怪しいバイト
まともなものを食べてないので活力が湧かない。
極寒の中で生活しているから慢性的に体調が優れない。
俺は気だるげに歩いて学校へ向かった。
家を出た所で、頭に黒いバネでも差し込んでるのかというくらいのクルクルパーマがトレードマークのおばさんが、アパートの周りを箒で掃除していた。
「裃さん? 家賃納入まだだけど大丈夫かい? 明日の12時までに払ってもらわないと出ていってもらうよ?」
この人はうちのアパートの大家「渡辺さん」。アパートの家賃納入は期限を過ぎてはいけない。過ぎたら強制退去。安いには安い条件があるものだ。
「あの今日丁度お金はいるとこだったんですよ。はははは。あのーではー」
俺の通帳の残高は230円。
明日の12時までだって?
それはヤバすぎる。俺は逃げるように学校に急いだ。
通り道に、八北田公園というなかなか規模の大きい公園がある。
そこがやけに賑やかだった。パトカーが何台か停まっていて、黄色と黒のテープが張られ、入口には警察官がおり、中に入れないようになっていた。
まあ元々変な人型の彫刻が多くて、薄気味悪い公園で人気はなさそうだ。こんなとこ封鎖されても困る人は多くないだろう。
そんなことより寒くてしょうがない。暖を取るためにも早く学校に着きたくて、足早にそこを後にした。
教室に入ると、俺の分厚い眼鏡が一瞬で曇った。そこは暖房が効いた楽園だった。暖かいってなんて素晴らしいんだろう。
人類の英智、エアーコントローラー。万歳。
「おうバグ。今日も元気に衰弱してんな。まーたモヤシと豆腐しか食ってないのか? そんなんじゃ頭湧いちゃうぞバグ!」
机に突っ伏してぐったりしていると、同じクラスで学校で唯一の友達、左右ぼあ(あてら ぼあ)がからかってきやがった。
ちなみにバグとは、俺の名前珀を「頭湧いてるやべえ奴」というオブラートに包んだ愛称らしい。親しみをこめて言ってくれていると信じたい。
タメとは思えない俺と対象的ながっしりとした体格。キックボクシングを習っていたそうだ。
入学式で席が隣になって「あの、このキモいフィギュア落としたけど」と御守り用に持っていたフィギュアを拾ってくれた以来の友達だが、性格がとても合っているとは思えないが、何故か一緒にいて気疲れしない楽な関係だ。
「朝からそのテンションやめてくれ。腹減って動けねえんだよ」
「相変わらずお前貧乏してんなー。もっと優雅にいこうぜ貴重な青春の1ページをよ」
そう言って左右はタピオカミルクティーを片手にカツサンドウィッチを豪快に口に放り込んだ。
流行りに流されて希少価値が高騰したタピオカに、高いくせに腹も満たされないウルトラクソコスパのコンビニサンドウィッチだと。
なんなんだこいつのはぶりの良さは。
「それより八北田公園みたか? 昨日あそこで急にすべり台が倒壊して女の子が巻き込まれて怪我したらしい」
「ああ。なんかパトカー停まってたな。なんでまたすべり台なんか? 力士がぶつかり稽古でもしたんか?」
「馬鹿か? 人間単位の仕業なわけあるかよ?」
「だよな。まあでもどうでもよくないか? 金にならない話なんてさ」
「おいおいそう言うなよ。教養のないやつだな」
「明日まで家賃3万円入れないと俺は路頭に迷うの。1ヶ月待たずとしてホームレスってもう俺の学苑生活ジ・エンドなの。分かるこの切羽詰まった状況?」
「ゲームばっかしてバイトも探さないお前が悪いだろ!」
「だって一人暮らしで際限なくゲーム興じてOKとか抜け出せなくなるだろうよ。俺だって分かっていたけど止められなくなったんだよ馬鹿やろー。…馬鹿やろう。大声出させんなよ。余計腹減ったじゃねえか」
「自業自得としか掛ける言葉が見当たらねえよあほんだら。なら、こいつ試してみるってのはどうだ? ちと訳ありだけどよ、結構儲かるぜ」
そう言って左右は俺の机に1枚の紙切れを置いた。
「動画サイトの広告レベルで怪しい話プンプンするんだけど。ネズミ講とか痩せ菌サプリなら買わねえぞ」
「なんで俺が貧乏から金巻上げんだよ? まあ気が向いたら行ってみな」
予鈴が聞こえてくると、左右は自分の席に戻った。
なんなんだよあいつ。自由かよ。
それよりまずはお金なのだ。
一限目から彫刻の歴史とか眠くなる講義だったので、こっそり机の下でスマホを操作し割の良いバイトをさがしていた。
しかし、明日まで3万なんて詐欺みたいなバイトはある訳がなかった。
ふと、先程左右に渡されたプリントを見てみる。
「求むハンター。スキル施術体になってあなたも簡単にお小遣い稼ぎ!」
ハンター? スキル施術体?
怪し過ぎた。しかし、
「時給:1万~ASK ※対象の個体次第
幻夢生物対策本部:TEL〇〇〇-〇〇〇-〇〇〇
担当:服山」
昼休み。俺はこのバイトに電話した。