10:女の子と青春のひと時を堪能するミノタウロス。
ミノタウロスのオレが、人間族の女の子に懐かれた。
中身が人間の感覚のままなオレがどう感じているかはさておいて。周りから見れば、それはとても奇異なものらしい。
まず何より、高槻さんのクラスメイトだという女の子3人がオレを警戒しまくっている。高槻さん本人に「この人はいいミノタウロスなんだよ」みたいな説得をされても、信じ切れていない様子。いや、彼女のこと自体は信頼しているんだと思うけど、オレのことが信用するに至らないと言うべきか。
彼女たちにしても、いままでミノタウロスの振る舞いとかを見てきているだろうから、そう簡単には受け入れられないと思う。虐げられている人間族としては、むしろ警戒するのが普通のことみたいだから。
だから、面と向かって怯えられて、睨まれて、怖がられても、仕方ないと割り切れる。
見えない胸の内ではハートがボロボロだけどな。
でもそれはオレの勝手であって。人間族だというだけで、これまで散々酷い目に遭ってきただろう彼女たちには、なんら関係がないし。知ったことかって感じだろう。
種族じゃない、外見じゃない、中身を見てくれ、とか主張したって「無茶を言うな」というものだ。オレ自身が「ミノタウロスの女はちょっと」とかヌかしてるんだから。説得力なんてあるわけがない。
だから、彼女たちに避けられても仕方ないと思う。
でも高槻さんは、彼女の方から寄ってくる。
しかも朝から。
登校の途中、おどおどしながら周囲を見回し、たたずんでいる彼女を見掛ける。
で。オレの姿を見つけると、途端にすっごく嬉しそうな笑顔に変わるんだ。
「おはようございます、厨子さん」
「おはよう、高槻さん」
元気よく駆け寄ってくる高槻さんに、手を上げながらオレも挨拶を返す。たったそれだけで、彼女はもうニッコニコだ。
挨拶を交わす。きちんと対話する。当たり前と言えば当たり前な、些細なこと。そんなことで微笑んでくれる。それだけで嬉しい。
うん。細かいことはどうでもいいよね。朝から女の子と並んで登校とか、人間だった頃にも経験したことがなかったし。
強いて難点を言えば、ミノタウロスのオレと、人間族で小柄な彼女では、歩幅やら向き合う距離やらがすっごく離れていることだけど。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも」
オレを見上げている高槻さんに、特に何かをいうでもなく。ついつい彼女の頭に手を置いて撫で回してしまう。頭がいい高さにあるので自然と手が伸びてしまう。もちろん、ミノタウロス的パワーが入らないように優しく、優しく。
高槻さんの方は、それを嫌うような素振りは見せない。笑顔のまま目をつむり、撫でられる感触を堪能しているようなのは、オレの思い込みだろうか。とにかく、さほど気にしていないようなので良しとする。
そんなスキンシップを経てから、彼女に合わせて並んで歩く。歩きながらおしゃべりをする。
話している内容は、他愛のない世間話程度のもの。今日の授業が同だとか、人間族の友達がどうだとか、昨日見たテレビがどうだとか。
そのほとんどは、高槻さんがしゃべって、オレが相槌を打つもの。時々オレがツッコミを入れて、話を膨らませることもある。みたいな感じ。
本当に世間話。内容は彼女に任せっぱなしだ。
通学路の途中から、校舎に入って教室の前まで。時間にして20分あるかどうか。どれだけマシンガントークをしたとしても、話せる量なんて高が知れてる。
もちろんずっとしゃべりっ放しってわけでもない。何かを話すでもなく、ただ一緒に歩いているだけの時もある。そういう時は、彼女も無理に話題を探してしゃべるようなこともない。
しゃべっていても、黙っていて、不思議と居づらさや気まずさは感じない。ごく普通のやり取り。朝からとても気分が良くなる。いいね、こういうの。
「また、お昼にね」
「はいっ」
教室前で別れる際に声を掛ければ、嬉しそうに笑顔を見せてくれる。
心が、ほんわかしてくる。
ニヤけてはいないと思う。ミノタウロスのニヤけ顔なんて、相当気持ち悪い部類に入るだろう。人間族から見てどう感じるかまでは分からないけどな。
「……」
「あっ」
「ひゃっ」
「おはよう。琴原さん、相川さん、汐見さん」
ここは教室前。誰と顔を合わせても不思議じゃない。知り合ったばかりの、人間族の女の子たちと会うのも普通のことだ。
高槻さんのクラスメイトで、人間族の女の子たち。彼女らがオレを見る目は、一般的な人間族がミノタウロスに向けるものとさほど変わらない。
つまり、敵意と、忌避感と、畏怖だ。
それでも、オレが高槻さんに手を出していないことから、いくらか対応がマシなのかなと思う。マイナスのものとはいえ、直に感情を向けてくるわけだから。普通なら近づきもしないで逃げ出すだろう。
で、だ。そんな態度の3人を見て、高槻さんが慌ててとりなそうとしたり、オレに謝ってきたりするのがデフォルトになりつつある。そのたびに、「気にしなくていいよ」と高槻さんをなだめるまでがセットで。
オレとしては、女の子との接点ができるのは嬉しい。あまり好意的ではないにしても、彼女たちと絡むことで、襲い掛かるようなモンスターたちに対する牽制にならないかなという思いもある。モンスター的思考で、「オレのモノに手を出すな」みたいな感じで。
見た目がモンスターな生徒や先生たちは、見た目を裏切ることなく思考も価値観もモンスターそのもの。「お前弱い。だから嬲る」みたいな。程度の差はあっても、弱肉強食。弱い奴は何をされても文句は言えない、っていう考え方だ。
人間族は、個体としての力も能力も特に秀でていない、人種的に弱い存在だ。あらゆるモンスターな種族から虐げられているのが現状だ。
ミノタウロスのオレは、虐げる側のモンスターに入ってしまうわけで。
だから、彼女たちの態度に気を悪くしたりはしない。
また後で、と、高槻さんに声を掛けつつ。クラスメイトの3人には挨拶に留めて。
オレは自分の教室に戻っていった。
クラスが違うから、授業中はもちろん顔を合わせない。
授業の合間の休み時間まで教室に押し掛けるような真似はしない。それじゃあまるでストーカーだ。モンスターとは違った意味でヤバい奴になってしまう。
午前中の授業が終わって、昼休み。高槻さんと話をしだしてから、屋上で一緒に昼食をとるようになった。
女の子と、屋上で、一緒にお弁当をつつく。
しかも、高槻さんがオレの分のお弁当まで作って来てくれるんだ。
なんていう、青春のひとコマ。生きててよかった。
これでオレの姿がミノタウロスじゃなかったらもっと……。
オレの外見はさておいて。
屋上のベンチに並んで座り。高槻さんは手にしたバッグからふたつの弁当箱を取り出す。ひとつはオレに作って来てくれたものだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、高槻さん」
掲げるようにして、彼女の弁当箱を受け取る。毎日、きちんと、ミノタウロスの大きな頭を下げて、感謝を伝える。
彼女はそのたびに大袈裟だと言う。でもオレからしたらそんなことはない。女の子がわざわざ作ってくれたお弁当だ。しかも毎日用意してくれる。嬉しくて涙が出そうになる。
実際、母さんに「知り合った女の子が弁当を作ってくれることになった」と伝えたら、泣いて喜ばれた。ニンフの小さい身体でグルグル飛び回りながら。
それもまぁ、さておいて。
ミノタウロスの手で持つと小さく感じるけど、ごく普通のサイズの弁当箱。
うきうきしながら、これまた大きくなった手で布の弁当包みを解く。蓋を開いて、今日のお昼ご飯とご対面だ。
「おぉ……」
2層に重ねられた弁当箱は、片方がおかずで、もう片方がごはん。
ご飯の方は白米が敷かれていて、ゴマがパラパラと。中央には梅干しが。
おかずは、ふっくらとした玉子焼きに、ミニトマト、ほうれん草のおひたし。さらにメインのおかずとしてハンバークが多めに入っている。シンプルだけどさりげなくガッツリ系だ。
「冷凍ものとか、簡単なものなんですけど」
「いやいやいや、そんなことないよ。美味しそうじゃないか」
お世辞とかそういうんじゃなくて、本気で美味しそうなんだよ。多めに入ったハンバーグが、男の子のハートを狙い撃ちにする。もっと言えば個人的に、ほうれん草のおひたしがポイント高い。これもきちんと作っているというんだから、すごい。これが女子力とものなのか。良く分からないまま言葉を使ってるけど。
言葉よりも、実際に食べて反応を見せるべきだよね。
「では。いただきます」
「はい。召し上がれ」
ミノタウロスの大きな手で箸を持ち、いただきますをする。
まず、ひと口ごはんを頬張って。それからおかずに一品ずつ口に運んで、噛みしめる。午前中の授業をこなして、適度に空腹になったお腹が満たされていく。
食べている間は、無言。もくもくと、ご飯とおかずを味わいながら、じっくりと食す。
そんなオレの様子を見ながら、高槻さんはにこにこしている。もちろん、オレのものと中身が同じな自分の弁当を食べながら。
ほとんどおしゃべりをして過ごす朝の時間と違って、腰を据えた昼休みはかなり静か。落ち着いた空気が流れる。ミノタウロスらしくないかもしれないけど、こういうのは心地いい。場を取り持とうとかしなくても息苦しくならない。彼女と過ごす、そんな空気が気に入っていた。
とはいっても、場所は誰でも出入りができる屋上なので。オレたち以外の生徒もいて、思い思いに昼飯時を満喫しているわけだ。ほとんどがモンスターな生徒だけど。
そんな中で数少ない人間族が、オレと高槻さんのランチタイムに同席している。
「なんなのその雰囲気……」
「やり取りがもう、恋人っぽいよね」
「むしろ夫婦なんじゃ、って空気よこれは」
ひそひそ話のつもりかもしれないけど、聞こえてるぞー。
高槻さんの耳にも届いているみたいで。オレの横に座ったまま、顔を赤くして、恥ずかしそうに下を向いている。可愛い。
「それにしても」
感心するのは、彼女たちの行動。
度胸と言った方がいいかもしれない。
人間族から見たら、ミノタウロスっていうのは「腕力任せの凶暴な脳筋」だ。同族の友達が心配だからって、そんなモンスターの前に顔を出せるものだろうか。オレだったらちょっと遠慮したい。
なんて話を振ってみたら。
琴原さんいわく。
「あんなに人間以外のモノに怯えてた都子が、いい奴だって言うんだもの。あんたの言葉は信用しないけど、都子の言うことは信用するわ」
続けて愛川さんが言うには。
「都子がいい人だって言うなら、信じてあげたいけど。やっぱり面と向かっては……」
最後に汐見さんは。
「都子ちゃん、あなたと会ってから笑うことが多くなったんです。でも、ミノタウロスさんはやっぱり怖いし……」
当然と言えば当然の答え。むしろ面と向かって話をしてくれるだけでも大したものだ。
ゴブリンやらオークやら、もちろんミノタウロスなんかも、これまで散々人間族を襲ってきたんでしょ? 男女問わずいろんな意味で。そんな中の1匹が友好的に接してきたら、信用どころか警戒してくるのは仕方ないと思う。
「だから、オレへのみんなの当たり方は当然のことだよ」
これで相手がテンプレ的モンスターだったらどうなってるか。この場でブチ切れて、彼女たちに襲い掛かったりぶん殴ったりしてる。
幸い……、幸い? オレは人間的理性があるから。女の子に手を上げることは躊躇するし、女の子はできるだけ優しくしてあげたいと思う。
でもミノタウロスの身じゃあ、そんなことをいくら口にしても信じてもらえないだろうから。せめて態度で示すくらいしかできない。高槻さんみたいに、分かってくれる相手がいるかもしれないというだけで御の字だ。せめて必要以上に悪感情を持たれないようにはしないとな。
「……」
琴原さん、愛川さん、汐見さんの3人は、まるで「変な奴を見た」みたいな目をして互いの顔を見返す。その反応はちょっと傷つくぞ。
人間族とモンスター。種族の常識と意識の壁は、高くて厚いと痛感した。
そんなお昼時だった。
-続く-
一緒に登校はともかく、お弁当を作ってくれるような女の子はどれだけ実在するのか。
ゆきむらです。御機嫌如何。
実際にどうかは知らないけどね、経験ないからさ!(逆ギレ)
ともあれ第10話であります。
前回の投稿から2週間も開くのは避けたかったので、
書けたところまでを投下して以下次回。
週末には投稿できるよう頑張ります。




