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最後の公務となる辺境伯の館は、港から馬車で二日走ったところにある。辺境伯の領地は染物が名産で、色とりどりの布を用いた衣類や布製品が他国へも輸出されている。
館に着いた後に百合姫は辺境伯と挨拶をし、庭でお茶を飲みながら懇談した。アレンもそれに同席したが、オリヴィアの姿は見えない。
「こちらで生産されている製品類を港でも見ました。とても良い生地と色でしたわ。他国でも人気だそうですね」
百合姫が染物の話題を出すと、辺境伯夫人が微笑んだ。
「ありがとうございます。近いうちに王都にも婦人服の専門店を出す予定なのです。職人たちが大忙しで、人員も増やすつもりです」
「そうなのですか。王都にも出店されるなら私も拝見したいですわ」
辺境伯夫人は身を乗り出して続けた。
「実は今日は殿下のために特別にショールをご用意いたしました。色は様々ご用意いたしております。よろしければ今夜の夜会でお召し頂けませんか?」
「まあ、ぜひ。どのような色があるか拝見しても?」
大胆な申し出に百合姫は一瞬で了承した。
王族が身につけるものは重要な意味を持つ。特に辺境伯の領地での夜会でその特産物を身に纏うのはかなりの宣伝になるはずで、その分、政治的な距離を考慮し、注意が必要だ。
今回、辺境伯は王族とも近く、軍事的にも重要な人物である。百合姫はその点も分かっているはずで、その上で一瞬で判断して結論を出したことにアレンは驚いた。
養護施設での生卵事件もしかり、百合姫の王族としての自覚と判断は大したものだ。
お茶を終え、ショールを見るため客間へと向かった。百合姫は辺境伯へ礼を述べ、夜会の準備のため別れた。
別れた後、部屋では百合姫と女官らが慌てた様子で、ああでもないこうでもないと話し始めた。
「どうしたのです?」
アレンが女官に尋ねると、女官は困った様子でショールを手に取った。
「今夜の夜会で殿下がお召しになるドレスと色の合うショールはあったのですが、ネックレスが合わなくて…。持ってきたものだと、どれもいまいちなのです」
「やっぱりもう少し光るようなネックレスでないとだめよね。ショールが浮いて悪目立ちしてしまうわ」
女性の服装に疎いアレンではあったが、確かに掛けられたドレスとショールに手持ちのネックレスを合わせるとバランスが悪いように見える。ショールだけが妙に目立つのだ。
その時、ひょっこりとオリヴィアが部屋に入ってきた。
「オリヴィア、どこに行っていたの?」
「近くに牛舎があって、そこに豚がいたので見てました」
また豚か!
アレンはオリヴィアの服を確認したが、今日は汚れていないようなので安心した。
「皆さんでどうしたのです?」
「夜会で辺境伯領のこのショールを身につけることになったのだけれど、持ってきたドレスとネックレスと合わないの。胸元の宝石がもっと派手で目立つようであれば、ショールの強さが抑えられてバランスを取れると思うんだけど…」
オリヴィアは少し引いて全体を眺め、うーんと腕組みし、それから用意されていたネックレスを手に取りまじまじと見た。
「こんなのはどうでしょう。このネックレスに魔法で光を集めて発光させて、ネックレスの周りに水滴を纏わせます。そうしたらキラキラ光るんじゃないかなあと」
「そんなことできるの?」
「私が魔法の発現と定着を行うので、殿下は魔法の保持をお願いできますか。そんなに大変じゃないと思いますよ」
早速試してみようということになり、アレンは部屋を追い出された。
結果的にオリヴィアの案はうまくいったようだ。
夜会に現れた百合姫の胸元はキラキラと輝き、よく見るとそれは揺らめいていて神秘的だ。ショールとの相性も問題なく、夜会の招待客の注目を集めている。
夜会には近郊の有力者が大勢集まっている。アレンは宰相補佐として百合姫の隣に立ち、順繰り行われる挨拶を受けた。百合姫は疲れた様子も見せず、にこやかに平等に対応している。
オリヴィアはどこにいるんだ、と会場を見渡すと、隅の方で料理を片っ端から食べていた。
「オリヴィアなら大丈夫よ。魔法が解けないようにこっそりフォローしてくれてるわ」
百合姫がアレンに耳打ちすると、胸元の煌めきがゆらゆらと揺れた。
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地方公務の全行程が終わり、一行はのんびりと帰路についた。大きな遅延はなく予定通りで、まあ小さなトラブルやハプニングはあったが問題にはならないだろう。
帰りも行きと同じ川のそばで休憩したら、またオリヴィアがアレンに菓子を渡した。百合姫たちは疲れもないのかキャッキャと楽しそうだ。
「とりあえず地方公務が無事に済んで良かった。オリヴィア殿にもいろいろ助けられた。礼を言う」
「私はなにもしてませんよ。楽しかったですね!」
オリヴィアがにこにこ笑うので、アレンも肩の力が抜けて頬を緩めた。