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01:昨日まで人間だったはずのミノタウロス。


ノクターンノベルズで書いていたのですが、

5万字超えてもエロシーンに行かないのでこちらに引越してきました。


 ごくありきたりな毎日を送っていた。昨夜も、いつものように学校の勉強をして、友人からのくだらないメールに返信したり、少しネットサーフィンをしたりしてから、日付が変わる前くらいに寝る。そんな感じだった。

 何か特別なことをした覚えなんてない。

 なのに。


「どうしてミノタウロスになってんだよオレ」


 朝、目を覚まして鏡を見たオレ、厨子瞬介は、自分の頭が牛になっていることに驚愕した。いやマジで驚いた。

 驚きのあまり、手のひらで顔を覆って、確かめるように撫で回す。触れる感触が、ぺたぺた、というよりも、ごつごつという感じ。めっちゃリアル。

 しかも手がすっげぇ色黒い。というか鏡の中の牛頭が、もう黒というか深い茶というかそんな感じだし。肌の色もさることながら、ツノもあって厳つくて、ミノタウロスと聞いて人が想像するだろういかにもな風貌だ。なんというファンタジー。

 寝巻のシャツを脱いでみたら、やっぱり全身がそうだった。

 でも、そんなに鍛えていたわけでもないのに、今の身体はたくましくなってるような気がする。

 ミノタウロス補正?

 いやいやそんな。バカなこと言いなさんな。

 とかなんとかブツブツ言いながら、鏡に向かってポージングをしてみたり。

 腕を曲げ、力こぶを作る。身体をひねって、脇と肩を鏡に映す。

 ……いいじゃん。

 昨日までのオレよりたくましくなってる。理由は分からないけど、これはいいな。

 引き締まってて、盛り上がるくらいの筋肉がある身体って見た目が素敵だな。これからは筋トレとかしっかりやろう。黒光りする、マッチョな身体。不摂生から弛ませてしまうにはあまりに惜しい。

 これで牛頭じゃなければ最高だったんだけど。

 いや、牛頭だから様になってるのか。そもそも人間の姿だったころはたくましいなんて言葉とは無縁だったし。

 ……そろそろ現実逃避も限界だ。

 何度見ても、どんな角度から見ても。

 鏡の中のオレの顔はミノタウロスになっていた。

 一体どういうこったよ。訳が分からない。意味不明過ぎて、思わず思考放棄してポージングとかやってみたくもなるわ。筋肉をたぎらせてポーズを取るミノタウロスが、鏡の中からオレの方を見つめてる。

 あまりのシュールさに少し冷静になってきた。

 溜め息をこぼしながら、足取り重く、昨日までの習慣でトイレへと向かう。

 そこでまたひとつ明らかな変化に気づいた。


「ナニまでデカくなってんのかよ」


 見慣れていた股間のモノが、昨日までよりさらにビッグになっていた。心なしか、用を足す勢いも強いような気がする。

 小便を出し切って、先っぽをティッシュで拭く。触れた感触がダイレクトに伝わってくる。たくましいな。

 手を洗ってから、ついでに少ししごいてみた。

 まだ勃ってる感覚はないのに、すでに手の中でナニが重たい。エロいことを想像しつつ、手を動かして刺激してみると。


「うわ、なんだこれ」


 血が股間に巡って、大きく硬くなってきた。

 こりゃすげぇ。ペットボトルとまではいかないけど、コーヒーのスチール缶くらいの太さになるんじゃなかろうか。長さもあって、反り立つ威容はまさにミノタウロスって感じ。

 すっごいいい加減なこと言ったな今。

 イチモツに気を取られてたけど、ズボンの下もやっぱり色黒で、それなりにたくましくなっていた。

 予想はしてたけど、もちろん股間も。色黒のナニってなんだか迫力があるな。

 それにしても。


「訳が分からない。マジで」


 便座に座って、自分の膝に肘をつく。頭を垂らして、落ち込んでますみたいなポーズでまた溜め息をついた。

 目線が下がって、ミノタウロスのガタイにふさわしくなった自分のナニに目がいく。

 馬並みってやつかよ。今のオレは牛だけどな。

 くだらないことを言いながらまた現実逃避しそうになっていると。


「おい、さっきから何を騒いでる」


 トイレの扉をドンドンと叩く音。一緒に聞こえるのは父さんの声だ。

 やべぇ。

 鏡を見た時より激しく焦る。

 今のミノタウロス姿を見られたらなんて言われるだろうか。イメチェンで通すのはさすがに無理だろ。

 とりあえず「なんでもない」「少し寝惚けてただけ」と押し通して、父さんを追い返す。

 ……気配が遠ざかったのを確認して、またひとつ溜め息。


「どうしろってのよ」


 というか、どうしようもねぇわな。

 ある日の朝、ミノタウロスになってました。

 そんなの誰が理解できるかっての。グレたとかそういうレベルじゃねぇぞ。

 とは言っても、いつまでもトイレの中でうずくまってるわけにもいかない。

 意を決して、未来への道を切り開け。

 まず、目の前のトイレの扉から。

 かちゃりと、少しだけ押し開く。

 さっきまでいただろう父さんの姿はなく、廊下には誰もいない。

 リビングの方から、テレビのニュースの音が聞こえる。

 毎日食事をしている場所。こんなに行きたくないと思ったのは初めてだ。

 奮い立てオレ。未来への道、第2歩。

 父さんと母さんの前に、今の自分の姿をさらす。

 ……いきなりハードルが上がったぞ。

 いや仕方ないだろ。朝起きたらミノタウロスになってたんだぞ。それでも両親の前に顔を出そうとしてるんだから、今のオレはむしろ相当な勇気の持ち主だよ。それでもくじけそうだけどな正直なところ。

 廊下をきしませないようにこっそりと足を運んで、リビングを覗き込む。

 見慣れた室内。

 いつものようについてるテレビ。

 テーブルに並んだ朝食。

 定位置に座っている両親。

 昨日までとまったく変わらないシチュエーション。

 でも、明らかに違うところ。

 父さんがミノタウロスで。

 母さんが羽根の生えた妖精、ニンフだった。


「どういうことだよ……」


 リビングの入口で膝をついて、頭をかかえてしまった。その時に手が触れた自分の角が、現実逃避さえ許してくれない。かんべんしてくれ。

 いやマジでどういうことだよ。おかしいのはオレの頭か。それとも世界がたった一晩で狂っちまったか。


「どうしたの、座り込んで。調子悪い?」


 変わらない、いつも聞いていた母さんの声と、しゃべり方。

 顔を上げると、そこには母さんがいた。

 ……うん、母さんだ。紛れもなく、オレの母さんだと、頭はそう理解している。

 でも、ニンフなんだよ。

 オレの知ってる母さんは羽根なんて生えてないし、こんな妙に若々しくない。年相応におばさんな見た目だったと思うんだけど。というかそれ以前に身体が小さくなってない?

 混乱する頭がぐるぐる回りながらおかしなことを考え続けている。

 なんだろう。この、意識と記憶がズレてるような気持ち悪さ。


「あのさ。今のオレ、変じゃない?」


 未来への道、第3歩。自分の状況を把握せよ。

 意を決して口にする。何が正しいのか教えてくれ。むしろ両親が朝イチから全力でドッキリを仕掛けてるとか、そんな告白をしてくれるなら喜んで受け入れる。ホッとして泣きながら歓喜する自信がある。

 でも現実は非情なようで。


「……朝ご飯の前に、床に手をついてふさぎこんでるのは、変だと思うよ」


 ごもっともです。

 でも今一番変なことは、自分がミノタウロスになってることなんだよな。

 というか母さん、ニンフの外見を裏切ることなく少し飛んでたぞ。水平にすーっと。

 少しだけすがっていた「両親の手の込んだドッキリ」という線がこれで消えてしまった。本格的にオレのゲシュタルトがブレイクしてしまう。


「とりあえず、もう一度手を洗ってきなさい」

「はい……」


 基本的なしつけはしっかりしている性格と、たしなめるような物言いは紛れもなく自分の母親のものだった。

 ウチの母親はニンフだったのかぁ……。

 ということは、父さんはやっぱりミノタウロスなのか。

 ニンフからミノタウロスって産まれるの?

 トンビが鷹を生む、って意味が違うな。言葉の使い方がおかしい。

 でもこの場合どっちがトンビで鷹なんですかね。諺に強い人、教えてくれ。 

 なんて訳の分からないことを考えているうちに、手を洗い、顔を洗って、無意識で洗面所まで行って、帰ってきた。リビングのテーブルに着くのも、いつもの場所。全部無意識。

 うわぁ、やってることが全部昨日までと同じだ。全部延長線上でつながってる。

 自分がミノタウロスになっていて、父さんも母さんも人間じゃなくなってる以外は。


「おい、本当に大丈夫か。顔色が悪いぞ」


 心配そうな声で気遣ってくれる父さん。

 というか、顔色分かるんだ。色黒のミノタウロスな顔なのに。素直にすげぇ。

 顔を向けている父さんを、じっと見つめる。

 うん。どう見てもミノタウロスだ。しかもきちんとスーツを着てる。確かに父さんは会社勤めだけど、スーツ姿のミノタウロスって違和感が半端ない。またひとつ、頭の中で何かがゲシュタルトブレイクしそうな感じ。

 そんな自分を極力抑えて。抑えられているかは分からないけれど、自分なりに抑えて。父さんに言葉を返す。


「いやなんというか、目を覚ましてから頭がおかしくて」

「風邪かなにかか。頭痛が酷いとか」

「平気なの? 学校休む?」


 学校。

 そうか、学校があるのか。

 頭の中で、人間の頃の自分が通っていた学校を思い浮かべる。 

 ……うん。ミノタウロスになっても、そのあたりの記憶は変わらないっぽい。


「平気だよ。逆に寝込むと酷くなりそうだから」


 家族のドッキリじゃないっていうんなら。

 この際どこまで世界がおかしくなったのか見てやるよ。

 食事を終えて席を立つ。

 というか、牛頭になって口と鼻が突きでるような形になったのに、何の苦労もなく食事ができたのがものすごい違和感。箸を持って食事をしているミノタウロスって、端から観たら相当シュールに映るんじゃないか。今となってはそう思うのはオレだけかもしれないけど。


「あ、そうだ」


 リビングを出る前に、念のため確認しておきたい。


「父さん、ちょっとごめんね」


 テレビを見ながらお茶をすすっているミノタウロスな父。その後ろに立って、がっし、と、頭をつかむ。ぐりぐりと弄る。

 もしかしたら被り物なんじゃないかという、いくつめか分からない一縷の望みにすがったんだが。どうやら、父さんの牛頭は被り物ではないらしい。手から伝わるごつごつした頭や角の感触は、たまらなくリアルだった。


「おい、なんの真似だ」

「いや。なんでもない。オレの考え過ぎだった」


 悲しいことにな。

 普通の父親として、息子がいきなり自分の頭を弄り出したら何事かと思うだろう。なんの真似だと言われても仕方がない。

 でもオレの方こそ、世界の誰かに「なんの真似だコレは」と大声で叫びたい。父さんのせいでも母さんのせいでもないんだけどな。たぶん。

 ちなみに、母さんは頭を指で少し突いただけ。人間だった頃より身体が小さくなってるし、何より飛んでたからな。これが着ぐるみだったら、身体のサイズが変わって宙にも浮けるとかどんだけ高性能なんだって話だ。

 ともあれ。

 昨日まで人間だったはずのオレと父さんはミノタウロスになっていて、母さんは空駆けるニンフになっていた。しかもおかしいと思っているのはオレだけ。

 これはもう覆せない事実みたいだった。

 マジかよ……。






 意気消沈しつつ、自分の部屋に戻る。

 そして、制服に着替えて、学校へ行く準備をする。

 制服を引っ掛けているハンガーはいつもの場所にぶら下がってる。

 いつものように手を伸ばして。

 寝間着を脱ぎ。

 白のワイシャツを着て。

 ズボンをはき。

 ネクタイを首に引っかけて。

 上着を羽織る。

 鏡の前に立ちながら、慣れた手つきでネクタイを結ぶ。

 きっちりとブレザータイプの制服を着たミノタウロスが、鏡の前にいた。

 これがオレなのか……。

 違和感しかないけど、いまさらどうこう言っても始まらない。

 未来への道、第5歩。家の外に出る、だ。


「行くぜ」


 玄関の扉を少し開けて、外の様子を窺う。

 一軒家のウチの前を走る通り。行き交う見知らぬ人たちは、男も女も、ゲームチックでファンタジーな、バリエーション豊かな姿をしていた。

 小柄なゴブリン。

 ガタイの良いオーガ。

 でっかくて一つ目のサイクロプス。

 犬みたいな頭をしたコボルト。

 全身が骨のスケルトン。

 スラリとした細身で儚い雰囲気のエルフ。

 露出の多いサキュバスっぽい女性。

 などなどなど。


「やべぇ、もうくじけそう」


 いや待て。考え方を変えよう。

 牛頭でミノタウロスなオレでも、外を歩いていて怖がられたり、いきなり石を投げられるような事態にはならない。オレだけが変だとは思われないんだ。

 よし。少し気が楽になった。

 大きく、自宅の玄関の扉を開ける。

 まず、学校へ行ってみよう。

 身体がもう覚えている通学路を、オレは周囲を観察しながら歩き始めた。






 公道ということは、いろいろな人が行き交うわけで。家の中から外を窺い見た以上の人とすれ違う。

 これがまた誰も彼もファンタジーなお話に出てくるような人……、人? ばかり。いろいろ種族やら種類やらに別れているみたいで、不覚にも少しワクワクしてしまった。まるで異世界。体感型のバーチャルゲームをしているような感覚、とでも言えばいいだろうか。やったことないけど。

 あと意外だと思ったのが、人間も存在すること。ファンタジーだったり獣だったりな外見の人たちに紛れて、どこから見ても「普通の人間」が、老若男女問わずちゃんといる。

 その人たちも、周りのゴブリンやらエルフやらを、いて当然だと思っているようで。特に騒ぐようなこともない。

 あと、見た限りでは、人間の姿をしているのは女性が多いような気がする。どうしてなのかは分からないけれど。

 他は、昨日までとまったく変わらない。

 道はコンクリートだし。

 店もあるしビルもあるし、電柱だってある。

 車もバスも電車も走ってる。

 飛行機だって飛んでいた。

 周囲から聞こえてくるいろいろな声だって、まぎれもなく日本語だ。

 ただ、人間の大多数がファンタジー系モンスターの姿になっただけ。通っている学校に着くまで約30分。観察しながら歩いているうちに、しっかりと認識させられてしまった。

 そして通っている学校の正門前に立ったオレ。

 学び舎の姿も、人間だった頃の記憶とまったく変わらない。でも、校舎に入っていく生徒たちのほとんどが、映画かゲームでしか見たことがないようなモンスターっぽい姿をしていた。

 ……もう認めよう。

 オレの生きる世界はヘンテコなものに変わっちまった。

 ここではオレはミノタウロスで、それに疑問を持つような奴は誰ひとりいない。

 ラノベなんかで、転生だとか転移だとか、別世界でやり直しみたいなお話を見掛ける。

 あの主人公たちって、こんな気持ちなんだ。

 ヘヴィだなぁ。

 いやでも、オレの場合、基本的なことは元のまんまなんだから。


「むしろ異世界がこっちに来た感じだよな……」


 なんにせよ、もう溜め息しか出ない。

 いったいどうなんの、これから。




 -続く-


当初はエロ小説にする気満々だったんだよ。

ゆきむらです。御機嫌如何。



そういうわけで、軒先を変えて再投稿なのです。

少し言い回しを変えたりしていますが、

基本的にノクターンノベルズに投稿したものと同じです。

第9話までは毎日投稿します。


感想や評価などいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。


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