DNAキック
ある説によると、生物の遺伝子は
「!…………」
死が迫ると、自分の遺伝子。その生をこの世に残そうとする……らしい。
そんな小難しい運命的なもん。耳に聞いた程度のある男子高校生、舟虎太郎。
朝起きて、気付く。
もう8時じゃねぇか!遅刻確定!
朝飯用意しとけよ、母!!
宿題なんかやってねぇっ!!
夜バイトは休みだぁぁっ!!
……そんな、今日の一日の予定じゃない。
寝癖のついた髪をオールバックのように整えながら、這い寄る死神に足を掴まれているような寒気がして、足元を見る……。しかし、当然ながら死神の手は見えないもの。
だが、男の勘が言っている。
「……今日、俺は死ぬ……気がする」
死を感じながら、自分の何かを残したい気持ち。心臓の高鳴りが妙に高い。
青春の終わりは発令されるものではなく、気付いたら終わっているもの。
命をとられるんじゃない。
青春が終わるんだ。そーいう運命みたいな日を、予感した。
◇ ◇
キンコンカンコーン
学校のチャイムが終わり、これからは部活動やら帰宅、バイトが始まる。
そして、
「話しって何よ。舟」
「……ああ」
友達。……男ではなく、女の友達。御子柴と一緒に帰る舟。互いに自転車を乗らず、押して歩きながら……。
「御子柴。今日、暇か?」
「暇って言い方やめてくれない。バイトないけど」
仲は良い。軽口、冗談、……。
気の合う異性ではある。俺だけかもしれないが
「付き合え」
「良い度胸ね。何を奢ってくれるの」
「そーいう付き合いじゃなくてだ……」
「は?」
「鈍いな。感じろよ」
「……………」
その時の御子柴の表情は、通常の小悪魔的な顔から……ドッキリを喰らったみたいな小間使いの表情になって。
何を感じろって?顔で、一緒に歩くのを止め。
「えええぇぇっ!?」
「……お前、可愛い声出すな」
「うっさいわ!」
お前、下校中の流れで告白する奴がいるかっっ。
周りに聴こえてないだろうなって。想いつつも、舟の少し後ろについていくように。
「まーいいわよ。そーいう友達も、…じゃあ、鰻!」
「鰻?」
「飯は奢れ」
「今日一日な」
友達的な存在と思っていたが、まさか向こうから来るとは思わず。やや御子柴が押されるような感じに、自分自身も戸惑う。Sは打たれ弱いというか、想定外に弱いというか。
鰻ならなんでもいいかと思い、チェーン店の鰻重でも奢ろうとする舟。唐突もいいところだから、構わないと思っていた。飯食うことは友達と一緒にやっているから、慣れも出てくる。
カウンター席で並びながら、本当に
パクッパクッ
「しかし、唐突ねぇ」
友達同士なら、友達の事とか話すけど。恋人的なことをその場で言うノリにはならず……
「なんでいきなり言うわけ?付き合ってって……まさか、恋愛運がサイコーだったとかじゃないわよね?乙女かよって!」
男のキッカケなんざ、分かってたまるかって表情。いつもの余裕のある顔をする御子柴に
「……いやな。その……驚くな」
「驚かないわよ」
「おそらく、今日。俺は死ぬんだ!」
「……は?」
言葉で伝えるのは難しい。だが、運命は事前にその末路を言っている。
「だから、悔いのないよう。女と仲良くイチャイチャしろって!!遺伝子が今日、俺に言ってるんだよ!御子柴ならその、すぐにこーいう付き合いができると思ってだ!」
「…………」
少しは真剣に聞いてやる理由が、誰も知りもしない遺伝子からのお告げ。
今日死ぬと分かっているから、青春をしたい。そんな気持ち。
ドゴオオォォッ
「ぐほぉっ」
御子柴は舟の顎に右の掌を叩きこみ、座っていた舟を立ち上がらせる。混乱し、棒立ちとなった舟。股下から上がるように、御子柴が
ガキーーーンッ
睾丸を蹴る。中が弾けるその衝撃は、舟をあっという間に這い蹲らせ、最後には悶絶のままに倒す。言葉も出ないほど、……。
その姿、まさに死体。そこに蹴りというか、踏み付けをしつつ。自分の想い上がりが表情に現れながら、
「……大丈夫。今日は死なないから、……また今度、ちゃんとした理由で誘いなさいね……」
店内も騒然。だが、
「あ、鰻重は食べて帰るんで!騒いでごめんなさーい!」
食い意地を張る御子柴。ついでに舟は悶絶こそすれど、死なないで今日を生き延びた。
いや、たぶんこれが。遺伝子が告げていた、死なんだろう。