部下に殺される??
現状は彼が待ち望んだ最高のシチュエーションだ。
今まさに、彼が拗らせた思いの集大成ともいえる瞬間だ。
しかし事態は更に彼の望んだものとは全く違う展開に進んで行く。
彼の命令を部下たちは全く気にしていない。
そう彼の命令をあっさりと無視したのだ。
その上で、彼の副官に当たるメーリカ准尉が一言。
「そんな訳行くかよ」
え?
俺って、少尉だよ。
彼女の上官だ。
何、その一言。
いくら俺がヘタレとは言え、組織人としてどうなの。
そんなの有り??
ナオが彼女に言い返そうとしていたら、メーリカ准尉はすぐに別の命令を発していた。
「マリア、出番だよ」
「はい、メーリカ姉さん」
呼ばれたのはマリアさん。
彼女はメーリカ准尉の部下に当たる分隊を率いる軍曹だ。
しかし、どこからどう見ても、彼女も彼女の率いる分隊員全員も、およそ荒事に向きそうにない女性たちばかり、しかも人数も海賊より格段に少なく15人ばかりだ。
ナオの最高の瞬間が、部下を守って殉職するといった夢のかかった瞬間が、どこかに行ってしまう。
現実は彼の理想通りにはいかないようだ。
しかも最悪の方向に進んで行く。
ナオには彼女たちが戦いにもならずに海賊たちに簡単にあしらわれて、その後は女性ならではの被害、そう海賊たちに凌辱されて殺されていく未来しか見えない。
「そ、そんな事許すか」
辛うじてメーリカ准尉の命令を取り消そうとしたら後ろから後頭部に強い衝撃があった。
『ゴン!』
え??
「隊長、邪魔」
メーリカの副官を務めるケイト曹長が俺の事を後ろからどつき、首根っこを掴まえてマリアたちの後ろまで下げてきた。
え?え?
俺って隊長だよね、学校を卒業したばかりとは言え、士官だよ、君たちの隊長。
それなのに、この扱いって何?
酷くない。
しかもだよ、『邪魔』ってなんだよ。
仮にも隊長に向かって邪魔とは。
ナオは思いっきり抗議したかったようだが、首根っこを掴まれ、しかも引きずられているので声も出せない。
ナオの心配をよそに、海賊たちはこの後の乱暴を楽しみにしているのか舌なめずりをしているようにいやらしい笑いを浮かべている。
マリアたちはナオの前に立ちはだかり手にしている物を海賊たちに向けた。
「やってしまいな、マリア」
「はい、メーリカ姉さん。
みんないいかな。
それじゃ構えて、撃て~~~」
マリアのかわいらしい声と同時に手にしたものが全員一斉に火を噴く。
轟音……真空なので音は聞こえないが、轟音を発したように見え、それと同時に目の前までに迫ってきている海賊たちが倒れていく。
マリアたちは次々に手にしたものから火を噴かせ、海賊たちを倒していく。
今戦っているのはマリアたちの分隊15名だけだ。
残りもう一つの分隊はただそれを見ているだけ、いや、マリアたちを応援している。
次々に倒されていく海賊を見て、応援のボルテージが上がっていく。
その場で飛び跳ねたり、大声を出して手を叩いたりと、興奮していく。
海賊たちは半数が倒された時になって、やっと自らの不利を認めたのか逃げだしていくが、それでもマリアたちは容赦なく海賊たちを後ろからどんどん倒していく。
最後の海賊を倒すともうメーリカ率いる分隊たちの興奮は最高潮だ。
唯一この流れに乗れていないケイトを除いてだが。
そのケイトだが、俺が前に出てマリアたちの邪魔をしないようにずっと俺の首根っこを押さえているので、飛び跳ねたり、手を叩いたりできないでいた。
それでも、どんどん倒されていく海賊たちを見て興奮しているようだ。
とうとう我慢できずに最後には俺の首を掴んでいる手に無意識に力が入る。
え?
ちょっと待て!
パワースーツを着込んで首を押さえている手に力を入れるって、ちょっとまずいよ。
え?
よせ、それ以上俺を握っている手に力を入れると、あ、やばい。
く、く、苦しい。
し、死ぬって、止めて、やばい、これ以上はダメ!
やめて~~
ほら、落ちるって、落ちるから止めて。
俺がいくら心の中で叫ぼうがケイトは全く気付いていない。
ほら~、落ちた。
確かに俺は殉職を望んではいたが、まさか部下に殺されるとは。
これって殉職になるのかな。
ていうか、こんなのってあんまりだよね。
そこまで部下に嫌われていたとは思いたくはないが、まさかね~。
しかし、人が死ぬ瞬間に過去の人生が走馬灯のように思い出されるって話は本当だったようだ。
でもね~、よりにもよってこの瞬間を思い出すとはね。
確かに俺の人生で良かったことなどほとんどなかったが、よりにもよってこの場面とはあんまりだ。
思い出されているのが、俺が死にたくなった時とは、つくづく俺の人生には幸せが無いな。
ナオは落ちていく寸前まで、自身の運の無さを嘆いていた。