるのはですね、これは本で読んだのですが、北の方の国で昔、赤い服を着た老人が馬車に乗って空から子供たちにプレゼントを配るという催し物があったそうで、それをやりたいと思ってます」
空飛ぶ馬車から物が降ってくる場面を想像しながらアレンは紅茶を口に運んだ。
「その老人役は誰が?」
「陛下です」
「ごほっ」
思わずむせこんだ。聞き間違いだろうか。
「いまなんと?」
「陛下です」
アレンは絶句した。陛下というと百合姫の父親の国王陛下のことだ。国王陛下が赤い服を着て空飛ぶ馬車に乗る?
「待て、陛下にもう了承を得たのか?」
「はい。交換条件ですけどね。リリア殿下が最近うきうきしてるので、恋でもしてるのか、何か知らないかと仰るので、私の遊びに付き合って頂けたらお教えしますと申し上げたら了承を頂きました」
この国一番の権力者の父親心を利用した大胆な交渉にアレンはめまいがした。
「殿下と近衛の副長のことをお伝えしたら複雑そうでしたけどね。でも赤い服を着て空飛ぶ馬車に乗ってくださいとお願いしたら、約束なので大丈夫とのことでしたよ」
「陛下が空飛ぶ馬車に乗って…、プレゼントとは何を配るんだ?」
「子どもたちを集めて、魔法で馬車を飛ばして、陛下に飴玉をばら撒いて頂こうかなと。面白そうだなあ」
国王陛下が空飛ぶ馬車から飴をばら撒く様子を想像した。威厳も何もあったものではない。シュールだ。
「陛下に出てきて頂くとなると、スケジュール調整や護衛体制が色々大変だぞ。空飛ぶ馬車が地上から狙撃されるかもしれない」
オリヴィアの表情が曇った。
「それは確かに」
「防御魔法の方法を考えなければいけないな。それに飴玉を配る場所の申請もした方が良い」
「ゲリラ的にやるのではだめですか?」
「先日の歌唱コンテストくらいなら良いかもしれないが、陛下がいらっしゃるならそういった調整はしておいた方が良いだろう。何かあって君が罪に問われるのは私が悲しい」
ごほんと咳払いし、紅茶を一口飲んで続けた。
「ただ、君のアイデアはとても良い。子どもたちは喜ぶだろうし、陛下を身近に感じて王族のイメージアップに繋がるだろう。…良かったら諸々の調整は私に手伝わせてもらえないか?仕事柄、各部署に顔が利くし、そういった調整は得意だ」
オリヴィアはパッと顔を綻ばせた。
「はい、お願いします」
「ありがとう、楽しみだな。うまくいったらまたこの店に付き合ってくれ」
オリヴィアは笑って頷いた。
交渉事は自分も得意だ。
先の約束ができたので、またオリヴィアに会える。それだけでアレンは嬉しくなった。
急がなくても、少しずつ自分のことを知ってもらえればいい。
二人は飲み物の追加を注文し、早速計画の打ち合わせを始めた。
《 おしまい 》