ニコイチの内火艇
俺は艦橋に居た就学隊員を連れて一つ下のロビー脇のエアロックエリアに向かった。
当然ではあるがそれぞれ全員にパワースーツに着替えることを命じてここに集合させた。
一方艦橋ではマリアがメーリカ姉さんに聞いていた。
「メーリカ姉さん。
何で艦長を行かせたのですか」
「艦長、だいぶ退屈していましたしね。
今艦長が艦橋にいても役立たないからね」
「ああ、なるほど。
それじゃ私も……」
そう言って艦橋から逃げ出そうとしたマリアを寸前で止め、「あんたには仕事があるだろう」と言って仕事を命じた。
それを見ていた艦橋に居残り組は笑って自分の仕事をしている。
それから5時間掛けてデブリの回収を終えた。
当然だが大した成果は無かった。
遺体すらまともなものは無く、今回は遺体の回収が無かっただけ心情的に良かったとすら思える。
明らかに攻撃の失敗だから、無残な遺体が沢山あったら俺の心が折れそうだった。
俺の率いた就学隊員も含めて全員事故も無く最初の宇宙空間での作業訓練は終わった。
その彼らにも遺体の回収を命じなくて本当に良かった。
いずれ機会はあるだろうが、今その機会を与えると絶対に壊れる者が出るだろう。
いずれにしても今回はまずまずの結果だと言えよう。
「艦長、この後の予定ですが」
「ああ、いったん戻ろう。
この件の報告もしないといけないし、持ち帰ったデブリも一応それなりの人たちに渡して鑑定して貰わないといけないよな」
「ええ、鑑定に出す必要ないよ。
あんながらくたいくら調べても無駄だよ」
「マリア、少なくとも襲ってきた連中の船種くらいは調べないとまずいだろう」
「え、そんなのもうわかったよ。
古い貨物船だよ。
攻撃してきたレーザー砲の威力が大きかったので、大方大型のレーザー砲を改造して取り付けた物でしょう」
「マリアの言う通りなら敵は野良の海賊でしょうね。
少なくとも菱山一家に関係する海賊では無いでしょう」
「メーリカ姉さんがそう言うのならそうなんでしょうね。
まあ、その辺りも含めて一度殿下のいるニホニウムまで戻ろう。
多分直ぐに此処に戻ることになるからこの場所はマークしておいてくれ」
俺らは一度戻ることにして、ニホニウムに帰っていった。
襲撃があってからおよそ1日かけてニホニウムの宇宙港に無事入港した。
入港後すぐにメーリカ姉さんと殿下のクルーザーに向かい殿下と面会した。
メーリカ姉さんから、今回の件を報告した後、殿下と善後策を話し合った。
「そういうことなのね。
本来なら何もない所に海賊船がいたということは、あの辺りに何かあると考えているのですね」
「ハイ、野良の海賊のようでしたが、逆に資金力も装備も劣る野良がいるということは、それ以下の連中があの辺りにウロチョロしていると思われます。
艦長とも話し合いましたが、あの辺りの再調査の許可を願います」
「艦長も同意見という訳ですね」
「ハイ、艦内の士官の総意を取り付けてあります」
「直ぐに向かいたいのですか」
「いえ、今回の件で『シュンミン』に少々無理させてしまいましたので、3日ほど整備をした後に再調査に向かいたいと考えております」
「それは良かった。
再調査は許可します。
今度も機動隊と同行を命じます」
「ハイ、私もそのお願いをしたく思っておりましたから、殿下の判断に感謝します」
「それと、艦長に嬉しい報告があるの」
「うれしい報告ですか」
「艦長でなく機動隊の方に対してかしら。
武装内火艇の準備が整いましたの。
明日引き取りになりますから、お願いしますね」
「もう手配ができましたか。
早速引き取りに伺います」
「あらあら、先方とのお約束は明日ですよ。
でも、本当に良い会社を紹介してくださいましたね。
確かに規模といい出自といい、王族や貴族の方たちからは褒められた会社では無いでしょうが、私にとっては最高の会社です」
「何かありましたか、殿下。
そこまであの会社をほめるのは理由がありますか」
「ええ、こちらの苦しい予算内で、最高の仕事をしてくれる会社なんか私はあそこしか知りません。
今度納品される内火艇も、いわくつきのという物でして、なんでもニコイチがどうとか申しておりましたよ。
それでもフォード船長に見てもらってもこれ以上ない内火艇と太鼓判押してくださりましたの。
しかも、改造込みで2億ゴールドで済みましたから、本当に助かりました」
「そうですか、でも怪しげなものを受け入れても大丈夫ですか」
「大丈夫です。
こちらについてはマキ室長が王国の法律もきちんと調べておりますし、まだ私のすることに国も貴族たちもそこまで関心を持っていないでしょうしね。
それより、艦長には明日引き取りをお願いします」
「了解しました」
「あ、そうでした。
その社長さんから艦長さんに伝言がありまして、こちらに着いたら来社してほしいとのことでした。
なんでも無線機がどうとか」
「ハ、ここを出ましたら直ぐに向かうことにします」
しかし、何をやっているんだあの社長は。
王族に伝言を頼むなんて、下手をすれば不敬罪でこの世とおさらばになるぞ。
しかしぶれない社長だ。
無線機がとか言っていたから例の掘り出し物の件だろう。
なら一度『シュンミン』に戻ってカスミを連れて向かうとしよう。
俺はメーリカ姉さんに艦を頼んで、カスミと前に約束していた通信士のカオリを連れてタクシーでドックに向かった。
公用車も使えそうなのだが、今回の件は業務と私用との境があいまいなことなので、念のための措置だ。
それにカスミだけならまだしも、カオリを連れて電車なんか乗れない。
あいつらが騒ぎ出したら俺には止めようがない。
マリアじゃないから危険性としては少ないが、あの子たちも所詮マリアの仲間だ。
俺は自分の気持ちをこの時ごまかしていた。
正直言うと、ジャイーンならともかくてっちゃんには会いたくなかった。
なぜかしら、ここと工業地帯まで結ぶ鉄道はどうもてっちゃんとの生活圏にかぶさる感じだった。
出会う危険性などほとんど無いというのに、それでも俺は恐れていたようだ。
ジャイーンに会うまでは前に一度出会っているのにもかかわらず、そんなことは考えていなかったのだが、今は酷く臆病になっている。
それに何より今の俺は孤児だった時とは違い、タクシーで移動しても何ら問題ないレベルにまで成上がっている。
あとで精算すらできそうだ。
なんだか非常にせこく感じて来たので、目の前で姦しく騒いでいる二人をタクシーに押し込んでドックに向かった。
ドックに着くと早速社長に出迎えられた。
「おお、あんちゃんか。
あれの引き取りは明日と聞いていたが、うちはいつでも良いぜ。
それよりもカスミ、ちょっとこっちに来いや」
そういうと社長はカスミの手を取り奥に連れて行く。
まだ少女ともいえる年頃のカスミを背は小さいが、がっちりした体格の社長が奥に連れ込む図柄は非常にやばく見える。
「艦長……」
心配そうに俺を見るカオリに俺は声を掛ける。
「カオリ、カスミについて社長を手伝ってやってくれ。
無線機のセキュリティーロックの解除の件だ」
カオリは事前に聞かされていたことを思い出し、嬉しそうに社長の後を追いかけて行った。
やはりお前もか。
危惧していたが、マリアの周りには同類しかいないのか。
そんなことを考えながら一人残された俺にここの専務が声を掛けて来た。
「艦長、どうしますか。
内火艇でも見てみますか?」
そう言われて専務に連れて行かれた場所は、以前解体船が置かれていた場所の隣だった。
野ざらし状態ではあったが、そこには真新しい内火艇が鎮座していた。
「ほう、これは凄い。
新品という訳では無いのでしょう」
俺は、殿下にニコイチという言葉を聞いていた。
ということは目の前の内火艇は少なくともどこから持ってきたか分からないが2艘以上の内火艇を合わせたものだということなのだろう。
「どうです。
殿下には既に報告は入れてありますが、これは中古ですよ。
しかも改造した中古品です」
「改造ですか」
「ええ、あの『シュンミン』ほどではないですが、これも苦労しましたよ」
そう言って専務が目の前の内火艇の来歴を教えてくれた。
なんでも、この星域内の有るコロニーの停泊地で港内タクシーとして使っていた内火艇の一つが老朽化により廃棄されるとの情報を掴んだ社長が早速仕入れてきたものだそうだ。
ここの専務が胸を張って言うには、ここの社長がただ整備しただけのモノを売る筈ないだろうというのだ。
なんでも手に入れた内火艇を総バラシして、結局ばらした内火艇で使ったのは筐体の骨組みと船体ナンバーくらいだという。
まずエンジンだが、これは軍で廃棄された艦載機から持ってきた。
10年前の主力機のエンジンを5つ仕入れてきてこれをばらして完璧なエンジンを二つ作りあげ、それを取り付け、外殻は前に解体していた豪華客船のメインの素材を使って一から作ったものだそうだ。
それに武装で『シュンミン』でも使っているパルサー砲を2門とマリアとの共同開発したひまわり5号を一門付けてある。
これは準備中の艦載機とほぼ同じ武装だ。
唯一違う点を挙げるのなら光子魚雷を積んでいないことくらいで内火艇としては強武装のものに仕上がっている自慢の品だそうだ。
そこまでしてあるのに2億ゴールドという値段は破格だと思うが、その辺りはどう考えているのだろう。
ここの社長は絶対に商売する気が無いな。
その辺りも専務は、ほとんど使った部材についてはただみたいな値段で持ってきたので、きちんと利益は出ていると教えてくれた。
しかもその材料費というのがほとんどがここまで持ってくる輸送費だというのだから、実際に仕入れにかかった値段はただみたいなものだったのだろう。
社長のことだ。
物は選んで仕入れるが、くず鉄扱いで仕入れてきたのかもしれない。
尤も手間賃を考えると果たして利益があったか甚だ疑問は残る。




