第2話 入学試験
連続投稿2話目
試験当日。会場となっている学園の開閉ドーム式屋内競技施設、通称:闘技場の前には5000人を超える受験者が並ぶ。
願書提出から2カ月。焔はその中にいた。
「想像はしていたけど、すごい人数だな・・・」
以前と同じ様に背中に漆黒の両手剣を背負い、緊張の面持ちで会場に設置されたステージを前にして並んでいた。
やがて、一人の老人がステージへ上がると会場のあちこちで聞こえていた声がなくなり、緊張感が一気にピークへと達した。
「あーテステスっと」
滑稽な仕草でマイクをいじる姿は微笑ましいのだが、会場にいる人間で彼を笑う者は誰一人いなかった。
虎徹=スレイド(76歳:属性=水)
50年前、魔王の腹心が目覚めて大陸南東部にある小国とその周辺を一夜にして支配下に置くという事件が発生した。
その小国の名前からこの出来事は『エスタリス事件』と呼ばれ、大陸にある各国は連合軍を組織してこれに対抗。
正直、各国首脳陣は魔王の腹心、魔族を甘く見ていた。
それまで文献でのみ存在が知られていただけで、魔族そのものを知る者がいなかったというのもある。
それ以上に、伝聞ではたった5人で魔王に対抗できたのだから、進歩したであろう今の技術ならば簡単に対応できる。そう思っていた。
当時に比べ、今の者は戦闘力が大きく衰退しているとは夢にも思わず・・・。
結果から言えば連合軍内部で多少の問題があったものの、最終的に各国から精鋭を集い投入することで解決に至った。
だが、約7万人いたエストリア小国の国民の8割が死亡。そして各国から集められた精鋭1500名の内、生き残ったのは僅か6名だった。
虎徹はその中の一人であり、傷が癒えた彼は生き残った仲間と各地を回って自らの経験を語り、魔族の真の恐ろしさを世間に説いた。
事件後。魔族の力を見誤ったことを激しく悔いた各国は自軍の強化を図った。
さらには国、いや大陸全土の戦力強化を求めて各国に戦術訓練所が相次いで創設された。
また、情報面でも動いた。魔族について記載された文献は事実ではなく、創作だと思われていた。それが魔族の出現で事実だったのだと分かった。もしかしたら息吹ヶ原に封印されたという魔王も・・・・。
ところが虎徹達の思惑とは違い、各国の戦術訓練所は主に正規軍の再訓練場。もしくは軍属を目指す者達、要は新人訓練の場となっていた。
当然ながらそれは虎徹達が望んだものではない。
そこで彼等は自らが主導となって主要5国とその中心である息吹ヶ原市に総合戦術学園を創設した。
限られた者ではなく、誰もが戦う術を身につける事の出来る学び舎として。
6人はそれぞれの学園にそれぞれが長として役職に就いた。
さらに、当時創設が続いていた訓練所では不十分と苦言を呈することで世論を動かし、わずか3年で全ての訓練所を総合戦術学園へと発展させることに貢献した。
その機を境に、大陸において個人の基本戦闘能力が大きく底上げされた事実により、今も多くの人々から英雄として慕われている生還者6人の中心であった人物こそ虎徹である。
「当学園の学園長をしている虎徹=スレイドです。
まず、数多くある学園の中からこの息吹ヶ原を選んでいただいた事に感謝したい。
君達がこの学園を選んだ理由はそれぞれあることでしょう。
だが、私達がこの学園含め、各国に総合戦術学園を創設した理由は皆知るところだと思います。
50年前の事件以降、各国の助力もあり魔物による被害は年々減ってきてはいるものの、未だ根絶には程遠く、いつまた魔族が現れるかもしれないという不安も消えることはないでしょう。
その為の学園です。
この学園の存在意義は将来有望な君達の踏み台となること。より多くの者をより強く・・・。
願わくば、受験生諸君には今日の試験で全員合格する位の気概を見せて欲しい。健闘を期待する」
短い挨拶を終え、虎徹はその場を後にする。
魔族と直接戦った者の言葉は重い。受験生達は沈黙したままだった。
それも、ステージの脇に虎徹の姿が消え暫くすると、張りつめた空気は緩やかなものに変わった。
そうと知らない本人はステージの地下にある休憩室へ引っ込んでお茶を飲んでいた。
「どうでしたか学園長?」
茶道具を脇にして一人の少年が問う。
「目についたのは5人ってところだな。お前が言っていた例の小僧も含めてだ」
「流石です」
「まぁ、姉と比べるのも何だが、アレの血を継いでいるだけあって目立つ」
視線はそのまま唇に笑みが浮かぶ。
「ちょっとぉ学園長。本人を目の前にして言いますか?ソレ」
少年の傍らに立っていた、小柄だが妙な迫力を放つ少女が会話に割り込む。
「まったく・・・。自覚が無いのも困りものだ。なぁ迅雷」
虎徹が肩をすくめて茶に口をつける。
迅雷と呼ばれた少年は少々困った様子で隣の少女を見た。
「なによぉ~!」
キッと睨まれて慌てて視線を戻す。
「わっはっは!お前さんも藍紗が相手じゃ分が悪いか。」
「ノーコメントで」
「おいコラ迅!」
少女、藍紗は不機嫌にソッポを向いた。
その姿を気にした様子もなく迅雷は話を進める。
「それで学園長。お願いしていた件はどうなりました?」
「ダメだったらお前等はここにいねぇさ」
齢80近い老人とは思えない無邪気な笑顔でそう答えた。
「例のない事だが満場一致で承認されたぜ。そりゃぁ、学園が平和になると分かれば賛成するさ。ただ、弟君の方はいい迷惑だな。」
「その言い方ムカつくんですけど」
「そう言われたくなかったら、もう少し暴れるのを控えてくれんかね?」
「・・・・・・・」
年の功もあるだろうが、口では勝てないことを悟った藍紗は無言で抗議の目を向けた。
そんな険悪な空気が休憩室に流れている中。頭上のステージでは引き続き、注意事項や模擬戦のルールなどが説明されようとしていた。
事前に文章で知らせないのはルールから戦略を練られないためである。
毎年模擬戦が行われるのは周知の事実だが、その内容は学園や年によって全く違う。
互いに身につけた風船を先に割ったら合格とか、相手を戦闘エリアから外に出せたら合格とか、反撃せずに一定時間耐えれば合格などと様々である。
そもそも1対1でなく団体戦にした学園もあった。
とはいえ、息吹ヶ原の第1試験は創設以来毎年変わらず同じルールなのだが。
そして、虎徹に変わり新たにステージ上に現れてマイクを握ったのは長い黒髪の美しい女性だった。
「当学園の校医を務めている雨宮刹那と申します」
校医と言った雨宮刹那(26歳:属性=水)であったが、その格好は医者の定番である白衣ではなく、上から下まで黒一色。言うなれば黒衣であった。
切れ上がった眼がフレームのないメガネの奥で冷たく光って見え、その姿はどう見ても医者とは対極のイメージにある職業しか思い浮かべることができない。
そんな受験生の視線などお構いなしに、
「今年の模擬戦も1対1の個人戦、5分間エリア内で相手の攻撃をしのげば合格となります。
もちろん、相手に反撃して場外へ出すなり、戦闘不能にしても合格となります。
魔法、呪文、竜言の各術式(※注)の使用。急所への攻撃などは特に制限は設けません。
どのような武器を使用しても構いませんが、模擬戦で負ったケガ、身体の欠損、絶命に関して当学園では一切責任を負いません。
以上の事を承諾された方はあちらにある誓約書に署名、提出していただき、試験開始時刻までこの場に待機して下さい。
当然、辞退することも可能です。その場合は第2試験の日程が書かれた用紙お配りしますので、受け取った方はお帰り頂いて結構です」
さらりと言った内容の節々に恐ろしいキーワードがいくつか聞こえ、受験者の一部が動揺する。
それでもまだ辞退者が出る気配はなかったのだが、次の一言が引き金になった。
「毎年4,5人程蘇生していますが、私達救護班の竜力にも限界があるので無理はしないように」
約半数が第1試験を辞退した。
(※注)
大陸に住まう者は天空から墜ちてきた5体の竜から生まれたという言い伝えが残っており、火、水、地、風、雷のどれかの属性を持って生れてくるのも、その名残だとされている。
そして、体に流れる血には竜力と呼ばれる精神の体力的な力が宿っており、竜力を使う事で、
『魔法』:キーワードとなる言葉に竜力を込めて言う事で発動する術式。基本的に威力は低いが発動が速い。
『呪文』:竜力を込めて決められた文章を詠唱することで発動する術式。基本的に威力は高いが発動までが長い。
『竜言』:魔法の持つ発動の速さと、呪文の持つ威力の高さを併せ持つ術式として新たに研究開発されてきた術式。
世間に広まっている一般的なものから、個人が生み出したオリジナルのものまで幅広く存在し、現在の主流となっている。
と言った各種の術式を使うことができる。