06:やっぱり女の子は笑顔が一番だと思うミノタウロス。
ほっとして泣きじゃくる彼女をあやしていると、教室の外がバタバタとうるさくなってきた。何人かが駆け寄ってくるような音が聞こえる。
その足音が、扉の前で止まった。
彼女を背中にかばうと同時に、教室の扉が開く。
現れたのは、ゴブリン。
ただし先生だ。
少しだけ安心する。でも、どこか信用しきれずにいた。
同じゴブリンなら、考え方や価値観も、叩きのめした奴らと同じなんじゃないか。
そんなことを思ってしまう。
でも。種族はともかく、相手は一応先生なので。
とりあえず、何があったのかを軽く説明した。
ゴブリンの男子生徒たちが集団で女子生徒をさらい、強姦に及ぼうとした。
間一髪、乱入して阻止。
凶器を振るってきたので腕力で対抗。
その結果、ご覧のあり様だと。
教室の床に転がっているゴブリンたちを見回していく。もちろん、ナイフやら棍棒やらの凶器も転がったままだ。
意識がある奴も結構いると思うんだけど、ピクリとも動かない。ひどい仕打ちを受けたんだ―、みたいなアピールなのかもしれない。
そんな死んだふりが功を奏したのか。ゴブリンの先生がオレのことを非難してくる。
いわく。ミノタウロスが、ゴブリンを相手に腕力を振るってただで済むと思うのか。相手が再起不能にでもなったらどうするんだ。とかなんとか。
これには驚いたね。
「じゃあ、少なからず見知った女子生徒が襲われているのを、大人しく見ていた方が良かったと。先生はそう言うんですね?」
言い返したら、ゴブリンの先生は言葉を詰まらせてた。
種族はどうあれ、教師という立場で物事を判断することはできるらしい。
思い切り舌打ちされたけどな。
ともあれ。
この場は学校サイドで収めることになった。他のモンスターな先生も後から加わって、オレがのしたゴブリンの生徒たちを連れていく。
被害者である、人間の女子生徒も連れられて行きそうになったけど。彼女はひどく怯えて、オレの背中に隠れて出てこようとしなかった。それどころか、血のにじんだままのワイシャツをつかんで離れようとしない。
仕方ないので、オレも彼女に同行して、場所を移動。何があったのかを聞く場に同席することになってしまう。
結果的にはついて来てよかったかな。相手がモンスターな先生で、デリカシーのない言葉を彼女にぶつけてきたから。委縮して怯える彼女の通訳兼防波堤みたいな感じで、代わりに話をすることになる。それにも舌打ちされた。
一応教師ではあるけれど、ゴブリンとしての言動や態度が基本なんだなぁと、思い知らされる。
こんな世界で生きていかなきゃならないのか……。
オレは頭がガンガン痛くなってくるのを感じていた。
しかも、ゴブリンが女を襲うのは当たり前だろ? みたいなことを言われて、驚きを新たにする。
「そもそもミノタウロスだって女を襲うだろう。どちらが先に目をつけた、なんてことで揉めたんじゃないのか?」
……マジで言ってんのかよ。
それを聞いた彼女が、下を向きながら、身体を震わせて、明らかなセカンドレイプに耐えていた。
曲がりなりにも教師の口から出てくる言葉かソレ。
しかも襲われた女の子当人がいるところで。
モンスターは人間を、ことに女性を軽視するってことを、痛感した。
オレだって、今はミノタウロスになってしまっている。誰がどう見てもモンスター。ひょっとすると、オレの中にもそういった人間軽視の感情があるのかもしれない。
でも、オレは中身までモンスターにはならない。なりたくない。
こいつらと同じには絶対にならない。
そう決めた。
隣に座る彼女の震えている手を握る。机の陰に隠れたところで、優しく握りしめる。
うつむいていた彼女が、顔を上げた。オレを見つめて、すぐにまた下を向いてしまう。
けれど表情は、少しだけ元気を取り戻していたような気がした。
その間、ゴブリン教師が何を言っていたのか。
オレは聞き流していて何も覚えていない。
そんな理不尽な事情聴取を経て。彼女はひと足先に退室した。クラスメイトらしい、人間の女子生徒に付き添われていたから、すぐまた変なことが起こることはないだろう。そう願いたい。
というか。オレだけ残したゴブリン先生が説教を始めて笑える。人間の女の子が犯されてボロボロになるより、ゴブリンたちをぶん殴ってノックアウトさせた方が問題らしい。
知るかよそんなこと。
種族の本能なんだから人間の女を襲うのは仕方ないだとか、まるきり性犯罪者の自己弁護じゃないか。
モンスターはやっぱり本能優先なんだなと、身をもって感じてしまった。
翌日、朝の登校時。たまたま彼女を見掛けた。
彼女の方もオレに気づいて、嬉しそうに笑顔で駆け寄ってくる。
信用されたんだろうか。ずいぶんと距離感が近くなったような気がする。
「厨子さんっ」
……うん。やっぱり女の子は笑顔の方がいいね。
この顔が見られただけでも、ゴブリンの群れに飛び込んで助け出した甲斐があったというもの。相手がミノタウロスだというのに、リラックスした表情を見せてくれる。
落ち着いた、というのはおかしいか。ゴブリンの集団に襲われた、という出来事があって。それに対して「落ち着いた」という言葉は適当じゃないかもしれない。
でも目の前の彼女は、オレに微笑みを向けている。
なら、オレも蒸し返すことなく普通に接した方がいいんだろうな。うん。
じゃあどんな話をすればいいか……。
並んで歩きながら、校門をくぐる。
なぜか、周囲から少なくない視線を感じた。
人間とミノタウロスが一緒にいるのが珍しいのかもしれない。
オレとしては、女の子と登校してるってだけでちょっと嬉しくなってくる。
「そういえばさ」
「あ、はい」
「今さらなんだけど。オレ、君の名前を知らないんだよね」
昨日の時点で気づいてはいたんだけど。それどころじゃなかったしな。改めて聞こうとする余裕もなかったし。
「そういえば、言ってませんでしたね」
「オレの方は、生徒手帳のおかげで自己紹介するまでもなかったからな」
「そうでした。ごめんなさい」
謝られてしまった。
いやいや、謝られてもこちらが困ってしまう。そんな申し訳なさそうな顔をされることじゃないし。かえってこちらがかしこまってしまう。
気にしないでくれとなだめて。
改めて名前を尋ねる。
彼女の方も気を取り直して、自己紹介という流れに。
「高槻都子、っていいます。2年D組の、人間族です」
「高槻さん、ね」
あと、人間族というワード。そうか、人間も種族って括りになるのか。
新たな知識を得て、オレは「よろしく」と手を差し出す。
高槻さんは、何も反応せずこちらを見つめている。というかオレが何をしているのか分からないような感じ。
「改めて、厨子瞬介だ。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします、厨子さん」
しばらくしてようやく、何を求められているのか理解したらしい。笑顔を新たにして、オレの手を握ってくる。といっても、ミノタウロスの大きな手のひらを握り切れず、指4本をつかむだけだったけど。
高槻さんいわく。ミノタウロスに限らず、モンスター系の人たちが、人間に好意的に接することなんてまずないそうだ。少なくとも彼女にはそういった経験はないとのこと。
だから、オレが「ごく普通」な会話をしてきたことに驚いたという。たいがいが尊大な態度を取るか、相手にしないか。そのふたつらしい。まぁ想像はついたけどね。
軽視されるだけならまだしも、人間は、ことに女性は、いろいろな意味で身の危険を感じことが多いという。そんな中で、強圧でも暴力的でもないオレみたいなモンスターには初めて会ったと。
しかも危険なところを続けて助けてもらったのだから、いい人に違いない。
高槻さんはそう思ったらしい。
まぁ、自分の行動が、彼女の救いになったのなら何よりだ。
いささか持ち上げられ過ぎているような気がしなくもない。でも自分が同じ状況に、例えばゴブリンやミノタウロスに犯されそうになっていて、助けられたと考えれば。大袈裟でもないかな? オレだって死ぬほど感謝すると思うし。
なんてことを考えているうちに、教室の前まで歩いてきた。
……今なら、誘っても逃げられることはないかな。
「でさ。改めてお願いがあるんだけど」
「はい? なんでしょう」
「聞きたいことがあって、もうちょっと話がしたいんだ。嫌じゃなければ、昼休みにでも時間を取れないかな」
せっかく出来た、純粋な人間との縁だ。情報収集を再度試みる。変わってしまった今のモンスターはびこる世界と、以前の世界との違いをすり合わせてみたい。
高槻さんが二度目にさらわれた時と同じシチュエーションになってしまうんだけど。
「いいですよ。私でよければ」
いともあっさり快諾してくれた。
オレが言うのもなんだけど、無防備すぎやしないかい?
「厨子さんはいい人ですから」
笑顔で、そう言ってくる高槻さん。
確かにオレ自身は襲い掛かるとかそういうつもりはないけどさ。でもミノタウロスがそんなことを言っても説得力がないだろうに。それくらいは分かっているつもり。
それでも彼女は、ミノタウロスのオレを信用してくれるという。
せめて、オレが教室まで迎えに行こう。
昨日と同じ轍は踏むまい。
そんな決意をして。
オレと高槻さんは別れて、それぞれ自分の教室に入っていった。
何を聞くかも、考えておかないとなぁ。
-続く-
「ノクターンノベルズ」から移動した第6話。
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