Tシャツの擬人化 服山さん
「おう、よく来たな。まあ座れや」
中に入るなり誰かに話し掛けられた。
部屋の中はというと、左手に書類が散乱する事務机と一人掛けチェアーがあり、チェアーにはTシャツが掛けられていた。右手の壁には本棚が並んでいる。そして部屋の中央には2本の丸太の柱で支えられた、大きな木製のコルクボードが置かれおり、顔写真付きの紙が何枚かピンで貼り付けられていた。
しかしおかしいことに人影はない。
「あの、すみません。道に迷ったみたいで。すぐ帰りますんで、出口だけ教えてもらえたら」
俺は姿の見えない部屋の住人を探すため、辺りを見渡しながら訪ねたが一向に見つかりはしない。
「おっと。貴重な戦力候補だ。そりゃねえぜ。まあちっと話だけでも聞いてけや」
「戦力? あの、あなた誰ですか? いい加減姿くらい見せてもいいんじゃないですか?」
ずっと高みの見物を決めて、様子を窺っているのに段々腹が立ってきた。口調は荒くなった。
「見せてるじゃねえか。ずっとよ。これから幻夢生物を相手にしようってんだ。常識に囚われちゃいけねえぜ」
部屋のひとつのオブジェクトが急に動き出した。
それはチェアーに掛けられた1枚のTシャツだった。
急にそのTシャツの右袖から、幼稚園児くらい小さい右手がぴょこんと飛び出した。
次は下から人形みたいに短い2本の足が伸びる。
最後頭口からは首が、……ん? ではなく右手が出てきた。
その変わり、胸部中央にプリントアウトされた子供のラクガキみたいな顔面、その目が、口が動いていた。
それは紛れもなく化け物だった。
「わぁー。なんなんだあんた! 何者だ?」
化け物を前に俺は驚きを隠せなかった。
なんでTシャツが生きているのか。
俺の目の前でありえない事が起きていた。
「お前、何者って。幻夢生物対策本部の服山だっつうの。お前バイトの面接受けにきたんだろ? いいから早く座れよ」
服山と名乗るそのTシャツは(驚いてんじゃねえ、処理面倒だろ)とでも言いたげな表情をしていた。無論、プリントアウトされたTシャツの模様がである。
「は、はい。し、失礼します」
とりあえず敵意はないみたいだし、左右のイタズラなわけでもないらしい。このバイトの面接会場に行く正規ルートがこれだったのかもしれない。
俺は服山と机1枚隔てて置かれたパイプ椅子に、恐る恐る座った。
「じゃあ面接はじめっからよ。簡単に自己紹介でもしてくれ」
「あーはい。えっと、裃拍、19歳です。近くの専門学校に通っていて、趣味はゲームとアニメ鑑賞です」
「……はいはい。じゃあ、特技とかあるか?」
「んー。特技? 強いていうならゲームかな? 格闘、アクション系が特に得意……ですかね?」
「ゲームねえ。これはどう出るか? じゃあ最後に……」
どう出る? 何を見てるのか、何を試されているのか。そのラクガキの顔面からは察することはできなかった。しかも、これで質問最後とか、これだけで何が分かるというのだろうか。
「お前、スキル施術体になる覚悟はあるか?」
「スキル施術体?」
「お前にしてもらう仕事は幻夢生物の討伐だ」
「幻夢生物?」
「この世界と平衡して存在するパラレルワールド『幻夢世界』。この世界と隔てられていた壁の一部が崩壊して、こっちの世界にも幻夢生物がなだれ込んできている。それをスキル施術体となって討伐して欲しい」
「なだれ込んできてるって。幻夢生物とか、そんなの見たこともないし、ニュースでもそんなの流れたことないですよ」
「そりゃそうだ。一版人には目視できない。自然災害や原因不明の事故として片づけられるのが普通だ。だが、スキル施術体となれば認識できるようになる」
怪しい。怪し過ぎる。しかし、それが嘘じゃないと裏付けされるのが、この服山というあり得ない生物の姿だ。あり得ないがあり得るのかもしれない。
「お前にスキル施術体になる覚悟がある場合、これを口に含んでもらう」
服山が右手で指差したもの、それは机の上に置かれた錠剤だった。
「小型ナノマシンだ。もたらす効果は、単純な身体強化、それから大脳皮質の使用されていない領域解放による個性的なスキルの覚醒。さらに前述した幻夢生物の認識だ。この強化で持って幻夢生物の討伐に繰り出してもらう」
ゲームみたいな展開だ。俺はゲームの主人公になれるというのだろうか。
怖い気持ちも勿論ある。だが、それより好奇心の方が強いかもしれない。なにかワクワクが止まらないのだ。
「個性的なスキルの覚醒ってどういうことですか?」
「どういうスキルが発生するかはランダムだ。大脳皮質とナノマシンの競合の末どういう能力になるかは、誰にも分からない。これは先天的素養に完全に左右される。付加されるスキルは1人に1個だけだ。どうだ? スキル施術体になる覚悟はあるか?」
「……ごくん。ひとつ聞いてもいいか?」
「ああいいぞ。今後のお前の人生を左右する選択だ。今すぐ決断を下さなくてもいい」
「お金はどれくらい貰えるんですか? ASKってどんだけ天井知らずなんですか?」
「は? お金か? まあ、そうだな。対象個体の危険度にもよるが、記載にもあったように最低でも1万から、最高で俺が知ってるだけでも七千万とかいたな」
「な、な、な、七千万!!!!!!! やります。スキル施術体やらせて頂きます」
「金聞いたら即断だな。…まあ、俺にとったらいいばかりだけどよ。いいんだな。後悔しないな?」
「はい。俺には選択肢はないんです。お金が必要なんです」
俺は錠剤に手を伸ばし、一気に飲み込んだ。