底辺サンタのクリスマス
「てぇへんだ! てぇへんだ!」
「誰が底辺だ!」
― とある場所・夜 ―
「少ないなぁ……」
配達用のソリに乗っている白い袋に入れた荷物は、わずかに467個。
年々配る数が減ってきているのは解っていたが、今年はとうとう500個を割り込んでしまったか……。
これなら配り終わるまでに、一晩どころか一時間もかからないな。
自己紹介が遅れたけど、私の名前は三田賛太――サンタクロースをしており、仲間たちには『ダブサン』と呼ばれている。
私の名前である三田賛太はサンタサンタとも読めるので、サンタがダブルで『ダブサン』らしい。
近所に教会があったというだけで生前なんとなく教会に足を運んでいたせいだろうか、私は死んだときに、何故だか神様に『サンタクロースになってみないか』と打診された。
ひ孫が2人ほどいた私は『サンタクロースになれば、これからもひ孫にプレゼントを渡せるかもしれない』と考え、二つ返事でこの打診を受けさせてもらった。
その日から私はサンタクロースとなり、日本の良い子たちにクリスマスプレゼントを配るという使命を半世紀以上続けている。
今日は12月の24日――クリスマス前夜。
時刻は夜の10時を過ぎている。
私がこれから配るクリスマスプレゼントの準備は、既に万端に整っている。
準備は万端なのだが……実は年々、私の担当するプレゼントが少なくなっているというのが、ここ数十年の現状だ。
あ……言い忘れたが、サンタクロースというのは世界中に何十万人もいる。
それが地域ごとに分かれていて、日本地域には1万人弱――その1万人弱にはそれぞれ配る担当のプレゼントがあり、私の担当は『木の人形』だ。
木の人形って、近年あまり人気が無いんだよなぁ……。
温かみがあると見直された時期もあったが、やはり時代には勝てんのかなぁ……。
「どうもダプサンさん、一年ぶりですね」
少ない荷物を眺めて苦笑いしながら物思いにふけっていると、もう四十年来の馴染みとなる同僚のサンタが声を掛けてきた。
「あぁ、一年ぶりだね健太くん」
「健太郎です。 いいかげん長い付き合いなんですから、そろそろ覚えて下さいよ」
「いやすまんね。 一度間違って覚えてしまうと、どうもなかなか覚え直しが出来なくて――いやいや、すまんすまん」
「お願いしますよ――どうも『健太』とか呼ばれると、時期的にフライドチキンみたいで微妙な気分なっちゃって……」
健太くん――もとい健太郎くんは十代半ばで亡くなったので、サンタクロースとなった今も姿は十代半ばのままだ。
本人は『若いとサンタクロースっぽくなくて、なんか嫌だ』と不満らしいが、ずっと年寄りの姿の私としては、若いままの彼の姿は羨ましい限りである。
「あはははは、フライドチキンか! そりゃいい」
「あのねダブサンさん……そうやって笑いますけどね、呼ばれる僕としてはホントに微妙な気分になるんですよ――ところで、今年のプレゼントってそれだけですか?」
私のソリの上に乗せてある、あまり膨らんでいない袋を見て健太郎くんが尋ねてきた。
悪気は無いのだろうが、こんなにも配るプレゼントが少ないのは、私としてはやはり恥ずかしい。
サンタクロースにとっては、配るプレゼントの数がステータスシンボルなのだ。
配るプレゼントの数が10000個を超えると、皆に『人気サンタ』と呼ばれ羨ましがられる。
そして私のようなプレゼントの数が1000個を下回るようなサンタは――皆に『底辺サンタ』などと呼ばれて、見下されたりするのだ。
健太郎くんは配るプレゼントの数で他のサンタを見下すようなサンタではないが、それでも私はなんとなく恥ずかしく感じてしまう。
本来なら配るプレゼントの数でサンタクロースの価値が決まるなど、あるはずも無いのだけれど……。
「今年はとうとう、500個にも届かなくなってしまったよ。 やはり木でできた人形なんて、今時流行らないんだろうね――そっちは、どんな感じだい?」
「僕のほうは少し増えてますよ。 少子化で子供が減ってるのに、面白いですよね――クリスマスに絵本のプレゼントって、きっと素敵だと思う人が多いんですよ」
健太郎くんの配るプレゼントは、どうやら増えてきているらしい。
先ほどの会話に出てきたように、健太郎くんが配っているプレゼントは絵本である。
いいなぁ……配るプレゼントが増えていて……。
「あ、黒龍号が来た――それじゃあ僕は、そろそろ行きますね」
黒龍号――健太郎くんの相棒のトナカイが、こちらを見つけたらしく駆けてきた。
健太郎くんがソリに繋ぎ、すぐに出発だ。
「いってらっしゃい、良いクリスマスを」
「ダブサンさんも、良いクリスマスを」
健太郎くんのソリは、夜空に向けて出発するとすぐに見えなくなった。
私もそろそろ出発したいのだが……。
トナ介のやつ、どこで油を売っているのやら……。
なかなか来ないので、探しに行くとしようか。
しばし歩くと――あ、いた。
次々と出発していくソリを、トナ介は呑気に眺めていた。
「おーいトナ介、そろそろ私たちも出発するよ」
「グウゥー」
ひと声鳴いてトナ介が近づいて来たので、鼻面を撫でてやる。
こいつとも、長い付き合いだ。
ソリへと向かうと、トナ介は何も言わずとも所定の場所に待機。
早くしろと急かすような顔でこっちを見てくる――こらこら、さっきまで呑気に出発する他のソリを見ていたのはお前だろ?
ソリとトナ介を繋ぐ――今年もよろしくな、トナ介。
さて……いよいよ今年も、プレゼントを配りに出発だ。
行こうかトナ介、まずは――。
目の前に広がる、星の瞬く夜空へと。
…………
とある街へと到着。
上空から、街並みを眺める。
綺麗だな――。
大地は人の営みの光で星の海を作り出し、まるで夜空を鏡に映したようだ。
こんな時間なのに、地上はまだ賑わっている。
皆それぞれに、クリスマスというものを楽しんでいるようだ。
善きかな善きかな。
『楽しい』は、大切なものだからね。
私の――サンタクロースの姿は、普通の人には見えない。
良い子だけには見えるのだが、こんな時間に起きている良い子はいない――なので、私の姿が見られることはまず無いはずだ。
さて、そろそろ最初の配達先に到着するぞ。
トナ介、高度を下げてくれ。
私は人の営みの星々の中から、目的の場所を見つけ出す。
そこはもちろん、プレゼントを配る相手――良い子のいるところだ。
ソリを建物に横付けして、マンションの一室に入る。
煙突などは必要無い――サンタクロースには幽霊のように、壁や床をすり抜ける能力があるのである。
部屋には、可愛らしい女の子が眠っていた。
プレゼント用の靴下は下げていないようなので、プレゼントの入った箱は枕元に置いておくことにしよう。
明日起きたら、この子は喜んでくれるかな?
笑顔を見せてくれるといいな。
さて、次に向かう前にもうひと仕事だ。
サンタクロースの仕事は、プレゼントを配って終わりではない。
もう1つ、重要なことをしなければならないのだ。
それは――記憶を書き換えること。
保護者に魔法を掛けて『良い子にプレゼントをあげたのは、自分だ』、という記憶を持ってもらうのだ。
これは実は、とても重要なことである。
何故か――いや、だって、自分たちの知らない間に愛する良い子の部屋に見知らぬ誰かが忍び込み、その上どこで調べたのか良い子が欲しがっているプレゼントを置いていくんだぞ?
想像してごらん――。
気持ち悪いだろう?
善意と考えるより、ストーカーを疑う方が普通だ。
と、いうことで――。
今回は隣の部屋で寝ている、良い子の両親に魔法を掛けよう。
キラキラと魔法の光が、隣の部屋へと向かう。
上手く魔法が掛かったな。
――これで良し、と。
次の良い子のところへ向かおう。
少ないとはいえソリの上には、まだまだ配るプレゼントがあるのだ。
…………
― 時は過ぎ、12月25日の早朝 ―
やはり1時間も掛からずに、467個のプレゼントは配り終わった。
仕事は終わったが、私はまだ帰るつもりは無い。
もう1つだけ、やりたいことがあるのだ。
それは――プレゼントを見つけた、良い子の反応を見ること。
だって、気になるじゃないか。
私の配ったプレゼントが、本当に良い子に喜ばれるのかどうか知りたいじゃないか。
なので私は、窓から部屋の中が見える部屋の上空で、良い子の目覚めを待っている。
こんなことは忙しいサンタにはできないだろう。
私のような『底辺サンタ』と呼ばれる者でないと、こんな暇は無いはずだ。
「おはよう、朝だよ」
良い子のお母さんが、扉越しに声を掛けた。
その声を聴いて寝返りを打ったものの、まだ良い子は起きそうにない。
「サンタさんは、来てくれたかい?」
これも扉越しに、今度はお父さんが良い子に声を掛ける。
「さんた…………サンタさん!?」
寝ぼけまなこだった良い子が、サンタという言葉を聞いて飛び起きた。
どうやら私がプレゼントを配るのを、楽しみにしてくれていたようだ。
枕元に置いてあった箱を発見して、良い子の目が輝く。
両手で抱え隣の部屋へドテドテと勢いよく入り、お父さんお母さんにプレゼントの箱を高々と掲げて見せた。
「サンタさんきたよ! ほらみて、プレゼントあったよ!」
良い子は、誇らしげだ。
そうだよ……そのプレゼントは、君が良い子である証なんだ。
だから私が来たんだよ。
「良かったね」
「プレゼントは何かな?」
そんなことを聞かれたら、すぐに中身を見たくなるのがプレゼントというもの。
良い子はラッピングの包装紙をビリビリと剥がし、思い切り箱を開けた。
「おにんぎょうだ!」
そう――プレゼントはもちろん木の人形。
少々時代遅れかもしれないが、可愛らしい服を纏った女の子の人形だ。
良い子の笑顔が、思いっきりはじけた。
これだ――。
この笑顔が見たかったのだ。
良い子の笑顔を見て、お父さんお母さんも笑顔になっている。
――もちろん私も。
こういう光景は、何度見てもいいな。
笑顔をもらって、こちらも笑顔になれる。
私にとっては、何よりのプレゼントだ。
やっぱり嬉しいな――。
これだから『底辺サンタ』と言われようが――。
サンタクロースはやめられないのだ。
メリークリスマス♪