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2、マルク先生と思い出ごはん

「ルー、忙しいんじゃないのか? 休みなんて取れるんだな」


 先生は少しの間呆然としてから、やっぱり信じられないみたいな顔をして私を見た。


「うん、まあ……たまには休まなきゃなって」

「そうか。そうだよな。飛ぶ鳥を落とす勢いの“魔女っ子ルーラ”がここにいるなんて思わないから、てっきり面影鏡ファッセドスピゲルか何かかと……」


 本当は休みなんてないから、私は曖昧に微笑んでごまかしておいた。

 実際はここにいてはいけない私は、面影鏡のほうがよほど現実的だ。先生がそう思うのも無理はない。

 面影鏡っていうのは姿を留めておいて任意に再生できる魔法具で、好きな人や家族の姿を保存しておいて眺めたり、遠方の相手にちょっとしたメッセージを伝える連絡手段になっている。

 そういえば、魔女っ子ルーラのトレーディングカードを箱買いした人への記念品ノベルティで、特別衣装を着た姿が保存された面影鏡がプレゼントされるということもあった。数量限定だったから、裏でかなりの高値で取引されたという噂だ。

 ――でも、どうせそのうち、ゴミになるんだ。

 ……アイドルの仕事のことを考えると、気が滅入る。


「先生、何してるの? 明日の授業の準備?」


 話題を変えようと、私は先生の手元に目をやった。何やら薬草が握りしめられているし、先生自身も草まみれだ。


「そうそう。いろいろしてたらこんな時間にしか森に来られなくてな。そうだ、ルー! 採取を手伝ってくれないか? ヤネバンダイソウとハナハッカをあと二十()ほど集めたいんだ」


 先生に指示された植物を頭に思い浮かべ、私はふむふむと頷いた。どちらも馴染み深いものだ。


「わかった。どっちも火傷に効く薬草ね。……もしかして、爆弾の授業でもするの?」

「違うよ。普通に火傷の薬作りが明日の授業だ。俺の主な担当は魔法薬学だからな。……ルー、お前は昔から爆発とか噴射とか、そういう物騒なものが好きだな」


 私の昔の悪行を思い出したらしく、先生は困った顔をして笑った。

 確かに私は、昔から物騒なことが好きだ。

 治癒魔法より攻撃魔法、地味なものより派手なもの。この傾向から考えても、私が物騒な魔法にばかり傾倒してしまうのは仕方がない。物騒なものが好きなのではなく、好きなものを突き詰めたら物騒だっただけなのだ。

 低学年の頃は危ないことをしようとしてこっぴどくマルク先生たちに叱られていたけれど、高学年になる頃には自分でとっておきの魔法をこそこそ編み出すようになった。

 それもマルク先生にバレて、結局使っちゃだめだと言われているけれど。


「ハナハッカはいいとして、ヤネバンダイソウね……」


 ハナハッカはどっこいとした性質なのか、この森の中では比較的たくさん見られる植物だ。こぼれ種からよく育つ。

 それに対してヤネバンダイソウは高温多湿を嫌い、水はけの良い土地を好むから、そういった場所を探さなければ見つからない。

 こういった植物の知識は座学で得たわけではなく、すべてマルク先生の手伝いを通して身につけたものだ。

 魔法薬学を担当する先生を手伝いたくて、必要な薬草の名前や見た目や効能を自ら進んで覚えた。

 手伝えば、マルク先生は喜んでくれるから。役に立てば、先生は褒めてくれるから。

 

『いつも手伝ってくれて助かるよ。ルーは本当にいい子だなあ』


 先生の笑顔が見たくて、私はヤネバンダイソウを求めて適当な場所を歩き回った。

 草を、しっとりと濡れた土を、踏んで歩く感覚は久しぶりだ。ずっと都市部にいたせいで、地面がこんなに柔らかで不思議な感触をすることを忘れていた。風が吹くと様々な匂いがすることも。

 薬草の茎を握って爪を立てて摘み取る感触も久しぶりだ。こんなことをしたら、手が汚れるとか言ってマネージャーに怒られる。そもそも私には、ひと度外に出たらひとりで歩く許可すら出なかった。

 ――やっぱり、帰ってきてよかった。死ぬなら、こういう場所がいい。

 もっともっとこの空気と自由を噛みしめようと、私は大きく息を吸って、のしのし大股で歩いた。


「ルー、そのくらいでいいぞ」


 いつの間にか夢中になってしまったらしい。先生に声をかけられて、私は自分のそばに摘んだヤネバンダイソウの小山ができていることに気がついた。運よくたくさん生えている場所を見つけて、ついつい採取してしまっていたのだ。


「もう必要なだけ集まったの?」

「ああ、ルーのおかげでな。……食事に行くか?」

「……うん」


 会話の途中でお腹が鳴ってしまい、マルク先生は一瞬きょとんとした。でも、それが私のお腹の虫だとわかると大笑いしだして、こらえようと思った恥ずかしさが一気に噴出して顔が赤くなってしまう。


「いや、悪い悪い。ルーの腹の虫の声を聞くのも久々だからなあ。ああ、本当に帰ってきたんだなって思って」

「……お腹の虫で判別しないでください」

「でもなあ、ルーの他にそんな元気な腹の虫を飼ってるやつは知らないからなあ。何か、とびきりうまいもの食いにいこうな」


 ひどいことに、先生はいつまで経っても笑うのをやめない。きっと、複雑な乙女心なんてわかっていないんだ。

 でも、そうやって笑われても、恥ずかしくても、先生との食事は嬉しい。

 


 ***


 マルク先生に連れてきてもらったのは、懐かしいパブだった。

 このあたりでは結構大きめの店で、しかも食事がおいしい。だから夜だけじゃなくて遅めの朝食から開店している、貴重なお店だ。


「本当にここでよかったのか? せっかく久しぶりに会うんだし、もっと奮発して高い店でもよかったのに」

「いいの。ここのごはん好きだし、慣れたお店のほうがいいもん」


 フードを取りながら、私は一応周囲を見回した。夕食時で、店内は適度に混んでいる。これならきっと、誰も私の存在には気がつかない。

 薬草を先生の部屋に運び込んでから、町中までは箒で来た。

 念の為、私は幻影イルジオンマントを被っていた。このマントを被ると、姿を消すことができるのだ。厳密にいうとマントが周囲の景色をうまいこと映すから、そこにあたかもいないように見せられるだけ。頭まですっぽり被ってしまうと視界が塞がれてしまうけれど、勝手知ったるパブまでの道だから難なく歩くことができた。

 パブの中も、小さな頃から来ていたからよく知っている。今座っている席は目立たないし、もし何かあっても逃走経路は確保できる。

 安心して食事ができると思うと、何だかドッと疲れが出てきてしまった。そういえば、もうまる一日何も口にしていない。


「とりあえず、何か適当に頼んでくるから。大丈夫だと思うけど、一応気配を殺しとけよ」

「うん」


 あまり心配した様子はなく、マルク先生はカウンターに料理を注文しにいった。ここの店の安さは、給仕を置かず、料理を頼むのもお金を払うのもすべて客がカウンターに出向いてする仕様だからだ。

 先生はかなりお腹が空いていたのか、カウンターと席を往復してせっせと頼んだ料理を運んでくれた。

 ――先生、まだ私のスキャンダルについて知らないんだね。よかった。

 マルク先生の態度に、変わった様子はない。それはつまり、私が逃げ帰ってきた理由を知らないということだ。

 先生はたぶん、私は本当に休みで帰郷しているだけだと思っていて、コソコソしているのもファンに見つかるのを恐れてだと考えているのだろう。

 本当は違う。私は逃げてきたんだ。スキャンダルから。私を悪く言う人たちから。

 でもそれは、なるべく隠していたい。どうせもうすぐ死ぬのだとしても、今このときは“良い子のルー”でいたいのだ。


「さあ、ルー。好きなだけ食べていいぞ」

「……さすがに多すぎない?」


 テーブルに並んだ料理の数に、あ然としてしまった。先生は結局、三往復して料理を運んでくれた。てっきり自分で食べるぶんだろうと思っていたのに、得意げな顔を見る限り違うらしい。

 そういえば、アイドル仲間の子が言っていた。「田舎に帰ると、父ちゃんと母ちゃんがしこたま料理を食べさせようとするんだよね。何かさ、あの人たちの中であたしはいつまでも食べ盛りの子供なのよ」と。迷惑そうに言いつつも、その顔は嬉しそうだった。

 あれはこういう気持ちなんだなと、私も今わかった。


「若いから、このくらい食べられるだろ?」

「まあ、大丈夫だけど。てか、先生も若いじゃない。そういうおじさんくさいこと言っちゃだめだよ」

「いやあ、どうかな。ここのところ、昔みたいに食べるとたまに胃もたれが……」


 そう言って、先生はお腹をさする。その仕草がおじさんくさくてちょっぴり悲しくなったけれど、出会ったときから九年経ったのだから仕方がないのかなとも思う。

 十一歳だった私は、二十歳になった。

 二十歳だった先生も、二十九歳だ。


「疲れもあるのかな。コショウハッカとカミツレのお茶を飲まなきゃ」

「そうだな。よし、食べよう食べよう!」


 促され、私は少し迷ってからパイ包みに手を伸ばした。ここのパイ包みは絶品なのだ。それに、シチューも。

 どちらも実は元々店のメニューになかったもので、野菜を食べたがらない私に何とか食べさせようと、先生と店の主人が頭を悩ませて作ってくれたものだ。

 どちらもたっぷり野菜が入っているのに、肉の旨味と相まって気にならない。むしろ、今では野菜なくしてこれらの料理のおいしさは成り立たないのだとわかっている。

 手をつける前はこんなに食べられるだろうかと思っていたのに、食べ始めたら止まらなくなった。

 食べられて嬉しいと、私の身体が叫んでいるみたいだ。特にパイやパンなんて日頃は食べさせてもらえないから、肉より何より手が伸びてしまう。

 「太るからそんなに食べないで」がマネージャーの口癖だった。彼女はきっと、私を太らせたら罪に問われる法律でもあると信じていたのだ。


「ルー、うまいか?」

「うん! すごくおいしい」

「なら、もっともっと食べろ」


 夢中で食べる私を見て、先生は眼鏡の奥の目を細めていた。その嬉しそうな顔が見たくて、私はいつもたくさん食べていたのを思い出す。

 先生が喜んでくれるから、ぶ厚い肉も、大きなソーセージも、何だってペロッと平らげられる。

 ――お腹がはち切れたって、いいや。先生が喜んでくれるなら。

 ニコニコしてくれるのが嬉しくて、私はお腹いっぱいと思いつつもつい食べてしまうのだった。

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