19 携帯電話
◎◎◎駅で降りたあたりから、携帯が鳴り始めた。
電源を落としておいたはずなのに、と思いながら近くの公園のベンチに腰を下ろして着信元を見る。
仲村 小詠
そう、出ていた。現在の小詠か、あるいは未来の小詠か。どちらだろうか考えたが、どちらにしても電話に出るかどうかが問題になった。
今の僕は何を話せる?
一体、今年一杯でいなくなる僕に、何を期待する?
……………………
鳴り止まない携帯の着信音。
切らなかった、つまり話したいんだ。そう、それだけの事が分かった。
だが通話ボタンが押せない。
迷いながら、携帯電話を握りしめる。このまま握り潰してしまいたかった。そうすれば迷わずに済むのに。
だが携帯が鳴り止む事はなかった。
僕には何時間にも思えた時が刻々と過ぎていった。
「……もし……もし…………」
なぜか僕は携帯を耳に当てていた。通話ボタンを押した覚えはなかった。
「あんたは喋らんでええよ。辛いじゃろうてな。あたしの事なんぞ気にする事なんか無い。もう寿命のようじゃ」
どこか聞き覚えのあるそのしわがれ声は、なおも続ける。
「まさか本当に繋がるとはなぁ。大学生の時は気にも留めんかったが、今になって考えてみると、不思議なもんじゃな」
「小詠」
僕は泣いていた。
「懐かしいのぉ、茂樹。あたしゃもう百二歳じゃ。充分に生きてきたつもりじゃが、どっかの神様はまだなんかさせようとしてな。こうやってあんたに電話したんじゃ。もう八十年以上もこの携帯は使ってきたが、これももう寿命じゃろ。これがあたしの最期かの。まあ最後に茂樹の声が聞けてよかった。プレゼントも大切に持っているのじゃが、余りにも高価になってしまっての。いつ盗まれるかと毎日ヒヤヒヤしておる。時折あんたの事を思って読み返すのじゃが、もうちと巧く書けんかのぅ。中途半端なんじゃよ。自分の気持ちをしっかり書いて、状況描写は臨場感をだすか完全に伝聞調にするか、どっちかがええなぁ。まあ、今のあんたに言っても仕方がないがの。んだが、やっと喉のつかえが取れたわい。長年言いたかったのじゃから。……そろそろ、かの。今のあたしよりゃ長く生きれるんやから、後悔せんようにな。それと、誕生日おめでとう。あたしゃ、茂樹といれて、嬉しかった」
……………………
ツーツーツーツー
通話が切られた。
誰もいない薄暗い公園でただ涙しか流せなかった僕は、何も言えなかった事で更に涙した。
言いたい事だけ言って、勝手に話を終わらせるなよ。
何か、言いたかった。
何か、伝えたかった。
僕も、嬉しかったと。




