9 バレンタイン
二月十四日。バレンタインデー。
ちょっとわくわくドキドキしながら登校する。
靴を履いていると、簾迦が寄ってきた。
「あっれーっお兄ちゃん、学校行くの?」
「ああ、そうだけど。どうかしたか、簾迦」
うーん、と顎に手を当ててしばらく考えた簾迦は、一つ頷くとこう言った。
「うん、分かった。それじゃあ、行ってらっしゃーい」
「行ってきます」
僕は家を出た。
◎◎◎駅に着き、いつもよりも人が少ないのを不思議に思いながら電車に乗った。×駅で降り、学校に向かう。
早い時間だからか、誰も同じ学校の生徒はいなかった。
十分ほど歩いて学校に到着。
「あ、れ?」
昇降口が閉まっていた。
考える。なぜだ?
確か、昨日は金曜日だったはずだ。それなら、今日は…………。
「土曜日は、休みか」
がっくりと項垂れた。そして簾迦に対してふつふつと怒りの感情が芽生えてくる。
「簾迦ー!」
後で聞いた話だが、この時、簾迦はくしゃみを一つしたらしい。
僕は家に戻ろうと、踵を返した。
「あれ、茂樹?」
と、突然声がした。
声のした方を向くと、小詠がいた。体育着なので、これから部活なのだろう。
「あ、小詠、おはよう」
「うん、おはよう、茂樹。それで、こんなに朝早くどうしたの?」
「えーっと……」
「もしかして、今日、学校あると思ったり、した?」
「した」
素直に認めることにした。
すると小詠の頬が少し膨らんだ。
「小詠、笑った?」
ぶんぶんと首を横に振る小詠。少し涙目なのは気のせいなのだろうか。
もう少し確信的に聞いてみる。
「笑ったよね」
「ま、だ……ぷふっ」
「今笑った」
「だっ、て、茂樹。簾迦ちゃんに騙されたんでしょ。土曜日なのに学校にきて」
そこで一旦言葉を切り、小詠は深呼吸をする。
「それで、なにしに来たの? まさか本当に授業があると思ってたり?」
図星なのだが。
焦る気持ちを抑えながら、他に何か用があると思っている小詠の気持ちを考える。
今日はバレンタインデー、だから。
「チョコレート」
小詠は嬉しそうに一つ頷いた。
「そうそう、それ。私からもらおうと思って来たんでしょ」
「うん」
本当は違うのだが、ここは頷いておくことにした。
「でも、まだだよ。今日部活終わったら、茂樹の家に行くから。それまで待っててね」
「ああ、分かった。待ってるよ」
「それじゃ、私、行かなきゃ。またね」
「ああ、また」
そう言って小詠は弓道場に走って行った。
僕はその後家に戻り、簾迦に色々言われながらも勉強をして、小詠の部活が終わる夕方まで待った。
夕方になると小詠が家に来て、僕に手作りチョコレートをくれた。
簾迦も一緒に渡して来た。こちらは市販のもの。さすがに自分の料理の味が殺人的という自覚はあって、一昨年から市販のものになった。
両親は今日も帰ってこないようなので、夕食は小詠の家にお邪魔することにした。
そして夕食を食べ終わり、家に戻ってチョコレートを食べた。
この後子詠には美味しかったって言ったけど、本音を言うと、チョコレートの美味しさなんて分かるはずもなくて、ただ甘かっただけです。
嘘つきました。




