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05:陵辱エロゲ的展開を許さないミノタウロス。

 教室前で出くわしたゴブリン2匹をぶっ飛ばして、その勢いのまま中へ突入する。

 いきなりのことに驚いた、ように見える、たむろしていたゴブリンたち。その中の何匹かがオレを指差して喚き始めた。たぶん、昨日蹴散らした奴らの生き残りなんだろう。


「この野郎、性懲りもなく邪魔しやがって」

「あー。恋愛脳にイっちまったミノタウロスって奴か」

「俺らが女をモノにしようが、こいつには関係ねぇだろうに」

「まったくだぜ」

「待てが出来れば混ぜてやる、って言ってやったのによ」

「マジかよ。なおさら理解できねぇ」


 そんなことを言い合いながら、ゴブリンたちは教室の中央に集まっている。

 机と椅子は隅に寄せられて、いくつかの机が並んでいるだけ。

 その机の上に、さらわれた女の子が寝かせられていた。

 腕を机と一緒に縛りつけられていて、身動きができなくなっている。

 口には猿ぐつわを噛まされているようで、呻く声さえ聞こえてこない。

 制服の上が、引きちぎられたようにはだけていた。大きめの胸が露になっていて、ゴブリンたちが無造作に弄んでいる。

 下の方は脱がされていない。辛うじて、まだ乱暴されてはいないように見えた。

 けれど、スカートはまくれ上がり、思い切り足を広げられて、ショーツが丸見えの体勢にされている。

 つまり、集団での強姦現場そのものというわけだ。


「レイプや強姦、ましてや大人数で女の子ひとりを嬲るなんて、オレは許さんよ」


 気がつけばミノタウロスになっていたオレだけど、中身までモンスターにはなりたくない。理性を失くしたケダモノになるのはごめん被る、ということだ。

 ケンカはまだいい。でも、レイプはダメ。

 あまりに普通な倫理観。当たり前なことだとオレは思う。

 でもゴブリンたちからしてみれば、レイプはなんの問題もないらしい。

 ふざけんなコラ。


「現場を押さえたからには、お前たちは全員潰す」


 モンスターの、種族による価値観の相違?

 そんなもの知ったことか。

 オレの価値観じゃあ、強姦野郎は塵になって消えるべき存在なんだよ。

 だから目の前のゴブリンどもを、塵になるまでぶん殴ろう。

 改めて、オレは拳を握って、腕に力をこめる。

 ゴブリンどもも、凶器を持ち出した。ナイフを出し、棍棒や木刀を振るって威嚇してくる。

 言うなれば、クラスの生徒半分が凶器を持って睨みつけてくるイメージ。

 でも不思議と全然怖くない。

 ゴブリンを雑魚と思っているから?

 昨日、同じような状況でも何とかなったから?

 根拠はなんだっていいよ。

 やることは変わらないからな。

 細かいことはいい。気に食わないからぶっ飛ばす。


「それだけだ」

「グヘ!」

「グア!」


 一歩大きく踏み込んで、拳を振るう。

 腕の届く範囲にいたゴブリンが1匹、オレの拳で顔をひしゃげさせながら倒れ込む。

 腕を振り下ろしてかがんだ身体。元に戻る反動で、別の奴の股間を蹴り上げた。そいつも立てなくなるが、同情なんてこれっぽっちも湧いてこない。

 これで2匹。


「このやろ、ブヘェ!」

「てめ、ブホ!」


 威嚇する暇があるのかよボケが。

 続けて振るった大振りパンチでさらに1匹、小さなゴブリンの身体を殴り飛ばす。

 吹き飛ばされた仲間に巻き込まれてさらにもう1匹。

 その2匹をまとめて蹴り飛ばしてやった。

 計4匹がダウン。


 ガラガラガッシャン!


 教室の隅に寄せられていた机と椅子の山に突っ込んで、ゴブリンが埋もれてしまう。

 はっは。愉快愉快。

 内心で大笑いしていても、実際には声を出していない。淡々と、1匹1匹、しっかりと攻撃を当てて、ゴブリンたちを無力化していく。腕力や頑丈さの違いなのか、ミノタウロスの剛腕一発でダウンさせることが出来た。

 なのに、ゴブリンたちはオレに突っかかるのを止めようとしない。昨日に続いてこれだけやられていても、こいつらはまだ勝てると思ってやがる。


「くそ。囲め、囲んじまえ! 後ろから張りついて動きを止めろ!」


 まるで作業をするかのように仲間が潰されていくのに焦ったのか。ゴブリンの1匹が激を飛ばす。まぁその間にもう1歩踏み込んで、そいつを呻く暇もなくぶん殴ってやった。

 これで5匹目。

 でも他のゴブリンどもが動く隙はできたみたいで。


「調子に乗るんじゃねぇぞ、ミノ野郎が!」

「切り刻んでやるからよぉ!」


 背中の方に回り込んだゴブリンが2匹、オレの動きを止めようとしてしがみついてくる。さらに、手にした棍棒で小突いてきた。地味に痛い。

 ミノタウロスの身体が頑丈だといっても、痛みを感じないわけじゃない。相手が細腕のゴブリンでも、攻撃されればそれなりにダメージがくる。もちろん、されるがままでいるつもりはさらさらない。


「うらぁ!」

「フォッ!」

「フギャッ!」


 まとわりつく奴らを思い切り振り解く。腕を回して、しがみつく力をゆるませて、背中に回った2匹を背負い投げの要領で叩きつける。同時に、襲い掛かろうとしていたゴブリンを1匹巻き込んで、揃って意識を失わせた。

 これで8匹。

 20匹以上いたゴブリンの集団があっという間に半分ちょっとまで減った。

 これが人間の頃だったら、いくらムカついたとはいっても立ち向かう勇気も気力も湧かなかったに違いない。たったひとりで20人以上の相手に立ち回ろうなんて、妄想もいいところだ。

 でも、今のオレはミノタウロスで、相手はゴブリンだというのが、無理だとか怖いだとかいう感情を起こさなくしている。きっと「ゴブリンは雑魚」という、ゲームにありがちな先入観がそうさせているんだと思う。

 同じ学校に通う生徒をボコボコにしている、と言えなくもない。

 強姦魔が許せないから私刑に走ってるだけにも思える。

 でも、相手がモンスターだ、ゴブリンだと思うと、気が楽になる。不思議なもんだ。


「ゴヘェ…・・」


 9匹目。腹に拳をねじ込んで、えずいたゴブリンを踏みにじった。

 こいつが持っていたナイフが手から落ちた。蹴り飛ばして遠ざける。


「ちょ、ギャワ!」

「ひっ、ギャッ!」


 10匹目。ゴブリンのナイフが届くより前に、カウンターを叩きこむように顔面へパンチ。拳に、相手の歯が砕けたような感触が伝わってくる。

 11匹目。振り抜いた腕の勢いで、反転するように裏拳を見舞う。これがゴブリンの顔面にめり込んで、さっきの奴と同じように歯を砕かれながら吹き飛んでいく。


「ちょろいな、お前ら」


 手首を回し、振るいながら、さも片手間でのしてやったとばかりに煽ってやる。

 教室の中には、ノックアウトされたゴブリンたちが死屍累々と横たわっている。いや、廊下で出くわした奴も投げ込んでやったから、全部で13匹か。

 さすがに危機感を覚えたのか。数を半分に減らしたゴブリンたちは、むやみやたらと突っ込んでは来なくなった。暴れるオレを避けるように、教室の端へと移動して、オレを睨みつけている。

 机の上で拘束されたままの女の子を背にして、彼女を守るようにして立つ。申し訳ないが、まだ彼女を解放させるほどの余裕がない。せめて無理やりはだけられた胸元と肌を隠せるよう、オレはブレザーを脱いで、彼女にかけてあげる。


「なぁ。お前、どうしてそんなにキレてるんだよ。マジでその女お前のもんなの?」

「違う。昨日、襲われているのを助けた時に初めて会った娘だ」

「わけ分かんねぇ。お前に何かしたか? 俺たちがその女を襲ったところで、お前には何の関係もないだろうがよ」


 少し冷静になったのか、そんなことを尋ねてくるゴブリン。

 オレとしては、何を咎められているのか理解できない。実際に助けに入るかはともかく、女性が襲われている現場を見てしまえば、気分が悪くなるのは当然だと思っている。

 けれど、そんな感覚はモンスターらしくないようだ。心底、理解できない。そんな感情が、ゴブリンの声音からなんとなく感じ取れる。

 中身が人間の頃のままなオレと、他のモンスターな生徒たちの違いを痛感してしまう。

 もう、確定だと言ってしまっても、いいかもしれない。

 人間のほとんどがモンスターに変わってしまったこの世界では、その性格や精神はモンスターの外見とほぼ一致する。

 ゴブリンは、徒党を組んでこざかしく動き、本能に任せて女性を襲う小悪党。

 オークは、性欲が旺盛、粗野で野蛮、体格の大きい醜悪な小者。

 ミノタウロスは、獰猛で凶暴、怪力を持ち、やっぱり獣欲に満ちた乱暴者。

 小さな差異はあるものの、おおよそはその認識の中に納まる。

 共通してるのは、男女問わず人間をないがしろに扱って、食い物にしていること。


「女を襲うとか、俺たちだけがやってるわけじゃないだろ。お前らミノタウロスだって、男はぶん殴って、女は犯す。暴力第一の快楽主義者じゃねぇか」


 やっぱり想像していた通りなのか……。

 ゴブリンの口から、ミノタウロスの一般的なイメージを教えられてしまう。

 つまり、オレも一般的なミノタウロスと同じ性格だと思われていて。同じようなことをしているミノタウロスが、なぜゴブリンのすることに目くじらを立てるのか分からなかった。そんなところか。


「俺たちゴブリンは子供を産ませるために女を犯す。ミノタウロスは、単に弄るのが楽しくて女を犯すだろ。お前に強姦どうこう言われたくねぇよ」


 ゴブリンたちが吼える。強盗犯に万引きの注意をされたくないといったところか。お前の方が被害額が高いだろうが、みたいな。

 普通のミノタウロスなら、そうなのかもしれない。あいつらはあいつらで、オレの人間っぽい価値観が理解できないんだろう。

 でもなぁ。


「あいにくオレは、中身までミノタウロスじゃないんだわ」


 妙に暴力的に、と言うか、実力行使を良しとするようになっている。それはオレの精神が、ミノタウロスの性質に引っ張られているのかもしれない。

 でも、女を弄って楽しむような性癖までは持ち合わせていない。


「こう見えても、女には優しいんだ。例え襲ってる奴がオレと同じミノタウロスだろうと、ぶっ飛ばす」


 オレにしてみれば、当たり前の価値観だ。

 とは言うものの。モンスターとしては奇天烈な主張なのかもしれない。

 案の定、ゴブリンたちが反発の声を上げる。


「……わけ分かんねぇ」

「正気か? 狂ってるんじゃねぇかコイツ」

「そもそも、人間の女を襲うなんてどこでもあることだろうに」

「ここじゃなくてもどこかでヤるし。俺らじゃなくても、ゴブリンがオークが、お前と同じミノタウロスが、誰かがどこかでヤってることだぞ」

「お前、全部に顔を突っ込む気かよ。それこそキリがねぇだろうが」

「実はこいつ、ミノタウロスの着ぐるみを着てるんじゃ」


 最後のゴブリンの言った、着ぐるみ云々は当たらずとも遠からず。

 中身は人間の男のつもりだからな。

 もちろん、ゴブリンどもはそんなことは分からない。


「どうするよコイツ」

「正直、相手にしたくねぇ」

「でもよぉ。ほっといたら、いつまで経っても邪魔してくるぜきっと」

「だよなぁ」

「ここで潰しておいた方が後々面倒がなくていいよな」

「じゃあ、本気出すか」


 気のせいか、残ったゴブリンたちの目つきが鋭くなったように思える。

 奴らの手にした凶器、ナイフや棍棒がオレの方に向けられて。

 襲い掛かってきた。


「死ねオラァ!」


 思い切りよく突っ込んでくるゴブリン。さっきまでと同じように、捻りもなく。

 さんざん仲間が潰されてきたのに学習できないのか。

 これまた同じように、拳を振るってなぎ倒そうとする。

 だが先行してきた奴は身をかがめてパンチを避けてみせた。

 そして。


「シャラァ!」

「くっ」


 パンチをすかされて、伸びきった腕に一閃。ゴブリンのナイフが振るわれる。

 ワイシャツ越しに切りつけられる鈍い痛み。

 袖に守られて切れてはいない。けれど刃物が押しつけられて、引き、傷つけようとする動きはしっかり伝わってくる。

 かがんだ相手に膝を見舞う、つもりが。それもかわそうと身をひねるゴブリン。

 けれど避けきれず、奴の腕に当たる。勢いに負けて、ゴブリンが体勢を崩した。

 そこにもう一発奮って沈める。つもりが。


「ヅアラッ!」

「死にやがれ!」


 次のゴブリンたちがかかってくる。

 奮われた棍棒を、殴り掛かる前の腕で受け止める。少し痺れた。

 動きが止まったところに、さらにナイフが突きつけられてきた。

 辛うじて身をよじり、かする程度のダメージに留める。


「くそがぁ!」


 拳を握って、腕に力をこめる。

 腰をひねり、反動をつけて、両腕でラリアットをするように思い切り回転。


「グベッ!」

「グホッ!」

「グヒァ!」


 なまじ接近していたのが幸いした。裏拳を叩き込み、ミノタウロスの太い腕が喉を狩って、顎先を潰して、ゴブリンたちの意識と身体をまとめて吹き飛ばしてみせる。

 3匹追加。

 これで合計16匹。

 だがラリアットをくぐり抜けて、さらに襲ってくるゴブリンども。


「いただきだぜ」

「切り刻んでやるよ」


ナイフが次々と、オレの腕を、腹を、足元を切り裂いてくる。

 大きな傷にはならない。

 でも、痛い。すごく痛い。

 しかもヒットアンドアウェイに徹して、残りの奴らが入れ代わり立ち代わり、隙を窺いながら襲ってくる。前後左右から牽制しつつ、意識の外から、ナイフが棍棒が、オレの身体を切り裂き、殴打する。


「クソッタレが」


 ゴブリンども、生意気にもチームワークを駆使してきやがる。ちょろちょろと動き回って、少しずつダメージを与えてくるのが煩わしい。

 ミノタウロスの身体が頑丈でも、切られれば皮が裂けるし血もにじむ。殴られれば筋肉がきしみ、疲労も溜まる。

 散々攻撃されるから、制服は切り刻まれて、ゴブリンたちのナイフが肌に直接通っていく。さらに叩きつけられる棍棒が傷口を広げて、にじみ出る血で白いワイシャツをどんどん赤く染めていく。

 イライラ、しやがる。


「いい加減に、しやがれっ!」

「ゲボッ!」


 それでも、意識はハッキリしていた。ゴブリンの力じゃ皮一枚より奥までナイフが届かないのか、血まみれの見た目の割には、死にそうな気持ちにはならない。ミノタウロスの頑丈な身体に少しだけ感謝する。

 感謝するのは頑丈さだけじゃない。パワーにもだ。

 ゴブリンが相手なら、一発当てるだけで即ノックダウンさせられる。つかず離れず煩わしいゴブリンたちに手を伸ばし、腕を振るい、足を振り上げて、1匹ずつ潰していく。

 どれくらい時間が経ったか。

 気がつけば、残ったゴブリンは4匹。20匹ちょっといた奴らの8割が、教室の床の上に横たわり、うずくまっている。呻いていたり、気絶していたり。とにかく戦意を失くしていた。

 それは残った奴らも同じようで。


「おいおいマジかよ」

「いくらミノタウロスが筋肉バカだっつっても……」

「これだけ血まみれでボロボロになっても折れねぇって、タフ過ぎんだろ」

「そこまでして人間の女を守ろうとするとか、わけが分かんねぇ」


 ゴブリンの価値観からすれば、文字通りここまで身を削って他種族の女に肩入れするのが理解できないものらしい。オレだって、集団で女を襲って嬲るのを笑って楽しめる神経は理解できない。他人のことは言えないだろうに。

 ……あぁ。今のオレはモンスターだったか。


「あれ」


 少し意識を変な想像に向けていたら。

 目の前にいたゴブリンたちの残りが4匹とも姿を消していた。

 気づくと同時に、教室の扉が閉まる音。あと廊下を駆ける音が遠ざかっていく。

 どうやら、逃げ出したらしい。

 いや待て。もっと仲間のゴブリンを連れてきて、オレを袋叩きにするつもりかもしれない。さすがにこれ以上は勘弁願いたい。

 今のうちに女の子を自由にして、この場から逃げ出そう。

 そうと決まれば早速。

 血を流したせいか、少しふらつく身体に鞭を打って。女の子に近づく。

 机の上に寝転がされ、手足をくくられている。さらにネクタイで目を覆われて、口もふさがれていた。

 身動きができず、視界を遮られ、声も出せない。そんな状態で、いつ犯されるか分からないまま弄られていた。その恐怖はオレが想像を超えるものだったんじゃないか。


「今から縄をほどく。じっとしててくれ」


 そう言いながら腰をかがめ、机の脚ごと手足を拘束している縄を解きに掛かる。小さくて固い結び目に苦戦しながらも、縛りつけられていた彼女の手足を解放した。努めて優しく抱き支えながら、彼女の身体を起こす。

 机の上に座らせたところで、身体に掛けていたオレの上着が落ちてしまう。

 ブラウスごと引きちぎられたのだろう。胸元が露になる。女子生徒の胸、という邪な気持ちよりも、「酷いことをしやがって」という憤りの方が強く湧き出てくる。

 大柄なオレのブレザーなら、上半身をすっぽり隠せるだろう。改めて彼女に上着を掛けてやり、正面を隠すように促す。彼女はオレに言わるまま、されるままだ。


「目と口のも、外すぞ」


 封じられていた視界と声も取り戻した彼女。

 けれど、まだ恐怖心が勝るのか。

 きゅっ、と目をつむり。口をつぐませ。うつむいたまま。

 ……平気か、って尋ねるのは違うな。どう見たって平気なわけがない。貞操までは奪われてないみたいだけど、それを不幸中の幸いと言うのは、デリカシーがなさ過ぎる。

 オレは、彼女の手を包み込むように握る。

 びくりと、彼女は彼女を震わせた。けれど、それ以上の反応は見せない。


「これ以上、もう酷いことはされない。ゴブリンどもは潰してやった。もっとも……」


 昨日と同じように何匹かは逃がしちまったが。

 そう言うと、彼女はうつむいていた顔を上げて。


「もしかして。厨子さん、ですか?」

「……ミノタウロスが怖いなら、目をつむったままでいいぞ?」


 おそるおそる、口を開いて訪ねてきた。

 こちらに目を向けてくる前に、オレは彼女の視界を遮る。ミノタウロスの大きな手のひらは、額から鼻先まですっぽりと隠してしまう。


「オレが屋上に誘ったせいで、それを聞いた奴らが待ち伏せしてたらしい。それなら、今日襲われたのはオレが原因でもある」

「そんなことっ」


 ごめんな、と謝るも。

 彼女は、視界を覆う手を握って、動かし。

 ミノタウロスのオレの顔を、正面から見つめ返してきた。


「厨子さんのせいじゃありません。むしろ助けてくれて、こんな、怪我して……」


 ゴブリンどもに切りつけられて、殴られて。オレの恰好はかなり血まみれだ。彼女は痛ましそうにオレを見て、涙ぐむ。


「大人数で女を襲うような奴らが気に食わなかったから、ゴブリンの群れに突っ込んだんだぞ。だから傷を負うくらいは分かってたことなんだよ。だから、そこまで気に病むな。な?」


 なだめるように、労わるように。つかまれた手とは逆の手で、優しく、彼女の頭を撫でる。傷つかないように、力を抑えて、慈しむように。


「でも、私、厨子さんがミノタウロスだからって、勝手に怖がってしまって」

「あー、やっぱりそうなんだ。でも、仕方ないでしょ。こんな牛面に近寄られたら、そりゃあ怖くなるよ」


 泣くな泣くなと、どうにかなだめようとするオレ。

 だけどオレがそうしようとすればするほど、なぜか彼女は涙を浮かべてしまう。


「厨子さん。厨子さぁん……」

「え、あ、おい」


 血がにじんでボロボロになったオレのワイシャツにすがりついて。彼女は本格的に泣き出した。

 おい、一体どういうことだ。

 ただ襲われたからだけではなさそうな感じ。訳が分からずオレは戸惑うばかり。

 名前を呼ばれてまですがられたら、何か力になりたいと思うの必定。

 でもここにきて、オレは彼女の名前も何も知らないことに気がついて。

 自分のヌケ具合に呆れてしまった。




 -続く-



「ノクターンノベルズ」から移動した第5話。

第9話までは毎日投稿します。

評価や感想などいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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