08:人間族の立場と状況を知るミノタウロス。
まるで他人事のように、高槻さんは話し始める。
いわく、人間族の扱われ方はどこでも大差ないという。つまり、モンスターたちの気の向くままに虐げられている、ということだ。
自分の周囲を見渡す限り、世界の人間のほぼ全員がモンスターになってしまっている。オレの知らない範囲でも、やっぱり世界の大多数はさまざまな種族のモンスターで占められているんだろう。
その中で、人間族は絶対数の少ない種族らしい。基本的に凶暴で、本能任せなモンスターたちがはびこる世界でひっそりと生きている。それが現状だとか。人間族だけが集まってコミュニティを作っているところもあるらしいけど、ほとんどはモンスターの中に紛れて暮らしているという。
「オレが言うのもなんだけど、どうしてモンスターのいる中で生きてるの? コミュニティどころか、人間族がまとまって集落なりなんなりを立ち上げちゃえばいいんじゃない?」
「そんなことできませんよ。ゴブリンとかオークとかがいない土地なんてありませんし。そもそも別の場所に移ったとしても、戸籍とかいろいろ、人間族の情報は知ろうと思えば何でも調べられますから」
……普通の世界でいうところの、免許証とか住民票とかがしっかりしてるってことか。変なところでファンタジーじゃないよね。妙にリアルというか、現実的というか。異世界の方がこっちに来た、って感覚は的を射ていたみたいだ。
「人間族だけが集まって町なり地域なりを作ったとしても、危ないことを考えてる集まりだとか、そういった理由で一気に潰されかねません」
「あー、なるほど。世を乱すテロリストとか危険分子みたいな扱いにされるわけか」
「その例え、かなり的確だと思います」
別の言い方をすれば。ひとつの国出身の外国人が集まって、他国でナントカ人街を作るようなもんか。もともと住んでる人にしてみれば、気に入らなかったり怖かったりするのかもしれない。
もっとも、今の異世界モドキな世界では、存在するモンスター種族の大半が、人間族を力づくでつぶすことができる力を持っている。その上、人間族を粗雑に扱うことに疑問を抱かない奴らばかりだ。外国人っていうよりも、奴隷扱いって言った方が適切かもしれない。人間族が集まって何かを仕出かそうとすると、生意気だとばかりに潰されてしまう。
実際に過去、人間族が立場の向上を目的に牙を剥いたことがあるらしい。そしてその都度、いろいろなモンスターたちに潰されてきたんだとか。
結果、種族の存続という目線で考えると、人間族はモンスターたちに紛れていた方が被害は小さい、という判断をするに至った。種族を挙げた戦争になるよりも、街角で起きた暴力や事件が重なっている方が、種族の総数の減り方は少ないといったところか。
他にも、人間族は種の存続のために手を打った。
それが、モンスターのコミュニティへの人間の派遣。
端的に言えば、送った人間を痛めつけてもいいから、他の人間族には手を出さないでくれ、というお願い。
これはもう、当たり前にされていることらしい。しかもこの学校に限ったことじゃなく。他にも学校やら会社やらコミュニティやらに、何かをされても反抗しきれない人間たちが送り込まれているんだとか。
「それってつまり、あらかじめ生贄を差し出すから人間族には手を出さないでくれ、っていう話がついてるのか」
「えっと。噛み砕いて言えば、そういうことになるのかな……」
あはは、と、力なく笑う高槻さん。
声は笑っていても、声音と表情に力はまったくない。どうしようもないよねと、諦めている顔だ。
高槻さんも、この学校に進学って名目で送り込まれた生贄役なんだとか。
「頭とかが特にいいわけじゃないし。施設でお世話になってて、進路を選べるような身分じゃなかったから」
いわく。モンスターによっていろいろな被害を受けた人たちがケアを受ける、人間族の施設がある。人間族の多くが、大なり小なり世話になっているらしい。
「私の場合は、3年くらい前にお父さんとお母さんを亡くなって。施設にお世話になるしか、どうしようもなかったんです」
さらっと、むっちゃ重い話が突っ込まれた。
高槻さんは、ミノタウロスに両親を殺されたらしい。
およそ3年前、両親と買い物に出た先で凶暴なミノタウロスに遭遇。そのミノタウロスが起こした気まぐれで、父親は首を飛ばされ、母親と彼女はその場で揃って組み伏され。同時に、犯された。
程度の差はあれど、人間族が襲われる、犯される、殺されるというのは、そう珍しいことじゃないらしい。まるで犬猫を弄って遊ぶかのように、モンスターたちは人間族に手をかけるんだとか。
でだ。
レイプとひと言で終わらせてしまうのは生易しい責め苦を受け。母親は耐えられず、犯されながら死亡。死んでしまった母親に気づいたミノタウロスは、少しだけ力をセーブして、改めて高槻さんに襲いかかったという。
そのおかげでと言うべきか、そのせいでと言うべきか。高槻さんは命まで奪われることは避けられた。でもその代わり、狂うこともできないまま、ひたすら陵辱され続けることになった。不幸中の幸いというべきか、妊娠はしなかったとのこと。
心も身体もボロボロにされて、身寄りも亡くした彼女は、施設に引き取られてリハビリを行う。どうにか日常生活を送れる程度まで精神を回復させたものの、モンスターを前にすると身体がすくみ、動けなくなってしまうという。
「それは仕方ないよ。というか、安易に大変だったねとか頑張ったなとか言うのがはばかられて。なんて言えばいいのかマジで分からない」
「気にしないでください。言葉を選ぼうとしてもらっているだけでも嬉しいです」
高槻さんの告白は続く。
施設の中にはモンスターによる被害やトラウマを負った人間がいくらでもいる。しかも次から次へと新しい被害者がやってくる。となると、それなりに回復した人間は、施設のケア対象から外されることになるわけだ。
彼女は両親をミノタウロスに殺され、身寄りも何もない境遇になっている。施設を出て生きていこうにも、その術も当ても何もない。
そこで提案されたのが。
「モンスター校への生贄役、ってこと?」
「はい」
モンスターが集まる多種多様なコミュニティに、弄られることを前提とした人間を差し出す。その代わり、大多数の人間族に手を出すな、という取引のようなもの。この生贄役になると、生活面でも金銭面でも大きな援助を受けることが出来るらしい。
進学どころか生きていくことすら難しい状況だった高槻さんに、選択の余地などあるはずもなく。彼女はこのモンスターだらけの学校に進学することになった。
これは彼女だけじゃなく。この学校にいる人間族は、境遇こそ違えど、同じような条件であちこちから入学させられた者ばかり、ということ。
彼らは、何かをしなければならない、といった条件は特にない。
ただ、学校に通い続けること。
それだけだ。
モンスターの生徒に媚びる必要はないし、なんなら反発したって構わない。もし出来るのであれば、絡んできたモンスターを返り討ちにしてしまっても問題ないという。
「それは問題にならないの?」
「らしいです。やられる方が悪い、っていう考え方らしいですけど」
「弱肉強食、実力社会、とでも言うつもりなのか」
むしろ人間たちが歯向かってくる方が、モンスターたちにとっても相手をしていて愉快、と考えている節があるとか。
なるほど。確かに、高槻さんを襲ったゴブリンどもがそうだったな。
逆に、すぐさまブチ切れるようなモンスターも少なくないという。
例えばミノタウロス。ちょっと気に入らないことがあるとすぐさま手を出してくる。凶暴かつ剛力なせいで、軽く腕を振るわれただけでも、それが当たれば骨折くらいは簡単にしてしまうんだとか。
そんな実情もあって、ミノタウロスのオレが助けに入ったり、会話を求めたりしたことに驚いたんだとか。
ミノタウロスって本当に脳筋なんだなぁ、と、思った瞬間だった。
とにかく、人間族にとっては辛い環境であることは想像に難くない。
「周りを刺激しないでじっとして過ごす分には、案外楽なんです。何もされなければ」
「話を聞いてる限り、その前提条件ってないに等しいよね?」
「まぁ、そうですね」
彼女自身は、何でもないことのように言う。
正確には、何でもないことなのではなく、どうしようもないことなのだという風に。
……笑い事じゃないよ本当に。
絡んできたモンスターの気分や機嫌ひとつで、人間はいかようにも扱われてしまう。男だったら命が。女だったら貞操が。いつでもどこでも危険にさらされているわけだ。
当然、というのは言葉がおかしいと思うけれど。事実、高槻さんは二度もゴブリンどもに襲われている。
さらに彼女から衝撃の過去が。
高槻さんは、この学校に進学してすぐの頃にも、ゴブリンに襲われたんだとか。
ゴブリンたちの子供を産ませるために、群れの中に放り込まれたという。繰り返し繰り返し、何度も何度も。
人間の女性を犯すモンスターの種類は数多い。そのほとんどが娯楽として女性を襲うのに対して、ゴブリンは自分たちの子供を産ませることを目的にしている。子を産めない女に興味を示さないというから、ある意味では真っ当な本能による行動なのかもしれない。まったく同調しないけどな。
でだ。
彼女はゴブリンの子供を孕むことはなかった。これには理由があるという。
「人間族の女は、その、初めて相手をした種族の子供を、妊娠しやすいそうなんです」
マジかよ。
つまり、種族によるマーキングみたいなものが働くのか。
……どういう理屈なんだよ。もしかして、人間は普通に人間同士でしかそういうことをしないから、気づかなかっただけなのかな。
これはモンスター側も把握しているようで。事実、ゴブリンたちは、彼女がミノタウロスに襲われた過去を知ってからは、手を出すことがなくなったんだとか。
どこでどうやって知ったんだろうか……。
それから約1年経った、つい先日。本当にゴブリンの子は孕まないのかもう一度確かめてみよう、という軽い思いつきから、ゴブリンたちは高槻さんを再度襲ったんだと。奴らが笑いながらそう言っていたそうな。それをオレが助け出した、という流れになるらしい。
とりあえず、そういう働きがあるらしくて。それが分かっていれば、ゴブリンが襲ってくることはまずない。
でも逆に言うなら、彼女はもう誰かに犯されているんだと、種族全体に知られてしまうことになるんじゃないか。
セカンドレイプとかそういうレベルじゃねぇぞ?
でもそれなら、さ。
「なおさら、オレが怖いんじゃないの? 見ての通り、ミノタウロスだよ?」
「でも厨子さんは、助けてくれましたから。今も、こうして話をしてくれてます」
だから怖くないです、と、彼女は言う。
外面がミノタウロスの時点で、相当怖いと思うんだけどなぁ。
「それとも、気が変わって、襲いますか?」
「いや。オレって、そういうことを無理やりするのは趣味じゃないから」
これは本当にそう。強姦とか陵辱とか輪姦とか、マジで勘弁って感じだよ。
女の子は優しく愛でたい。
もっとも、ミノタウロスになってしまった今では、そんなことは夢物語になってしまったけど。
種族としての血が騒ぎだす、なんてことが今後あるんだろうか。
オレの中にそんなものがあるのか?
中身までモンスターにはなりたくないなぁ。
「話を聞けば聞くほど、今のオレはミノタウロスに向いてないな。どちらかと言えば人間寄りだ」
「らしくない、っていうのは、私もそう思います」
「でも見ただけじゃ分からないしねぇ。ミノタウロスの見た目で怖がられてお終いだよ」
自虐的に言うオレ。というか、ミノタウロスなのはどうしようもないし。
むしろ人間族には自分から近づかない方が、人間族的にはありがたいんじゃないだろうか。高槻さんもさ。
なんてことを言ってみる。
すると。
「お話をしてみて、やっぱり厨子さんはいい人だなって思いました」
彼女の反応は、なんだか違った方向のものに。
いい人……人? まぁ細かいことはいいか。
高槻さんは、これまで虐げられ続けてビクビクしながら生きてきたんだろう。彼女の言葉の端々からうかがえる。そんな中で、誰かに「助けられた」ということ自体が、ひょっとすると初めてのことなのかもしれない。ホッとできる相手が、同じ人間族じゃなくてミノタウロスっていうのは、どうなのかと思うけど。
いや。逆に、ミノタウロスだからこそ、安心できるってのもあるのかな。種族のパワーバランス的に。意思疎通ができるなら、人間族よりもミノタウロスの方が頼りになりそうな気もするし。
オレが頼りになるのか、ってのはひとまず置いとくとして。
「これも縁だと思うし。できる範囲でなら、助けになるよ」
さすがにヒーローよろしくいつでもどこでも、とはいかないけどね。
思い切り力を抜いて、豆腐を崩さず持ち上げるかのように。気遣いながら、高槻さんの頭を撫でる。
びくり、と。一瞬、身体を震わせる彼女。でも、嫌がる素振りは見せず。撫でられるままじっとしている。
拒否されなかったことに安堵しつつ。
優しく、努めて優しく。高槻さんの頭を撫でる。
「あっ……」
「ん?」
手を離したら、彼女が声をあげた。
同時に、オレを見上げる。
オレは、彼女を見下ろす。
目が合って、高槻さんは顔を赤らめた。
……えっと。これは。
「もっと、撫でて欲しい?」
彼女は、恥ずかしそうにうなずく。
まさかゴツゴツしたミノタウロスの手に撫でられるのが受け入れられるとは。
オレも悪い気はしないので。何か言われるまで、優しく、彼女の頭を撫で回す。
「厨子さん。もうひとつ、わがままをいってもいいですか?」
もうすぐ昼休みが終わる、という頃になって。
高槻さんは意を決したように。
「私を、抱いてください」
そんなことを告げてきた。
-続く-
「ノクターンノベルズ」から移動した第8話。
第9話までは毎日投稿します。
評価や感想などいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。