第二艦隊旗艦『キリン』
俺が秘書官の二人も連れて『シュンミン』に向かうと、『シュンミン』の艦橋では殿下たちを乗せた艦隊が映像で捉えられていた。
「ほ~、『ホウオウ』で来たのか。
これはまた贅沢なって、言っても……そうだよな。
王族を最前線に運ぶのだから当たり前と言えば当たり前か」
「司令、あれ『ホウオウ』ではありませんよ。
艦橋横の出っ張りが右にあるでしょ。
『ホウオウ』なら、あの出っ張り左にないといけないんです。
それ以外にも違いはありますが、あまり細かなことを言っても普通は分かりませんよね」
「あの出っ張りだっけか、それも普通は分からないよ。
少なくとも俺は士官学校で習わなかったしな」
「そうなんですか、ですが初めて実物を見ましたが、本当に大きいですよねあの『キリン』は」
「初めて見たといっても、同型艦の『ホウオウ』なら散々見慣れているだろうに」
「同型艦と言っても、船が違えば違うのですよ」
軍艦フェチのカスミはやや興奮気味で俺の間違いを指摘してきた。
だが、第一艦隊旗艦の『ホウオウ』ならばわかるが、なんで第二艦隊旗艦の『キリン』がここまで来たんだ。
確かこの戦役は第一艦隊が主導すると聞いていたはずなのだが、本当にあれに王女殿下は乗って来たのかな。
別件で第二艦隊のお出ましだったとかして。
俺の記憶が間違いで無ければ、この辺りと言うかフェノール王国相手の管轄は第二艦隊が受け持っていたはずだったのだが、先の反乱未遂に続き、海賊との癒着などからのごたごた続きで、大幅な人事の刷新が図られている最中だとか。
その影響もあってこの戦役から外されたと聞いていたけど、何やら面倒な気がしてきたな。
「司令、間もなく『キリン』が到着します」
カスミが俺に報告してくる。
「出迎えない訳にもいかないな。
どうする艦長は」
「私は、『シュンミン』がありますから、ここに待機します」
「まあ、そうだな。
一応最前線基地だし、臨戦とまではいかなくとも、それなりの体制は維持しないとまずいか。
わかった、殿下には俺からそのように伝えておくから」
「そもそも、殿下がいらしたのも司令が原因だとお聞きしてますが」
「ウ! それを言われると辛いな。
違うかもしれないだろう。
まあ、俺は行くよ」
宇宙空間に浮かぶ小惑星が二つそのまま基地化されているため、ここまで来た艦隊は着陸することなく、係留エリアに指定された場所から内火艇などの小型艦船で基地まで降りることになる。
さすがに基地内は人工重力装置を使い重力を発生させているが、小惑星自体はそもそも質量が小さすぎるためほとんど重力がない。
なので、基地内にある格納庫まで小型艇で乗り込む必要が発生している。
我ら『シュンミン』を含む航宙駆逐艦程度ならばそのまま基地に隣接する場所に着陸させてチューブでつなぐため面倒な内火艇での移動をせずに済むが、流石に超弩級戦艦の『キリン』ではそうもいかず、内火艇で我らがいる氷惑星の方に殿下はやってきた。
格納庫の扉が閉まり、格納庫内の環境が整うと内火艇のハッチが開く。
いつものごとく、中から王宮警護隊が飛び出してくるかと思いきや、軍特殊部隊の面々が一個小隊飛び出してきたのち、王宮警護隊が出てきて格納庫内の警戒をした後、やっと殿下率いる保安室員と一緒に殿下が下りてきた。
流石第二艦隊旗艦で来ただけあって、王女殿下の護衛を軍に頼んだのだろう……いや、違うか。
無理やり軍が護衛として王女殿下に同行させたというのが正解だろう。
王女殿下を最前線に運ぶための条件だとか言ってだろうな。
そうでないと、陛下が戦闘があった傍の宙域に王女殿下を行かせるはずもない。
王都で大立ち回りでもしたかな。
「お待ちしておりました、殿下」
「本部長……それに司令、出迎えご苦労様です。
しかし司令、私の出迎え程度では簡単に許しませんよ。
私はあなたに怒っておりますから。ですが、この場ではこれ以上は申しません。
すぐに、会合を開きますので、司令の参加を命じます」
殿下は俺に対してお怒りのご様子だ。
多分、俺の出した進退伺が原因のようだが、それでもなぜとは思う。
別に、公僕として間違ったことをしていない。
いや、人としてあれしかできないことをした後始末をしただけなのだが、俺に対するお怒りを隠すことなく俺と一緒で出迎えに来ているマキ姉ちゃんと一緒に奥に入っていった。
殿下の護衛として殿下と一緒に内火艇で来た宇宙軍特殊部隊の面々からはやたらと白い目で見られる始末。
王宮警護隊の方は、何度かご一緒した方も多くいるのか、軍ほどではないが、それでも俺とは距離を取る感じがする。
今回はかなりご立腹のようだ。
あそこまで怒っている王女殿下を見たのは初めてだ。
ひょっとして王都で何かあったのかな。
俺の進退伺だけであそこまで怒るとかありえないだろう。
俺は殿下やマキ姉ちゃんの後に続き、奥の会議室に向かった。
会議室に入るとすぐに殿下の叱責?から始まる。
「司令、私が無理してまでここに来た訳をご存じですか」
そこまで怒ることなのか。
確かに俺はしでかしはしたようだけど、人の命がかかわる案件だったし、それでも職権乱用の疑いもある案件でもあるから、きちんと処理したつもりなのに……
「私の進退伺の件ですか」
「ええ、それもあるでしょう。
がしかし、それ以上にこの基地はなっていません」
へ?この基地、何のことだ。
「ドードン閣下は確かに頑張っておられます。
孤軍奮闘と言っても良いでしょう。
ですが、ここまで危ない状況ならば陛下に直接訴えればどうにかなりましたのに」
そこから、殿下の愚痴ともつかない説明が入る。
「司令も司令ですよ。
この基地から出られない、マキ本部長は仕方がないとしても、この基地を取り巻く情勢の危険性を司令は認識できたのでは。
ここまで危険な状況であることならば、私に報告の義務があるのでは」
「いえ、私にもわかりませんでした。
ドードン閣下からの緊急な要請を受け、初めて状況を知ったばかりでしたので」
「怪我の功名と言えなくもありませんが、さすがに一個戦隊が壊滅しては陛下にもすぐに情報が伝わります。
私は、それでこの基地が危ないと知りました」
確かに一個戦隊を使えなくした以上、報告は陛下まで届くが、その際この基地の置かれている状況までもがきちんと伝わった。
これはある意味奇跡だともいえるが、皇太子殿下の閥の不手際だともいえる。




