悩み色々
俺はそれを聞いてある一つの悩みを抱えた。
俺らは、ここを卒業と同時に部下を抱える身となることになるので心を引き締めよというのだ。
その言葉を聞いて俺は気が付いた。
俺は自殺のような殉職を望んではいたが、その行為に関係のない部下を道連れにしても良いのかということだ。
流石に俺は鬼畜ではない。
関係のない部下を巻き添えにはしたくない。
この矛盾をどう処理していくかを卒業までの3年間で答えを導き出さないといけない。
◇ ◇ ◇
翌日の入学式から本格的にエリート士官を養成する授業が始まった。
ナオは、ここでも大変苦労することになる。
何度も挫折しそうになるが、自身の目標??である戦死を目指すには軍人にならないといけない。
でないと死ねないのだ。
しかし、同時に矛盾も抱えて苦しんでもいた。
ナオの苦労はそれだけでなく、いや、それ以上に苦労したのは、実技面が全く駄目だという評価だ。
彼の成績は、戦略や戦術などにおいてはトップクラスの成績を取っている。
特に補給計画などについては他をダントツに引き離す成績だった。
しかし、実技となると、はっきり言ってクラスのお荷物だ。
辛うじてではあるが、操船やダメージコントロールなどの実技では及第点を取れるが、射撃を始め戦闘に関しては全く駄目だ。
特にパワースーツを着込んでバトルアックスを使う戦闘では、ついに及第点が取れなかった。
しかし学校の方は慌ててはいない。
彼を見捨てた訳でもない。
毎年彼のような学生は出るので、救済措置はあるのだ。
彼ほど極端な例はまれではあるが、それでも下位の成績でエリート士官養成校を無事に3年間で卒業はできた。
これにはマークを始め彼のクラスメイトの協力があってのことだと、特筆しておきたい。
このエリート士官養成校の特色の一つとして、同一学年内ではとにかく協力し合う風潮がある。
まあ、これを養成しているような学校ではあるのだが、それがあって初めて軍を率いることができるという建学の精神でもある。
関係各部署との協調ができない軍人など正直使い物にならない。
エリートとなる者達にはそれを芯から叩き込まれるのだ。
その恩恵を最大限受けていたのがナオであった。
脱落することなく、3年で卒業できたのもそのおかげでもあるが、最大の恩恵とナオが思っているのは、ここの入学以来彼自身が抱えていた矛盾を解決するヒントを彼らから貰えたことだ。
きっかけは最終学年の3年生当時に、たまたま王国内、特に首都星域内で流行っていたファンタジーオペラで、主人公の決め台詞と云うか、毎回のようにピンチを迎え、主人公が周りをかばいながら「俺のことは置いていけ。」というのがあった。
絶体絶命のピンチで周りを庇いながら超人的な展開で毎回そのピンチを抜け出すというストーリー展開であったのだが、マークを始め彼の周りでも流行っていたようで、その会話をあちこちでしていた。
それをある時ナオが偶然聞き、その場で神の啓示を受けた。
これだ。
これなのだ。
部下を守って殉職する。
これしかない。
ナオはそれから、今まで抱えていた悩みが嘘のように無くなり、より前向きに授業に臨んだ。
それと同じように、いやそれ以上に、殉職の場面を思い浮かべながら、決めセリフを考えていたのだ。
遅まきながらこの時にナオは『中二病』を発症したのだ。
それからのナオは何かを吹っ切ったかのようになお一層勉学に励むと同時に暇を見つけては決めセリフを考えるような生活を送った。
そんな彼も、無事にエリート士官養成校を卒業し、士官として任官を迎える。
学校としては、彼のような学生には慣れているとはいえ、ほっとしたことだろう。
なにせ彼はあまりに極端な成績だったのだから。
その極端な成績でも卒業は卒業だ。
そうなると次に頭を抱える部署が出てくる。
彼の成績からは、明らかに知的軍人にその適性があり、できれば参謀になるべくキャリアを重ねられれば良かったのだが、ここで立ちはだかるのが彼の出自だ。
孤児である彼が軍の中でもエリート中のエリートと呼ばれる参謀コースに進める訳が無い。
このコースは、貴族の子弟か、軍の高官、少なくとも提督クラス以上の子弟しか進んだ事が無い。
ここで、たとえ能力があろうとも、いや、能力があればこそ余計に進ませるわけには行かない。
ナオが仮にこのコースに乗れば、今までこのコースに進んでいた貴族たちだけでなく、今まで進めなかった準貴族や有力ビジネスマンの家系から一斉に文句も出る。
まあ、誰もが問題しか孕んでいないこんな人事をやりたがらないし、何よりナオ自身も嫌がるだろう。
なにせナオの目的が最前線での殉職なのだからだ。
そうなると彼の行き先が無い。
最前線の現地指揮官からは一斉にNOの返事をもらった。
いくら参謀の適性があるとはいえ、いや適性があるがゆえに、しかも、兵士としての適性が全く無ければどこの指揮官とて彼を引き取らないだろう。
かといって、他に候補も無い。
どこにも配属させないという選択肢もない。
ここは国の誰もが注目する国内軍事エリートを養成する学校だ。
卒業できずにドロップアウトするならばいかようにもごまかしはできるが、きちんと卒業した人間ではその手は使えない。
軍上層部まで巻き込んでの人事となった彼の配属先は、結局組織の事なかれ主義と、力関係から、首都星域警備隊、国民からはコーストガードの愛称で呼ばれている組織に決まった。
ここはその名の通り、首都星域の治安を守る警察のような実力組織で、その活動範囲は首都星域の宇宙空間に限られる。
実はこの組織は、設立当初は国の英雄だったブルース提督が初代を務めたように、王国を取り巻く環境が厳しさを増す中で、軍隊の負担を少しでも軽くする目的で設立された。
そのような経緯からも分かるようにコーストガードの上層部は全員が軍のOBだ。
OBと言えば聞こえはいいが、今では軍の使えない人間を送る窓際部署となっている。
コーストガードの使用している装備は全て軍からのおさがりで、軍にとっても組織に合わない人間の配属場所として非常に都合が良かった。
なにせ仕事は、首都星域の警備だ。
いくら宇宙全体が物騒だとは言え、最も安全だと思われる最奥に位置する首都星域なので、上層部が多少無能でも務まる。
そのような事情から、このコーストガード上層部の士気は非常に低く、能力の面でもお世辞にも良いとは言えない連中が集まっている。
このコーストガードの主な仕事は海賊行為の取り締まりと、後はせいぜい密輸の監視くらいだ。
上層部が無能でも辛うじて破綻せずにこの組織が生き残っているのはひとえに現場の士気の高さとその能力によるものだ。
何故、現場と上層部とで、これほど乖離があるかと云うと、実はこのコーストガードは一般庶民からの就職先としてかなり人気がある。
その職場が首都星域に限られ、実力組織としては比較的安全で、それでいて王国の公務員の中ではそこそこの給与が貰える。
出世の方は上層部が軍のOBに限られてしまうために少佐階級がその限界とされているが、ほとんどの人はそこまで到達はできないので、あまり気にされていない。
そんな現場で支えられる組織にナオが宇宙軍からの出向者として配属されることになった。
現場からの反対が無かったかと云うと、現場は軍の情報は貰えないからナオの実態を知らされていないし、何よりここは軍の掃きだめ、人事には口が出せない仕組みとなっているので都合が良かった。
ちなみに、子会社に出向されるサラリーマンと同様に出向者は階級が一つ上げられての出向となる。
本来エリート士官養成校卒業時には宇宙軍の准尉として任官され、1~2年現場で実習を重ねて少尉として昇進後それぞれのコースに沿ってキャリアを重ねていくことになるのだが、ナオの場合、コーストガードに出向と同時に過去の慣例に従って一階級昇進して少尉として任官された。
この少尉という階級は十分に現場で指揮官として働かなければならない階級で、これは軍に限らずコーストガードでも同様にその能力が要求される。
初めてナオの個人データを渡されたコーストガードの人事担当部署は、その極端な成績に、ここでも問題にされ、紆余曲折の末に、第三巡回戦隊所属航宙フリゲート艦『アッケシ』の第2臨検小隊の小隊長に任命され、学校を卒業後すぐに30名もの部下を持つ身となった。
ちなみに、この臨検小隊とは、コーストガードが発見した不審船に対して、武装内火艇で乗り込み臨検をする部隊で、いわばコーストガードの切り込み隊と云う部署である。
はっきり言ってナオの適性からは全く真逆な人事だ。
なぜ、いくら掃きだめと言われる組織とはいえ、こんな無理が通ったかと云うと、ここが掃きだめのコーストガードの中にあるコーストガードのための掃きだめ部署だからだ。
早い話がコーストガードの要らない子を集めた部署だ。