02:折り目正しく振る舞おうとするミノタウロス。
学校の正門前に立ち尽くす、オレ的には今日がミノタウロスデビューとなる厨子瞬介。その内心を知るはずもない、たくさんの生徒たちがオレを追い抜いていく。
「はー」
エルフやニンフの女子生徒、オークやゴブリンの男子生徒などなど。どこかのゲームや映画で見たことがあるような、ファンタジーな容貌をした人たちが次から次へと校舎の中へ入っていく。
数は少ないけれど、その中にはごく普通の人間もいた。モンスターの群れに放り込まれてしまった、みたいな光景に、思わず「大丈夫なのか」なんて心配をしてしまう。
まぁ、普通に登校してるんだから、問題はないんだろう。いきなり襲いかかるようなバイオレンス展開は起こらないんだ、きっと。魔物の群れに襲われて、人間の女は蹂躙されるとか、そんなエロマンガやエロゲーみたいな世界ではないようでほっとした。
……オレのパソコンの中とかも、変わってないだろうな。人間だった頃、友人から借りたエロゲーやエロ動画はどうなってるんだろう。
今頃そんなことを考え出して、落ち着かなくなってきた。帰ったらすぐに確認しないと。
エロ動画の女優さんが全員ミノタウロスに変わってたりしたらどうしよう。泣くぞ。牛頭でも号泣してやるからな。ミノタウロスの裸で勃起する自信はない。性癖は人間だったころと同じはずだ。たぶん。
気を取り直して、周囲を見回す。生徒の大多数が人間ではない異形の姿、ファンタジー系のゲームで出てくるモンスターのような姿形に変わっている。男も女も例外なく、だ。
男女の見分け方は簡単。着ている制服の違いで一発だ。
見た目がゴブリンやオーク、それこそオレと同じミノタウロスでも、ズボンにブレザーだったら男だし、スカートにブレザーだったら女だ。
だと思う。
正直、俺には制服以外では見分けがつかない。
例えば、ズボン姿のゴブリンと、スカート姿のゴブリンが歩いている。手をかざして、下半身を隠すようにして見てみると、どちらが男で女なのか、さっぱり分からん。
これはオークでもミノタウロスでも、いわゆる「モンスター系」の見た目をしているのは全部そう。顔だけ見ても性別の判断ができない。
これって、オレだけなのかな。他の人たちは、ゴブリンでもオークでもミノタウロスでも、見ただけで性別や個人が見分けられているんだろうか。
見分けられなかったせいで、知らない間にセクハラをしていたとかで訴えられたら怖い。どうなんだろう。そういう意味で身を守るためにも、判別はできた方がいいような気がする。
でもまぁ、今はズボンとスカートで見分けるしか方法がないんだけど。そもそも、スカート姿のゴブリンとかオークとかミノタウロスとか意味が分からない。オレのゲシュタルトが崩壊しそう。……今さらか。
「それにしても」
校舎へ向かう周囲の学生たちを眺めながら、ひとりごちる。
種族が、あえて種族と言うけれど、偏ってないかね。
まず、男子生徒。
圧倒的に、ゴブリンとオークの率が高い。めっちゃ多い。
次いで、牛頭のミノタウロスとか、犬頭のコボルトとかも目につく。他にもいろいろ種族がいるけど、オレの知識では判別できない。モンスターの種類とか、ゲームレベルでしか知らないからね。
ついでに言うと、人間そのものも数は少ないけれどちゃんといる。それでもごく少数っていう感じだけれど。
次いで女子生徒。
着ている制服から判断するに、こちらもゴブリンとオークが多い。
でも女子全体から見た率としては、男子ほどではないっぽい。その分、エルフだとかニンフだとか、モンスターよりも人間に寄った外見の人たちが多く目につく。
人間の数も、男子より多いように思えた。
その事実に少なからずほっとする。オレとしては、ゴブリンやオークにときめくことはできないのでその点はありがたい。もっとも、外見がミノタウロスなオレにまともな対応をしてくれるのかは疑問だけど。
……それって案外、深刻な問題なんじゃないかな。
人間とかエルフとか、「モンスター」じゃない見た目の女の子が、ミノタウロスをどう思っているのか。自分がこれから取るべき態度とかも、そのあたりによって変わるかもしれない。
種族ごとに、他種族をどう思ってるのかとかも気になるな。そのまま学生のカーストとか上下関係とかにつながってきそうで怖い。
いじめとかに発展したりしないだろうな。ミノタウロスをイジめるってのも、なかなかレベルの高い気がするけど。
もうひとつ気になるのが、ミノタウロスになった自分が種族としてどれくらいメジャーなのかということ。
学校の正門前で観察した限りでは、自分と同じミノタウロスの生徒はそれなりにいる。幸い希少種というわけではなさそうで、悪目立ちせずに済むと分かって安心した。
ゴブリンやオークなどに比べれば数は少ない。でも種族としての割合で見ると、ミノタウロスは多数派に入りそうだ。これにも胸を撫でおろす。
よかった、目立たずにいられる。
感覚は現代社会なのに、状況はモンスターがあふれる異世界ファンタジーになってるんだ。目立たず、周囲に埋もれながら、現状把握に努めたい。
「たかが学校に行くだけなのに、なんでこんなに頭を悩まさなきゃいけないんだ」
我ながら冷静だな、と思いはする。でも実のところはそうでもない。
あまりに突拍子がなさ過ぎて、驚く余裕もなく冷静になっちゃった感じだ。
朝起きてから2時間くらいのうちに、訳の分からないことばかり起きてオレの心臓は限界ギリギリだ。精神と内臓に掛かっている負荷は相当なものだと思う。
今すぐ家に帰って寝込んでしまいたい。マジでそれくらいに疲れてる。もう1回寝て、起きたら、元の世界に戻ってないかな。
……しまったな。現状把握とか意気込む前に、そっちを先に試しておくべきだった。
キーンコーンカーンコーン
訳の分からなことをグルグル悩んでいるうちに、始業前のチャイムが鳴った。
授業開始の10分前。
ボケッとしてたら遅刻する。
と思う間もなく、無意識に身体が動いた。他の生徒たちと同じように、オレも校舎の中へ入っていく。
ミノタウロスになっても、遅刻はいやだとか、先生に怒られるだとか、そういう考えが浮かぶんだな。
外側の見掛けが変わっても、中身はオレのままで変わらねぇのか。
そんなことに気がついて、少しだけ気が楽になった。
人間の時と同じように、自分が所属するクラスに向けて足が動く。いつもと同じ下駄箱、廊下を通って、階段を上り、見慣れた2年A組の教室の前にたどり着く。この辺りも変わりはないらしい。
なんてことを考えている暇はない。校門前でのんびりし過ぎた。少し慌てて、教室後方の扉を開ける。
中に一歩踏み込んだ途端。
うわぁ……。
改めて、異世界に侵食された現実にクラクラする。
オーク、ゴブリン、ガーゴイル、コボルト、ミノタウロス……。いかにもなモンスター顔をしたクラスメイトがずらりと席に座っていた。
クラスの中のほぼ全員が、ファンタジーなゲームに出てくるような異形の姿。
人間の姿をしているのもいるけれど……。ひのふの、男子2人に女子4人。残りの30人弱はモンスター顔だ。
授業直前ということもあって、全員がもう席についている。態度はそれぞれだけど。
その中でひとつだけ空いているのがオレの席。人間だった昨日までと同じ場所。遅ればせながら席に座るけれど、ミノタウロスなオレに誰も違和感を見せない。
また少し絶望する。やっぱり他の奴らから見て、今のオレの姿は普通なんだと。
いや、もう一縷の望みを見出していちいちすがるのはやめよう。こんなファンタジー、夢でしょ、夢だよ夢、とか考えてもキリがない。
覚悟を決めたよクソッタレが。
自分の席から周りを見渡せば。
ゴブリン、ゴブリン、オーク、エルフ、人間、ゴブリン、オーク、コボルト。
……誰が誰だかまったく分からん。
隣の席に座ってる人間の姿の女の子は、昨日までと同じ見知った顔をしている。つまり、皆もモンスター化する前の人間と中身は同じなんだと思う。
でもゴブリンとかオークとか顔が見分けられない。ましてやクラスメイトの名前を思い浮かべて顔と一致するかどうかなんて判断できない。無理。絶対無理。
あの席のあいつの名前はこれとか頭の中で呟きながら、その席に座っているゴブリンを眺めてみる。でも本当に同一人物なのか。誰が誰なのかもさっぱりだ。いっそ新しく転入してきたつもりで関係を作り直した方が楽かもしれないぞコレ。
まぁそうしたとしても、その転入先はモンスターばっかりの学校なんだよなぁ。オレもモンスターのひとりだけど。
前途多難。
思わず溜め息がこぼれてしまう。
人間だった頃の記憶を頼りにクラスメイトの名前と顔を思い出そうとしたり、自分や周囲のことを考えたり。悶々とそんなことを思い巡らせているうちに、気がついたら授業が終わっていた。
授業の合間の休み時間。教室の中が賑やかになる。学生である以上、こういったところは人間でもモンスターでも変わらないようだ。
変なところに感心していたら、近づいてくるクラスメイトがひとり。
犬頭のコボルトに、話し掛けられた。
「おい、今日はどうしたんだ。ピシッと真面目に制服着て。何かあったか」
「え?」
……誰だか分からねぇ。
種族はコボルト。犬頭だ。人間だったころの面影なんてこれっぽっちもない。
ないはずなんだけど、うっすらと、こいつだっていう顔と名前が頭の片隅に浮かぶ。
出てきそうで出てこない。気持ち悪い。
「いやマジでどうした。すっげぇ顔しかめてるけどよ」
「えぇ?」
分かるの? 今のオレがどんな表情してるのか。
ミノタウロスだよ?
見分けられるほど表情の変化あるの?
それはいい。とりあえず置いておく。
それよりも今は、目の前のクラスメイトの名前だ。思い出せ。
名前の断片をキャッチした。「き」。き、「木」か。木がつくんだ。
き、きき、き。
木がつく名前。き。「なんとか木」だよ。
あ、分かった。
「すまん。何でもない。夢見が悪かったのか、頭を打ったのか、朝からどうにも頭がおかしくて」
「マジかよ。災難だな」
何食わぬ顔で会話を続ける。
よし、名前が分からなかったとは思われていないはず。ギリギリセーフだ。
しかも心配してくれている。事情は知らないとはいえ、その気遣いが身に染みる。
「心配かけたかもしれん。ありがとな、宇津木」
「宇津木って誰だよ。俺は朽木だ」
……アウトだった。
「クラスメイトの名前を間違えるほどイッちまったか。無理しねぇで寝てた方がいいんじゃねぇ?」
「……そうかもしれん」
もう1回寝て起きたら元の世界に戻らないかな。マジで。
「制服も、ミノタウロスらしからぬきちんとした着方してるし。別人かと思った」
少なくとも外見は別人だよね。オレの感覚からすればだけど。
いや、この場合は中身が別人と言った方が妥当なのかな。
目の前のコボルト君的には、えらく様変わりしているように見えるんだろう。着ている制服を正して大人しくなった不良みたいな感じで。
未だに誰だか分からない、目の前のクラスメイトを観察してみる。
コボルトのイメージは、犬の頭をしていて、体毛が濃いめ。凶暴かつ残酷な気質で襲いかかってくる。そんなもの。情報源は主にゲームだ。
この親切なコボルト君は、鋭い目や顔の作りから少し怖い印象を覚える。口も悪い。けれどオレに向けてくれる気遣いは、ひと括りに「モンスター」として見ることはできない。種族はどうあれ、個人個人の性格はそれぞれだということだろうか。
じゃあ昨日までの彼、人間だった頃の彼はどういう奴だったか。これが思い出せない。
なぜだ。呼び間違えはしたけどニアピンで名前を思い出せたんだから、性格とかも思い出せよオレ。
頭の中であれこれ考えながら、他愛もない会話をしているうちに。次の授業開始のチャイムが鳴る。名前を間違えてしまったコボルト君も自分の席へと戻っていった。
ほどなくして先生がやってきて、授業が始まる。
教科は数学で、先生はサイクロプスの一つ目巨人だ。
ちなみにさっきの授業は現代文で、先生は豚顔のオークだった。
巨体をかがめて黒板に数式を書くサイクロプスとか、地味にいい声で朗読するオークとか、ちょっとイメージが違う。今の現実にオレが追いつけてないだけだろうけど。
イメージというと。それぞれの種族に対する特徴やなんかも、おおむね想像できる範囲のものになっている。
ようするに、ゲームなんかで見たことがあるような気がする程度のもの。
つまりテンプレだ。
こういっちゃなんだけど、ゴブリンは見るからに小物っぽいし、オークも何だか好色なオヤジが息を荒くしているような印象を受ける。
先入観は置いておいて。
コボルト君のことを思い出せなかった。それじゃあ他のクラスメイトのことはどうだろうと、思い出そうとしてみる。
……ダメだった。
思い出せるのは、どうにも漠然としたものばかり。ひょっとしてミノタウロスになったせいで頭が回らなくなったんじゃないかと恐怖を覚えたぞ。
とはいえ、何も思い出せなかったわけでもない。
例えば、自分のすぐ前の席に座っている男子生徒。人間だった頃、こいつはものすごく横柄な態度を取る奴で、女の子に馴れ馴れしくて、あげくセクハラ問題を起こしたこともある困った奴だった。
それが今では、豚顔のオークになっている。
観察してみると、こいつは種族を問わず女子にちょっかいを出してはブヒブヒと息を荒くしている。言動を見る限りでは、人間の時とオークの時とで中身が一緒のように思える。
オレにとってオークのイメージは、友人から借りたエロゲーに出てきた奴なんだよね。女の子に興奮して襲うような、性欲過多なモンスター。偏っている自覚はあるけど、ある分野においてはテンプレなイメージだと思う。
目の前の席の彼は、まさにそのイメージそのものだった。
あと、何をするにも集団で行動するクラスメイトたちがいた。それが悪いとは思わないけれど、何かの時には集団でプレッシャーを掛けてくるんで煩わしいと思っていた。
そいつらは今、ゴブリンになっている。
モンスター化しても群れを作って、何をするにもいつも一緒みたいだ。これも、オレが持っているゴブリンのイメージと合っていた。
ゲームなんかでは、ゴブリンは雑魚キャラ扱いされることが多い。そんな印象を持っているせいか、ゴブリンの姿になったクラスメイトたちが群れているのを見ると、やけに小物っぽく見えてしまう。これはオレの思い込みゆえに侮りみたいなものが生まれてるのかもしれない。
それはさておいて。
ゴブリンなりオークなりミノタウロスなり、どの種族もオレが持ってるイメージと大差がないんだろうか。それに加えて、モンスター化したことで、クラスメイトたちの内面が、表に現れているように思えた。
でもそうなると、オレの内面がミノタウロスみたいってことを認めることになるんだよな。
ミノタウロスは、粗野で凶暴で体力バカというイメージがある。実際、同じクラスにいるミノタウロスたちはそんな感じだ。一緒にされたくないなぁ……。
でも、だからこそ、オレの服装や態度がおかしく見えたらしい。自分では普通にしていたつもりなんだけど、それがかえって不自然に見えていたとは思わなかった。
ミノタウロスらしくない、ってなんだよ。そんなこと言われるとは露にも思わなかった。
クラスの中にいる、オレと同じミノタウロスをチラ見する。
言われてみると確かに、制服を着崩している奴ばかりだった。ブレザーの前は当然のようにボタンは留めず、ワイシャツも盛大にはだけさせて、無駄にムキムキな胸板をさらけ出している。単にワイシャツに収まりきらないだけかと思ってたけど、それってミノタウロス流のファッションだったのか。
で、そこから外れた格好のオレが変に見えたと。
あれかな。いつもバリバリの不良ファッションだった奴が、ある日いきなりピシッとまともに制服を着て登校してきたみたいな。例えとしては逆だけど。
オレは恥ずかしくて出来ないよ、あんな格好。どれだけ胸板の厚さに自信があるんだ。いやまぁ実際に厚いんだけどね、ミノタウロスの胸板。でも自分から見せにいくメンタルは、オレにはない。
オレがミノタウロスなのは見かけだけなんだ。胸板をさらけ出すよりも、ちゃんとワイシャツのボタンを留めていた方が落ち着く。別にミノタウロスが全員、ワイシャツをはだけさせて胸板アピールしなくてもいいでしょ。それは他のミノタウロスに任せるよ。
ともあれ。
何度目か分からないけど、ともあれ。
種族によって制服の着方も違っているらしい。
自分の服装を指摘されたことで、新しい事実に気がつけたのは幸いだ。
……幸い、なのかなぁ。
こんな状況にある時点でもう、幸いとかそういうレベルじゃないよ。
また溜め息が出そう。
教室に響く力強い板書の音が、オレの精神をささくれ立たせる。
やっぱり、サイクロプスな先生が教鞭をとる姿に慣れることはできなかった。
放課後。
現実逃避をするかのように黙々と授業をこなして、この日は終わった。
「疲れた……」
ミノタウロスという種族にふさわしい、太く盛り上がった腕と肩をぐるぐる回す。人間だった頃はゴキゴキと音が鳴っていたものだけど、種族的にマッシブになったせいかそういったこともない。まぁ、精神的な疲労から普段の行動をなぞったということで。
今日1日授業を受けてみて、思ったことがある。それは、人間だった昨日までの知識や学力は、ミノタウロスになった今でも引き継がれているということ。
良かった。本当に良かった。
勉強して頭に刻み込んだものは決して裏切らない。
どこかで見たか聞いたかしたその言葉は本当だったんだと痛感した。
あと、周囲の反応から気がついたことがもうひとつ。
真面目に授業を受けていたオレが、周りの面々には奇妙に映っているらしい。
遠巻きにオレを見て、何やらヒソヒソ言ってやがるゴブリン女子の集団がいる。聞こえてんぞお前ら、言いたいことがあるなら面と向かって言ってみろ薙ぎ払うぞコラ。
いや待て。ミノタウロスだからってすぐ腕力に頼ろうとするのは良くない。
キレるなオレ。
理性的に、クールになれ。
深呼吸、深呼吸。
……よし。
話を戻すと。
どうやら、ミノタウロスが真剣に授業を受けているというのが珍しいらしい。種族的に。
でっかい身体を机に縛りつけてじっとしてられない、みたいな。そんなイメージがあるんだろうか。
確かにそう言われると分からんでもない。勉強机にじっと座っているミノタウロスを想像すると、ちょっとシュールな感じがするし。
実際のところ、種族それぞれに対するイメージみたいなものはやっぱりあるみたいで。ミノタウロスといえば、粗暴で力任せでちょっと怖い、という存在みたいだ。
ちなみに同じクラスにいる他のミノタウロスは、授業なんかまともに受けていなかった。周りのクラスメイトと喋ってるか、寝てるか、教室から出ていくか、そんな感じ。崩壊学級かよ。
ミノタウロスのイメージを身をもって体感したのが、隣の席の人間の女の子。
彼女が筆入れを落として、オレが拾った。それだけで、ビクッと、怯えるような態度を見せたんだよね。
おまけに拾った筆入れを渡そうとしたら、驚かれた。
最後に目を合わせたら。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
いきなり謝り出して。
いやいや、貴女、謝るようなことしてないでしょ何も。
なんて声を掛けようとしたら、彼女はその場から逃げ出してしまった。
残されたオレは、拾った筆入れを手にしたまま呆然。
これはちょっと、ショックだった。
あまりにショックだったので、誰もいない場所を求めて教室を出る。
拾った筆入れは彼女の机の上に置いておいた。
独りになって心を落ち着かせようと、オレは屋上へやってきた。
校舎の一番上から学校中を見下ろして、溜め息をつく。
「……そうか。ミノタウロスって、怖いんだな」
いや、分かるよ。うん。顔がいかついもんな、ミノタウロス。至近距離で見るのはさぞ恐かろう。頭では理解できるよ。オレのハートはダメージを負ったけど。
というか、ミノタウロスに限らないだろコレ。
同じ学校の生徒として、ミノタウロスだけじゃなく、ゴブリンだってオークだっている。大きい括りでいえば、モンスターと呼ぶべき種族の生徒の方が圧倒的大多数だ。
どうして、人間が一緒の学校に通ってるの?
どうして、モンスターたちに囲まれながら勉強してるの?
怖くないの? オレだったら超怖くて登校拒否待ったなしだよ。モンスターの中で人間がオレひとりとか、即転校ものだよ。人間だけの学校に転校するよ。
というか、人間だけの学校ってないの? 人間だけをひとつの学校に集めた方がいいと思うんだけど。
ゲーム的な考え方をすれば、オレたちモンスターな生徒は、ひょっとすると数少ない人間たちの経験値として存在するのかもしれない。
卒業までに、モンスターの姿をしたクラスメイトたちがどんどん狩られていくとか。
君たちはこれから死んでもらいますってか。
自分の想像ながら怖いぞ。
「もう分かんねぇことだらけだよ」
今さらだけどな。
おまけに何度目の言葉か分からん。
屋上の柵にもたれ掛かり、これまた何度目か分からない、長い長い溜め息。
夢ならさっさと覚めてくれマジで。
でも覚める気配なんてまるでない。しかもリアル過ぎるんだよなぁ。
屋上から見下ろす景色。学校特有の、放課後の賑やかさが見て取れる。
帰宅する奴らや、部活の準備をしている奴らがあちこちで動いている。
ありきたりな光景だと思う。
でもそのほぼ全部が、モンスターの姿をしてるんだよね。超シュール。
サッカー部と野球部が、声を出して走り始めた。ゴブリン、オーク、コボルト、サイクロプスなど、メンバーは種族も色々でバラエティ豊かだ。種族同士でケンカとかないのかな。いやそれ以前に、小柄なゴブリンと巨人のサイクロプスが同じフィールドでサッカーをするってどうなんだろう。ルール的にいいのかそれ。あと野球だったら、ゴブリンとサイクロプスで同じバットを使ったりするのかな。
ぼーっとしながら、思いつくままに下らないことを考える。
モンスターでいっぱいな放課後の様子を屋上から眺めていたら。
「ん?」
人目のつきにくい、校舎の陰になっているところ。屋上にいるからこそ目に入った一角。そこで、ゴブリンの集団が何かをしている。
それだけなら気に留めるようなことじゃないけれど。
群れの中心に、縛られている人間の女の子がいた。
「なんだあれ」
縛られた女の子は必死に暴れているように見える。
そしてゴブリンどもが、その女の子を殴りやがった。
「おいおいマジかよ」
婦女暴行の現場を目撃してしまった。
というかこの世界、もしかしてファンタジー系陵辱エロゲーの世界なのか?
そう考えた途端、思わず合点がいってしまった。そりゃあ怖がられるよ。
ゴンッ
無意識に、屋上の柵を殴りつけていた。少し、柵に歪みができる。
ものすごい不快感が、腹の奥からこみ上げてくる。女の子に多人数で襲い掛かり、陵辱するような輩を毛嫌いしているからだ。知らずに友人から借りたその手のエロゲーもすぐに返しちゃったし。基本的にラブラブなものが好きなんだオレは。
趣味嗜好や性癖は人それぞれだと思っている。自分の関知しないところで起こる犯罪まがいなことにまで憤ったりはしない。
でも実際に目の当たりにしてしまったら。
見ないふりをするのは気分が悪い。
放置するのもオレの精神衛生上よろしくない。
「ミノタウロスの力に初めて感謝することになりそうだ」
オレは急いで屋上を出る。
向かう先は、ついさっき見下ろしてた校舎の陰だ。
-続く-
「ノクターンノベルズ」から移動した第2話。
第9話までは毎日投稿します。
評価や感想などいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




