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07:一時の安らぎと新たな疑問を得たミノタウロス。

 午前中、特に何かが起こることもなく過ぎ。大人しく授業を受けているうちに、気がつけばもうお昼時。昼休みになってすぐ、オレは弁当の包みを持って教室を出た。

 向かうのは高槻さんのクラス。2年D組。

 ちょうど教室の前に来たところで、彼女も廊下に出てきた。


「あ、厨子さん」

「やぁ」


 オレに気づいて、高槻さんは笑顔を向けてくる。少し垂れがちな目が、笑みを浮かべるとさらに下がって穏やか感じになるのが可愛らしい。ミノタウロスなオレにもそんな表情を見せてくれる。それくらいには信用されていると思うと嬉しくなる。


「じゃあ行こうか」

「はいっ」


 横に並んだ高槻さんと一緒に歩き出した。

 身長が約2メートルあるミノタウロスなオレと、だいたい150センチくらいの彼女。並ぶと大小のデコボコ感がえらく強い。しかもミノタウロスは背丈だけじゃなくて横幅もそれなりにあるからな。こちらの大柄さが際立って見える。人間で例えるなら、小学生とマッシブな格闘家くらいの体格差だ。

 そんな奴の横に並んで、怖がるどころか微笑みかけてくれるんだから。高槻さんが向けてくれる信頼感がすごく嬉しい。


「そういえば、クラスでは何もなかった? ゴブリンやらに絡まれたとか」

「いえ、そういうのはなかったです。普段から人間族の女の子同士で集まっていることが多いので、ちょっかいを出されるとか、そういうのは案外少ないんですよ」

「ちょっと意外だな。小者ぶり全開だったから、叩き潰したオレの目が届かないところで調子に乗ってくるかと思ったんだけど」

「ふふ。多人数でいると、絡まれたりする率は小さくなりますね。種族を問わず。絶対ないとは言い切れませんけど」

「人間に厳しい、優しくない世界だなぁ」

「あはは……」


 なんてことを話しながら。オレたちは階段を上がって、屋上に出る。

 人間だった頃もそうだけど、この学校の屋上は常に解放されている。昼休みや放課後になるとそれなりに生徒が出入りしているのは、世界が変わってしまった今も変わりがない。

 違っているところといえば、屋上に出入りする扉が大きくなってることかな。たぶん、いろいろな種族が通れるように、ってことでこうなっているんだと思う。大柄なミノタウロスでも窮屈な思いをしないで通れるくらいだ。さすがに3、4メートルあるサイクロプスとかは通れないっぽいけど。


「あー。いい天気だなー」


 今日は晴天。屋上に出たオレたちを爽やかな青空と朗らかな陽の光が出迎えてくれる。世界がヘンテコになったとか、ミノタウロスになっちまったことだとか、訳の分からないあれこれがどうでもよくなってくる。

 というか、どうでもいいってことにしたくなる。

 メシを食う時くらい現実逃避したっていいよな?


「さてと。まずは腹を満たしますか」

「はい。そうしましょう」


 屋上に置かれたベンチのひとつに、高槻さんと並んで腰かけた。

 オレも高槻さんも弁当を持参している。オレの方はそれなりに大きな弁当箱。それでもミノタウロスの巨体と比べれば「それで足りるの?」と言われてしまいそうな量だ。他のミノタウロスがどれだけ食べているのかは知らないけれど。イメージだけで言うなら大食漢な感じがするよね。

 オレとしては、満腹とはいわないけど、足りないとは思わない。むしろ小柄なニンフの母さんが、毎朝作ってくれているだけでとてもありがたい。

 高槻さんの方は、小柄な女の子と考えれば相応の小ぶりな弁当箱。いかにも「お弁当」という感じのものだ。しかも自分で作っているらしい。


「へぇ、すごいな」

「そんなことないですよ。ほとんどひとり暮らしみたいなものだから、1日分をまとめて作って詰め込んでるって感じなので。むしろ恥ずかしいです」

「恥ずかしがるようなことはないと思うけどなぁ。美味しそうだし」

「そう、ですか?」

「うん。少なくともオレはそう思うよ」

「ありがとう、ございます」


 話の流れで、ひと口ちょうだい、みたいなことになり。

 おかずを分けてもらったら、ちゃんと美味しくできていて。

 素直に感想を伝えたら、彼女は恥ずかしそうにしつつも、嬉しそうな顔をした。

 オレの健啖ぶりと弁当を見た彼女が、「それで足りるのか」みたいなことを言って。

 気がつけば、高槻さんがオレの弁当を作ってくれることに。

 マジかよ。


「オレとしてはすごく嬉しいけど。大変じゃない?」

「手間自体は大したことないですよ。少し量が増えるだけですから」


 女の子とおしゃべりをしながら食事。

 さらにはお弁当を作ってもらう約束までするなんて。

 なんたる青春模様。

 ミノタウロスなのに。

 人間だった頃にもなかったことだぞ。

 内心で舞い上がりながら、高槻さんとお昼時を過ごす。

 それにしても。ミノタウロスになったことに気づいてから、こんなに穏やかな気持ちになれたのは初めてかもしれないなぁ。

 お腹がふくれ、ひと心地ついたところで。オレはそんなことを思った。


「厨子さん。お茶はいかがですか?」

「え、いいの? 欲しい」

「どうぞどうぞ」

「ありがとう。いただきます」


 彼女が水筒を取り出して、お茶を勧めてくる。

 どうやら紅茶のようだ。温かい紅茶の入ったコップをありがたく受け取る。

 と、ここで一瞬戸惑う。

 ミノタウロスになってしまった今のオレは、人間と違って口と鼻が出っ張っている。牛顔そのまんまだ。人間のつもりで何かを食べたり飲んだりすると、口元への距離感が時々狂う。

 食べ物はまだ口に放り込めば済むけれど、飲み物はそうもいかない。コップが口先に行かずに顎に引っかけてしまってこぼす、水浸しになるということも。

 女の子を前にしてそういう粗相はいただけないので。オレはこぼさないように気をつけながら、紅茶のコップを口元に持っていく。

 ……はぁぁぁぁ。染みる。

 女の子から差し出されたお茶、というのも相まって余計に、美味しさというか癒しというか、そんなものが染みわたるような気がする。

 のほほんとした気分のオレを見て、高槻さんがクスクスと小さく笑っている。


「ごめんなさい。悪気があるわけじゃないんです」


 首をかしげてみせるオレ。

 彼女は笑いながら、取り繕うように手を振った。


「ミノタウロスっていうより、なんだか人間っぽい反応をするのにびっくりしちゃって」


 なるほど。

 まぁ、彼女の言ってることも当然と言えば当然。外見はミノタウロスでも、中身は人間の感覚でものを考えてるからね。自分ではよく分からないけど、人間臭さが出てるのかもしれない。

 そうそう。オレが高槻さんと話をしようとしたのもそこなんだよ。

 圧倒的多数のモンスターと人間の立ち位置の違いについて。

 まず自分の現状を、彼女に伝える。


「オレってさ、どう見てもミノタウロスだよね?」

「……なぞなぞか何か、ですか?」

「いやいや。聞いたまんまの意味。オレの見た目のこと」

「はぁ。ミノタウロス、だと思いますけど」


 気がついたら世界が激変してて、ミノタウロスになっていた。なんて言っても今さらどうなることでもない。モンスターだとかいうのとは違った意味でアブない奴だと思われかねない。

 結局、頭を打っただとか記憶があやふやになっただとか言い繕い。クラスメイトからもミノタウロスらしくないとか奇異な目で見られた、ということにしておく。実際にそう言われたから嘘じゃない。


「人間の高槻さんから見てさ、オレってミノタウロスっぽいと思う?」

「えっ、と」

「うん、オーケーオーケー。分かった。自分でもそう思うから気にしなくていいよ」


 というかさっき高槻さんも「らしくない」って言ってたしね。

 自分の言葉に気がついたのか、「あ」と口をふさいで、彼女は少し顔を赤くした。

 改めて聞いてみるに。

 いわく。ミノタウロスは、ゴブリンよりも人間への接し方がひどい。

 それが人間の女の子を助け出して、あまつさえ一緒に昼飯を食べている。

 彼女からしたら、凶暴さを向けられないのは驚天動地なのかもしれない。


「そういうわけで。ゴブリンだミノタウロスだって幅を利かせている、種族の違いで粋がってるのが肌に合わなくて。今のオレが持ってるモンスターの印象と、人間の目から見た実質をすり合わせてみたいんだ」


 とりあえず、オレが普通の……普通? とにかく他のミノタウロスとは違うということを分かってもらう。

 高槻さんは納得してうなずき。人間が、というか彼女自身が持っているモンスターの種族それぞれのイメージを教えてくれた。

 それは薄々感じていた通り、オレが想像していたいわゆるテンプレなモンスター像と変わらないらしい。

 ゴブリンは、常に集団で行動するこざかしい小悪党。

 品がなくて凶暴。

 知恵は回るけれど本能や欲望優先。

 この学校だけじゃなく、種族としてモンスターの中で圧倒的多数派となる存在。

 ミノタウロスは、筋骨隆々で暴力主義な牛人。

 怪力のうえに凶暴、本能任せという手に負えないタイプ。

 何かと暴力をまき散らして、男は肉体的に、女は性的に蹂躙してくるらしい。

 オークは、性欲旺盛で卑猥な性格をしたブタ。

 ガタイは大きいけれど小太りで、常に発情しているのかいつも鼻息が荒い。

 粗野で野蛮だけどビビリという小者。

 などなど。

 この他にも、コボルトだとかサイクロプスだとか、いろいろなモンスターについての印象を聞いた。そのどれもが、オレが持ってるゲーム的なイメージと比べても大きな違いはなかった。

 同時に、人間族は種族として弱い立ち位置にいる勢力だということを知る。この学校の生徒に人間が少ないのも、当たり前のことなんだということも。


「そう。そこも気になってたんだよ」


 大多数の生徒がモンスターという学校に、なぜ人間が通っているのか。

 種族を問わず友好的だというのならまだ分かる。けれど実際にはそんなことはない。モンスターな生徒たちは、人間の生徒たちを同等ではなく、生き物として下に見ている。

 対応の仕方でそれは一目瞭然。無視は温厚な方。ほとんどは、人間の生徒に蔑むような目を向けたり、暴力を振るったりとやりたい放題。

 イジメ、とも違うか。それよりは、犬猫を弄っているような印象を覚えた。モンスターの間では、「人間は弱くて、虐げる存在」という意識があるっぽい。

 人間側は、それを受け入れて従っているという印象はなかった。悔しそうな顔をする奴もいれば、反抗してやり返す奴もいたし。ほぼ返り討ちにされていたけど。

 なかでも、人間の女の子の扱われ方は悲惨だ。モンスターたちにセクハラされたり、襲われたりするのは多々あるみたいだし。

 実際に、高槻さんはゴブリンどもに襲われていた。オレがいなかったら、そのままレイプ、輪姦されていただろう。

 人間族は、男も女も、常にモンスターに囲まれていてろくな扱いをされない。

 それなのに、どうしてこんな学校に通っているのか。


「人間だけが通っている学校とかないの?」

「あります。ありますけど……。簡単に入れるような学校じゃないんです」


 ふむ。名門校みたいなものなのかな。学力やら偏差値やらが足りない生徒は、不良がのさばる悪徳学校に入らざるを得ないとか。


「でもさ。貞操を懸けてまで学校に通う必要はないと思うんだけど」


 柄の悪いモンスターがひしめき合ってる学校で、人間が学べることってなんだろうか。

 なんてことを考えていたオレ。高槻さんはなにやら答え辛そうにしている。

 あぁ。悪いことしたかもしれない。


「ごめん。言い辛いことなら、無理に言わなくていいよ」


 高槻さんに謝って、オレは牛頭を下げる。

 しょせんはオレの好奇心だ。相手の気分を害してまで聞き出そうとするようなことじゃない。彼女が言いたくないことまでほじくり出そうとは思わないし。すでに話してくれたことだけでもすごくためになった。

 何より、普通に女の子とおしゃべりができただけでも楽しかった。

 ここが切り上げ時かなと。高槻さんに、謝罪と一緒に礼を言おうとする。

 ところが彼女は慌てて、オレを止めにきた。


「別に秘密だっていうわけじゃありませんから。人間族以外でも当たり前に知っていることですし」


 変に気を使わなくてもいいと、彼女は言う。

 そうなの?


「ただ……」


 ただ?


「人間族の立場から見ると、楽しい話ではないですよ?」


 高槻さんはそんなことを言う。

 ……種族の坩堝の中で、いろいろと事情があるんだろうか。力関係とか。

 自分がまったくの無知というのを自覚しつつ。

 オレは彼女の話に耳を傾けた。



 -続く-



「ノクターンノベルズ」から移動した第7話。

第9話までは毎日投稿します。

評価や感想などいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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