第3話 隠された目的
連続投稿3話目
「やれやれ・・・。もう少し穏便な言い方はないものかねぇ。刹那ちゃん」
休憩室で放送を聞いていた虎徹は苦笑いした。
「と言うわけだ。刹那ちゃんの仕事を増やすんじゃねぇぞ藍紗」
「ハイハイ。分かってますって。また反省文書くのイヤだもん」
んべっと虎徹に向かって舌を出して藍紗は部屋を出た。
その仕草に両手を軽く上げて応え、虎徹は残された迅雷へ振り向く。
「あんなのと付き合っていて苦労してねぇか?」
楽しそうに問う。
「それもノーコメントで」
静かに微笑み、藍紗を追うように迅雷も部屋を後にした。
日中とはいえ光の差し込まない薄暗い廊下を歩いて行くと、藍紗が壁に背中を預けて迅雷を待っていた。
「学園長なんか言ってた?」
「ああ、お前と付き合っていて苦労してないか?だそうだ」
「あんにゃろう」
イラついた表情を隠しもせずに、藍紗は迅雷の隣に並んで歩きだす。
「苦労してるのはこっちだってぇ~の。『別れろ』だの、『釣り合ってない』だの、散々陰口叩かれて毎日のように脅迫文来るしさぁ」
「まぁ、お互い様だ。退屈しなくていいじゃないか」
ニヤリと浮かべた横顔に藍紗はゾクっとしたモノを感じた。
「品行方正で知られる生徒会長様とは思えない顔とセリフよね」
「気をつけよう」
「どうだか」
短いセリフを放ち、2人は並んで廊下を進んでいった。
15分が過ぎ、会場では誓約書を書き終えた受験生が再び整列していた。
その目に映っているのはステージ上に並ぶ総勢50名の猛者達。焔はその中の一人に釘付けとなっていた。
向こうもこちらに気がついたらしい。オーバーとも思える仕草で手を振っている。
「なんで姉さんが・・・」
周囲で気がついた人間が一斉に焔に視線を向ける。
背後にいた少年もその一人だったのだろう。
「よう。さっきから手を振ってるのってお前の彼女か?」
慣れなれしい言葉づかいで話しかけてくるのだが、焔とは全く面識はない。
「カワイイじゃん。いいねぇ年上の彼女。あそこに並んでるってことは彼女も模擬戦に出るのかなぁ?いやぁ~あんなカワイイ娘を相手するとつい手を抜いちゃいたくなるよね?でもさぁ真剣勝負なワケじゃん?ツライところよね?あ、もし彼女と当たっちゃったらどうする?手加減してもらえるの?だったらラッキーだよね!ウラヤマシイなぁ」
と、さっきから焔に向かって一方的に喋っている。
確かに、彼の言うとおり藍紗は世間で言うところの美少女の部類に入るのだろう。
普段の口調もそれほどガラが悪いわけでもないし、見た目だけなら快活で表情豊かなその姿は人々を魅了するはずだ。
学園でもかなり人気があるらしく、本性を知らない一般クラスの男子生徒はもちろん。女生徒からもラブレターが来ている。
そんな藍紗が学園で問題児とされている理由は何なのか?
生まれ持った才能もあるだろうが、彼女の実力は同世代の中で抜きん出ていた。
大きすぎる力は普段の生活では足枷にしかならず、藍紗は幼いころから自らの能力に制限をかけた生活を強いられることとなった。
しかし、初等部、中等部へと進むにつれて、藍紗が自らにかけた負荷はかえって藍紗の成長を促すこととなり、それを抑えるストレスは日々蓄積されていった。
そして、長年溜め込んだストレスが爆発したのが昨年の第1試験だった。
見た目で判断した対戦相手は藍紗に対し、セクハラまがいのセリフで散々煽った。
もう説明せずとも結果は分かるだろう。
今までの鬱憤を晴らすかのように、藍紗は対戦相手を圧倒的な力で容赦なく叩きのめして堂々の合格を果たした。
引き換えに、藍紗の最初の犠牲者となった対戦相手は精神を病んで復学までに半年を要することとなった。
以降、藍紗は自分の力を無理に抑えようとはせず、むしろ進んで解放した。
特に戦闘行為の際はそれが顕著で、授業中の試合でも同級生を何名か壊し、指導にあたっていた教師を2人ほど辞職に追い込んだという。
同等の力を持つ迅雷は相手に合わせて自身をコントロールできるが、藍紗の場合ほぼ確実に全力全開の為、被害が増大する傾向にある。と、いうのが理由である。
普通の学校であれば丁重にお引き取り願う所なのだろうが、歴代の生徒の中でも圧倒的な力を持つ藍紗を学園としては簡単には手放せないらしく色々と対策を講じ、今に至る。
学園にとって幸運だったのは同学年に迅雷がいてくれたことだろう。
迅雷が藍紗の防波堤となっていることで回避された被害が多々あったのは間違いない。
だからこそ焔は模擬戦の相手が特別クラスの生徒を中心に集められるのだとしても、姉だけは呼ばれないと確信していた。
姉の力を一番痛感しているはずの学園が、希望に満ち溢れた受験生の相手に姉を出す訳が無い・・・と。
その姉が今、目の前のステージで手を振っている。それもとびっきりの笑顔で。
生まれてから15年、藍紗の弟としての記憶を振り返ると、姉があんな顔をした後はいつもロクな目にあっていない。
今回は気のせいである様に祈るばかりの焔であったが、同時に確信めいたものも感じていた。
その後、細かい説明があったのだが焔の頭には何一つ入らず、受験生一同はその場に待機させられていた。
模擬戦は闘技場にある特設リングで行われる。
受験生は受験番号順に呼ばれ、先ほどステージ上にいた誰かと戦うことになる。
試合が終わったところへ順次振り分けられて行くので誰と対戦するのか受験生はもちろん、学園関係者にもそれは分からない。運も実力の内である。
そんな中、焔は数人の受験生から質問攻めにあっていた。
内容は同じ。手を振っていた謎の美少女についてである。
焔は丁寧に答えた。
姉であること。見とは裏腹に恐ろしい存在であること。もし対戦相手が姉だったら悪いことは言わないから早々にギブアップした方がいいということ。
だが、姉であることは納得してくれたのだが、その他については誰もが笑うだけで相手にしなかった。
「お前ひょっとしてシスコンか?カワイイお姉様がケガでもしたら大変だからそんなこと言ってるんだろ?」
「あんなに可愛いお姉さんが恐いなんて、お前が弱いだけじゃね?」
「あの人も特別クラスなんだろ?思っていた程レベル高くないんじゃないか?ココ」
「そんな風に言って僕たちを混乱させようだなんて、君の策略には引っ掛からないよ」
等々。彼らがどれだけ後悔したところで焔の知ったことではない。
問題は、試合の消化が早い所にはより多くの受験生が向かうことである。
単純に割り振れば1人当たり25人前後。
前述にあるように、選ばれた彼等は姉程ではないが十分に化け物じみてるので模擬戦の相手が100人を超えたとしても全く問題は無い。
万が一不覚をとったとしても刹那を筆頭にした救護班が即座に治療。
言い換えれば、余程のことが無い限り最も回転が速いであろう姉が退場することもなく、多くの受験生を相手にする。ということである。
あまり考えたくないことではあるが、焔は自分の相手として目の前にいる姉の姿を思い浮かべて身震いをする。
これが武者震いならどんなに良かったことか。
いろいろ考えてはみたものの、前向きになれる要素は何一つ思い浮かばなかった。
やがて、一人の教師がステージ上に上がり受験番号を読み上げる。
その中の誰が藍紗の相手をするのか分からないが、こうなった以上、死者が出ないように祈ることが精一杯の焔であった。
もっとも、数多く存在する術式の中でも治療系の術式は発展が著しく、余程のことが無い限り死者など出ない様になっていた。
その証拠に総合戦術学園に名称が変更されてからは入学試験で死者が出たという記録は今のところ無い。刹那の言っていた蘇生された者は死者としてカウントされていないだけで・・・。
番号を呼ばれた者は緊張を隠せずに会場内へと向かって行った。
闘技場の中で彼らの目に映ったのは、それぞれのリング中央に立つ在校生の姿と、それを囲むように築かれたアリーナ席に座る200名以上の人物であった。
各リングには審判代わりに一人ずつ教師が就いているが、潜在的な能力を見極めるにはより多くの目があった方がいいという理由から、毎年、常勤非常勤にかかわらず全ての教師が集められる。
自分が受け持つかもしれない受験生を己の目で観察し、将来の指導に役立てる意味もあり、理由なく欠席する者はいない。
中には息吹ヶ原以外の学園からの客人も混じっている。
名目上はあくまで観戦。実際は第1試験で落ちた中から目に留まった者を好条件でスカウトするのが目的である。
彼らの向ける眼差しに一切の遊びは無い。
その無言の圧力に、試験はすでに始まっているのだと受験生の一人がゴクリと唾を飲む。
それ程の重要な試験である以上、模擬戦とはいえ中身は実戦と何の変わりもない。
その為に刹那を中心とした救護体制が整えられているのであるが、今まで死者が出ていないからといって、自分がその1人目にならないとも限らない。
蘇生が行われた事実はあるのだから。
それを理解した上でリングに向かう者は十分評価に値する存在である。と、学園の関係者誰もが思っているのだが、それを察する余裕など今の受験生達には欠片も残されてはいない。
そして、今年は例外的な目的が学園側にあった。
それは、とある装備品の実用テストである。
8月の半ば、学園に付属する研究開発機関の1つである『特殊装備研究開発部』通称=特装研にて偶然生まれたその装備は、開発陣にとって失敗作でしかなかった。
研究開発機関が一堂に会し行う上半期の報告会を目前に控え、連日徹夜の作業を続けていた特装研は、ようやく試作品を作り上げテストを行った。
だが、徹夜続きで疲れていた所為だったのか、予定では装備者の身体能力を向上させるハズだったソレは、装備者の能力を大幅に抑制する思惑とは真逆の効果を与えるモノとなった。
報告会まであと2日と迫っていた為に修正する時間もなく、特装研は仕方なくそのままの装備を披露するしかなかった。
重い足取りで会場に向かった特装研であったが、ソレを見た学園長は絶賛し、息吹ヶ原の関係者が歓喜の声をあげるという、特装研も含めてその場にいた研究開発期間全員が困惑する結果となった。
それから3か月、学園から正式に開発依頼を受けた特装研はついにその装備を完成させた。
ブレスレット型の能力抑制装備である。
完成したばかりのソレは息吹ヶ原総合戦術学園へ送られ、『見えない檻』と名付けられ、目的の少女へ装備されることとなった。
そう、常に全力で暴れる問題児。
藍紗=ナイト(16歳:属性=地)である。
藍紗が自らの力を抑えることができないというなら、外部の力で抑え込もうと考えた学園であったが、具体的な方法を見つけられずに困窮していた。
そんな所に特装研が持参した装備は、まさに学園が望む理想通りのモノだったのである。