死ぬ間際の回想
それは、この時からさかのぼること3年前だ。
場所はナオが育った、惑星ニホニウムのとある場所だ。
今ナオのほかに一人の女性がいて、ナオに話しかけている。
「ナオ君。
大学を落ちたナオ君には、未来が無いようね。
勉強以外にとりえのないナオ君にはこの先大変だと思うの。
だけど、私は幸せになりたいの。
ナオ君はナオ君で別の人生を歩いてね。
ナオ君とはここでお別れね」
この酷いセリフを俺にぶつけてくるのは、同じ孤児院で一緒に育ったテツリーヌ・ブルースだ。
彼女とは同じブルース孤児院で物心を持つ前から一緒に育った仲だ。
他にも同じように育った孤児は多くいたが、中でも彼女は俺の唯一の親しい友人でもあり、恋人だと俺は思っていたのだ。
俺は、大人しい性格のためか、本ばかりを読んで過ごす幼少期を過ごした。
そのためなのかわからないが親しい友人と呼べる存在はほとんどできなかった。
その中で唯一と言える存在がてっちゃんことテツリーヌだった。
彼女だけは常に俺の傍にいて励ましてくれた存在だ。
学校に上がるようになると、今度は俺の性格が良い面で発揮したのか、コツコツと勉強をするのが苦ではなく、そのためにかなり優秀な成績を収めて卒業を迎えることができた。
この国では、生まれの差でほとんどの人生が決まる。
俺たち孤児の人生なんて、ここを出たらほぼ決まったようなものだ。
しかしこの国は、他の多くの国よりは若干ではあるが恵まれているともいえるものがある。
キングダムドリームと言えばよいのだろうか、『王国の夢』と呼ばれるチャンスのことだ。
俺たち孤児でも立身出世できる方法がある。
主に3つのルートである。
一つ目のルートは、ビジネス界に出ていくルートだ。
これには、私学の最高峰であるケイリン大学経営ビジネス学部にある、特別特待生コースに入学し、卒業することである。
このコースは、特待生として入学するので私学であるにもかかわらず、学費と寮費の全額免除が約束されている。
また、この国の財閥の子弟なども多数通っているので、在学中から彼らとのコネクションも得られる。
そのために、孤児であっても鍛えられた能力の他に有力なコネクションを多数持つことができるので、卒業後は財閥に限らず、国中の有名企業から幹部候補生としてお声がかかる。
ここを卒業さえできれば、それだけで十分に恵まれた人生を歩むことになる。
俺たち孤児にとっては、これ以上にない成り上がりのルートだともいえる。
当然俺もここを目指したのだ。
失敗はしたけど。
二つ目は、どこの国でもよく聞く話だが、軍人としての出世を目指すルートだ。
この国では先に挙げたビジネスマンよりも国内でのステータスとしては高く、とても人気があるコースだ。
しかし、これも簡単に誰でもが成れるという話ではなく、首都にある軍のエリート士官養成校に入学してからの話だ。
一般的な志願兵とでは雲泥の差が出るのは当然で、王国内各地にある普通の士官学校の卒業生とも卒業後の扱いが異なるので、軍で成りあがることを目指すにはほぼ必須ともいえるコースだ。
しかし、このエリート士官養成校は、国民的なステータスも高いとあって、非常に狭き門となり、そう簡単には入学できない。
先に挙げたビジネスマンのコースよりも非常に狭き門ともいえる成り上がりのコースだ。
そして最後のコースが、国の官僚としての登竜門となる王立第一大学のキャリア官僚養成コースに入学することから始まる。
このコースを卒業してから順調に職歴を重ね功績を遺すことができれば、たとえ孤児だとしても宰相に成り上がるのも夢ではない。
現に一人だけとはいえ過去に戦災孤児が、このコースで宰相となった者も出たのだ。
当然ここは、この国一番の狭き門となる。
俺は学校を卒業する直前に、なんとこの王立第一大学のキャリア官僚養成コースに特待生としての推薦を貰うことができていた。
普通なら俺のような孤児には過ぎた話として飛びつくのだろうが、このコースにはきちんと落とし穴があるのだ。
貴族階級やそれなりの家の子弟ならば、文句なしにこのコースを選ぶだろうが、俺のような孤児では、よほどの覚悟が無ければ選べない事情がある。
卒業後に、純然たる格差があるのだ。
公には卒業後に与えられる地位には差は無いことになっている。
俺のようにどこにも後ろ盾のない者でも卒業した後は、1~2年の見習い期間を過ぎた後に、それなりの責任ある地位で配属されていくのだが、問題はその配属先だ。
出自の高い順番に首都から近い場所に配属される。
当然俺のような孤児たちは辺境の星に配属される。
平時ならそれでも孤児には恵まれた環境と喜べるのだが、こと戦時ではそうもいかない。
常に争いが絶えないこの時代では、首都付近ならいざ知らず、辺境ともなればその危険はいかほどか。
そんな地に高級官僚として赴任すれば、一番に危ない立場になる。
どこでもありそうな話だが、その地のNo.1やNo.2などは適当な理由をつけさっさと危険から逃げることができるが、孤児など有力な後ろ盾のないまま赴任した者は、その地でのNo.3以降の立場で、危険が発生した場合に逃げることが許されずに現地の最高責任者としてその地に留まる事を強制される。
その後は、敵に占領された場合などは捕虜として、長い場合には数十年敵国に拘束される。
この時、もしこの地に捕まった官僚の家族がいるようなら、占領された地元住人の不満は何もできずに捕まった官僚の家族に向く場合が多く、暴徒化した住民に惨殺されるケースが後を絶たない。
この危険性については赴任する官僚も分かっているので、大抵の場合は家族を首都に近いところに置いての単身赴任が最も一般的だ。
これでも十分に悲惨な運命と言えるが、他国との紛争の場合は、まだ官僚本人の命が取られることが少ないので、ある意味救われるかもしれない。
しかし、こればかりが辺境にあるリスクではない。
最も高いリスクとなるのが、宇宙海賊とのケースだ。
海賊相手の場合には、俺たち孤児出身の官僚は、現地政府を代表させられ、見せしめのために最も悲惨な方法で殺される。
辺境の官僚は、敵国による被害よりもこの海賊により惨殺される場合の方が多い。
なぜなら辺境ともなれば、首都星域のように治安が守られてはいない。
星域全体の治安は軍が守ることになるが、広い星域を僅かな軍だけでは守りきることができない。
首都星域には第一艦隊が駐留しており、かつ、首都星域だけを守るための組織があるので、惑星上に居る限りにおいては安全と言える。
宇宙ではさすがに海賊を全滅させることまではできないが、首都星域内では流石に惑星まで攻め込まれることは絶対にない。
しかし、辺境ではそうもいかない。
それこそ、そこら中に海賊が跋扈しているのだ。
ある意味、他国との脅威よりもこの海賊の脅威の方が非常に大きいとも言われる所以だ。
そう、このコースで俺らを待つのは、海賊による惨殺被害という過酷な運命の可能性が非常に大きい。
ある統計調査によると、5年後の生存率では、最前線の志願兵士よりも、孤児出身の官僚の方が低いとさえある。
これはこの国に住んでいる者達のほぼ共通した認識で、ナオの場合も、孤児院関係者も学校関係者も王立大学への進学を断ったナオの判断に反対もせずに尊重してくれた。
ナオも、自身の未来を考える上で、先に挙げた3つのコースのうちで、てっちゃんとの結婚も考え、ビジネスコースを躊躇なく選んだ。
だいたい先の3つのコースに挙げられたうちで最も立ちはだかるハードルが低いコースでもある。
ナオにとっては既に最高峰のコースに推薦を貰えるレベルからして2ランク落としての挑戦となる訳で、ナオを知る関係者はこの時までは誰もが入試に落ちることなど考えても居なかった。
当然彼の頭の中では有名なケイリン大学の入学はもちろん、ビジネスコースを卒業して、国内の有名な企業に入り、ゆくゆくはてっちゃんと結婚して幸せな家庭を持ちたいとまで考えていたのだ。
そのために一生懸命に頑張ってきたのだ。
それが何らかの間違えで大学に落ちたからと言って、てっちゃんのその言い分はあんまりだ。
しかし、てっちゃんの言葉はまだまだ続く。
「私は幸せになりたいの。
孤児である私たちにとっては、それって非常に大変なことはナオ君にも分かるわよね。
私たち孤児は、どんなに小さなチャンスだって逃してはいけないのよ。
でもね、私はこの間大きなチャンスを頂いたの。
ジャイーンさんにね。
ジャイーンさんが私の事を幸せにしてくれるって。
私の事を愛人にしてくれるって言ってくれたのよ。
ゆくゆくはジャイーンさんに任される商売で、一部署も任せてくれるって約束してくれたの。
だから私は昨日ジャイーンさんの愛人になることを決めたのよ」
え?
昨日??
俺ですら大学の合否も判っていないのに昨日に決めたって……それって酷い裏切りじゃないの。
さらにてっちゃんは追い打ちをかけるように言ってくる。
俺のライフ値はこの時には既に限りなく0に近いのに、とどめを刺すかのようにだ。
「もし、ナオ君があの有名なケイリン大学にうかっていればね~。
私も少しは躊躇したのに、大学に落ちたナオ君には、正直この先難しいと思うのよね。
私はナオ君の事が嫌いじゃなかったのよ。
でも将来の事を考えるとね。
だからこれでお別れなの」
女って生き物はこんなにも残酷なものなのか。
俺の頭の中は今まさにパニックになっている。
悔しいやら、腹立たしいやら、情けないやら、何だかよくわからない感情が頭の中を縦横無尽に動き回り、自分でもよくわからない状態だ。