タイムセール
気が付いたら投稿間隔が一月近くになっておりました。
一旦怠けだすと留まることを知らない私の怠惰の為させる技のせいでしょうか。
前に頂いたコメントの返事で年内にはとお約束していたので、この章が書きあがっていませんができた分だけ投稿していきます。
楽しんでいただけたら幸いです。
「艦長」
「ちょっと、違うでしょ。
今の艦長は戦隊司令になったのよ。
失礼よ」
航宙士のラーニが『シュンミン』の操縦をしながら俺に声を掛けて来たが、その呼びかけが違うとカリン先輩から注意を受けていた。
「あ、ああ。
悪いが艦長と呼んでくれ。
俺も慣れないから公の場でないに限り今まで通りで頼むよ。
しかし、いったいどんないじめだよ。
駆逐艦一隻で戦隊司令って」
「しかし司令、艦橋は公の場ではありませんか」
「ここ『シュンミン』では良いんだ。
この艦に別の艦長でも来れば、その意見も分かるが俺が兼務するのだろう」
「確かに。
でも、艦長……でよろしいのですよね」
「ああ、俺の仕事は変わらないのだろう。
それに艦長も兼務だから別に問題は無い。
そもそも今までの艦長職と司令職とで何がどう変わるというのだ」
「はい??
艦長は今までと違い、司令になりましたのでいくつかの権限が付与されます。
その違いは大きいかと」
「権限って何?
俺は何も聞いていないよ」
「え?」
そう驚いたのは先輩のカリン少尉だった。
「士官学校で、初年度に習う内容ですよ。
その職責に関しては、王国では軍でもここでも変わりはありません。
コーストガードも同じはずです」
「そう言えばそんなことを習った記憶があるけど、そもそも艦長にすらなれるとは思っていなかったから試験が終わったらみんな忘れた」
「良いですか…艦長?」
まだ慣れないのかカリン先輩は俺のことを疑問形で呼びかけて来る。
「艦長時代とは違い、戦隊司令になれば独自の判断で出撃及び交戦が認められております。
尤も報告は必要になり、後日その判断による行為の正当性が検証されますが。
まあ、後の検証はほとんど形骸化されておりますから問題になることは無いでしょうが」
「出撃と交戦が俺の自由となるか。
……
あれ、今までとあまり変わらないような」
「いえ、出撃…いや出航は必ず殿下からの命令によって行われておりました。
今回のように」
「ああ、そうだったな。
でも今までだって俺は勝手に海賊相手に交戦していなかったっけ」
「それも、出航の際の命令の範疇かと。
海賊の発見及び取り締まりとありますから」
「それならあまり変わらないかな。
なら今まで通りということで。
これからも俺の判断で出航はしないよ、多分。
だって俺の判断で出撃…違った出航したら後の報告が大変でしょ。
今でも持て余しているのに。
だいたい何なんだよ、本部の連中は。
僅か数ゴールドの差異でも文句を言ってくるのだから。
それで、いちいち俺にその報告書を求めて来るんだぞ。
いい加減勘弁してほしいよ」
「艦長、最近お疲れですからね」
「ああ、それよりも何か報告でもあったのか」
「あ!
通常の業務報告です。
ニホニウム星の管制圏内から離脱してイットリウム星系広域管制圏に入ります」
「ああ、そうか。
商用航路は使わないから、広域管制には行き先とコースだけ伝えれば良いな」
「ハイ、それで十分かと。
一応、軍の艦船状況も確認しておきます」
「ああ、そうしてくれ。
では、これより艦内を通常航行モードに切り替える。
艦橋の指揮は当直に引き継ぐ」
「ハイ、最初の当直を務めます私が指揮を引き継ぎます」
そうカリン先輩が宣言してくる。
「それでは頼む。
俺は部屋で寝ているから何かあれば起こしてくれ。
まあこんなところで何かあるとは思えないが」
俺は出航体制である艦内の勤務シフトを通常航行に変更して艦橋を離れた。
しかし、先の話ではないが、戦隊司令ってどんないじめかよ。
今までの命令による出航でもあれほどの報告を求められるのに、出航計画と目的それに伴う交戦などあればその理由と評価、考えたら頭が痛くなる。
確かに公金を使って仕事をしているからきちんと報告するのは当たり前だと俺も思う。
しかし、その報告書の類が異常だ。
先の航海の報告も先日やっと終えたばかりだった。
ニホニウムに出張に来た時は流石に他の仕事を持ってきてはいなかったが、『シュンミン』が孤児たちをニホニウムに連れてやってきてからは状況が一変して俺の艦長室が首都にある地上オフィスと変わらず、事務仕事の場所に変化した。
しかも本部に提出した報告書に、それこそ数えきれないくらいの付箋が貼られて戻ってきたときには、俺のあの時の決心なんか吹っ飛んで思わずこんな職場なんか辞めてやろうかとすら思ったくらいだ。
なにせ貼られている付箋を全部確認していたら、そのほとんどが俺らと事務所に居る連中の生い立ちの違いからくる相互理解の不足が原因だとくるのだから。
最後に顛末書まで書かされた公金使用の不明については、わずか数ゴールドの違いからのもので、しかもどこにも不正など無いのにもかかわらずだ。
確かに同じ日に同じマーケットから購入した同じ物の値段が違えば疑問に思われるかもしれないが、そうなっていたのだから問題は無い筈だ。
しかも、その差は僅か数ゴールド。
これについて報告を求めて来るのは分かる。
問い合わせすれば済むことなのに報告書を一々求めて来るとは、ここまでくると完全にいじめだ。
確かに俺も初めはその理由が分からなかったからすぐに答えられなかったよ。
購入用途が食事に関することなので厨房長のエーリンさんに問い合わせても直ぐに答えが返ってこず、記録を最初から調べ、購入時の担当者を呼び出し聞き取りまで行った。
理由が分かれば本当に笑いが止まらないくだらない話だが、流石孤児院出身者だと俺は感心もしていた。
要は、先の子供たちを保護したことで足りなくなった食料品を追加で購入した時に厨房も手が離せないくらいに忙しく、代わりに就学隊員の一人がマーケットまで走って買ってきたことからこの件が始まった。
時間も夕方近くになっていたことから彼女はタイムセールまで待って食料品を買ったと嬉しそうに俺に報告してきた。
そう、孤児にとって買い物は重要な仕事の一つだ。
孤児院の経営状況は孤児たちにとって他人事ではない。
こういった買い物も割と頻繁に孤児たちに任されるが、その際にこういった配慮が非常に大切になる。
ここで浮かせた僅か数ゴールドは後日自分たちの学用品の足しになるのだ。
その節約した僅か数ゴールドが鉛筆一本やノート一冊に代わるのだ。
彼女は今まで培った習慣から数分待ってタイムセールを待って食料を買い込んだことから同じ日に買ったものでも値段に差が出ただけの話だ。
それを口頭で説明して終わらせようかとしても、事務側が受け付けない。
そのタイムセールその物の理解が全く無かったのだ。
結局、俺が顛末書でタイムセールがいかなる制度かを説明する羽目になり、やっと報告書を受理してもらったのがおとといの話だった。
この艦では孤児出身などそれこそ当たり前にいるから、こういった日常は常識となっている。
しかし、殿下率いる組織の本部事務所に勤めているのはほぼ全員が良い所の出だ。
自分でマーケットでの買い物などしたことのない連中だろう。
そんな連中にタイムセールを説明したってどこまで分かってくれたか、あれは絶対に分からずに面倒になって報告書を受理したんだよな。
とにかく何でこんな面倒ばかりなんだ。
尤もこんな事務仕事も俺には一番合った仕事なのかもしれないが、それにしたって時間が足りない。
広域刑事警察機構も来年には正式な官庁となることだし、格上げされればそれなりの家柄を持つ人が俺の後任で来るはずだ。
それまでの我慢だ。
後任が来れば、俺は現場で頑張ればいいだろう。
………
………
現場に出れるよな。
ちょっと心配になってきた。
下手をするとマキ姉ちゃんの下で事務仕事なんかやらされないか。
それだけは避けないと俺の目標が……




