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19、ミーティアが空駆ける

 自分が周囲の子たちと違うというのは、物心ついたときから何となく知っていた。

 普通の子は、泣いたり怒ったりしたときに周りの物を動かすことや吹き飛ばすことはない。自分より身体の大きな子を持ち上げて転ばせることもない。

 でも、それが私には当たり前だったのだ。

 どうやらそれは魔力が強すぎるからで、その魔力に惹かれて精霊たちが力を貸している、つまり魔法使いの才能があるからだとわかってからも、私はちょっぴり周りの子たちと違っていた。

 そう。同朋と呼ばれる魔法使いの卵たちとも、私は様子が違っていたみたいだ。

 みんな、感情が激しく揺れ動いたときに物を破壊した経験があるのかと思っていたのに、そんな人は珍しいのだという。

 そういえば親戚のおばあさんが子供の頃そんなふうだったなと言っていた子がいたくらいだ。

 魔法の素養がある人がそんな激しいかんの虫を持っていたのは、はるか昔の話らしい。

 そして、大抵そういう人は偉大な魔法使いになったという。


 私はといえば、偉大な魔法使いにはならず、魔女っ子アイドルなどというわけのわからない職業をしている。アイドルの仕事に全力で魔法を持ち込んで人気を博しているから成功とは言えるのだろうけれど、偉大ではないのは間違いない。

 でも、“光の子”などと言われているのはおそらくそういうことが理由なのだろう。

 それなら、その力を存分に使うしかない。

 そうしなければ、私もみんなも、死んでしまうのだから。


「ルー、あったぞ」

「よかった。ちゃんと取っておいてくれたんだね」


 マルク先生の部屋のソファに座って待っていると、先生は短杖を片手に戻ってきた。

 それは私が学生時代に作って、先生に没収されていたものだ。理由は、危険すぎるから。


「本当にこれを使うのか?」

「今が使い時でしょ。本当は、先生に流れ星を見せてあげようと思って作ったんだけどね。いざ使ってみたら『兵器じゃん!』って代物だったからさ」

 

 当時のことを思い出して笑うと、先生の眉間の皺がさらに深くなった。

 その杖は、流星メテオを打つために作ったものだった。地上で作り出した大きな岩石の塊を空高く打ち上げ、再び流れ星として降らせるという魔法を発動するための術式が組んである。

 本来なら複雑な魔法円や呪文を必要とするその魔法を、杖に魔力を流し込んで振るだけで発動できるようにした画期的な杖だ。

 この杖さえあればいつでも先生に流れ星を見せてあげられると意気込んでいたんだけれど、実際にはものすごい危険な目に合わせた上に、他の先生たちから監督不行届で叱られるはめに陥らせてしまっただけだった。

 その結果、こっぴどく叱られてから杖は没収され、卒業しても返してもらえていなかったというわけだ。

 振り返ると、我ながらかなり危なっかしい。いくら大好きな先生のためとは言え、やりすぎだと思う。


「……よし。逆メテオにするための術式が難しくなくてよかった。これで、無事に打ち上がるはず」


 渡された杖を確認して、最終調整をした。

 元々は岩石を空に上げ流星として落とすために組んでいた魔法を、向かって来る彗星にぶつけるために打ち上げる魔法に変えたのだ。だから、逆メテオ。

 じいさんたちの作り出した魔法円に導かれて彗星がこちらに向かっていると言うのなら、迎撃するしか助かる道はない。

 だから、私はこの杖で星を打ち上げる。

 

「……何で、ルーなんだよ」


 苦々しくマルク先生が言うのが聞こえた。じいさんたちからの要請を受けて私がやると言い出してから、先生はずっと不機嫌なのだ。


「もうみんな、避難完了したかな?」


 先生の呟きには答えず、私は窓の外に視線をやった。

 町のほうから、何本か狼煙が上がっている。あれは、「私たちの班は全員避難が完了しました」という合図だ。


「班別にして、人員を徹底管理するって言ってたから大丈夫だろう。でも、逃げても意味がないかもしれないのにな」

「そんなことないよ。私が頑張るし、途中までテレサ先生も手伝ってくれるって言ってるし」

「そんなの、上空に探知網を張って彗星の接近を知らせてくれるだけだろ? ……命を賭けるのは、ルーだけだ!」

「でも、私がやらなくちゃ……」


 苛立った様子の先生は、鋭い目で私を見た。それは怒っているというより、何だか悲しそうだ。


「お前を危険な目に遭わせて、保護者である俺は逃げるなんてできない! 役に立たないかもしれないけど、連れてってくれよ! それか、その杖で俺が彗星を撃ち落とせばいいだろ?」

「できないよ! こういう自作の杖って、癖があって安定しないから私しか使えないってわかってるでしょ。それに、馬鹿みたいに魔力を食うから、体質的に私がちょうどいいの。ことが済んだらテレサ先生やリリベルと合流したいから、先生は先に行って待っててよ」

「そんなこと言って、戻ってくる気ないだろ!?」


 怒ってないというのはやっぱり嘘で、先生は日頃の穏やかさが嘘みたいに荒れている。教え子である私を危険な目に遭わせて自分は避難するというのが、よほど許せないみたいだ。

 でも、気にしなくていいのになと思う。どうせ、捨てようとしていた命だ。


「……最期にこの命に使い道が見つかって、よかったなって思ってるんだよ。だから先生、どうか気に病まないで」

「お前、何言って……」

「ここに帰ってきたのは、死ぬって決めたからなの。私、死ぬ前に最後に先生に会いたいなって思って帰ってきたの」


 少しでも先生の心を軽くしたくて言ったのに、先生はすごくショックを受けたみたいで、どこか痛いみたいな顔をした。

 その顔を見る限り、私の演技力はなかなかのものだったのだとわかる。微塵も悟られることはなかったみたいだから。女優の仕事はしたことがなかったけれど、これはいい線いけたかもしれない。


「……嘘だろ?」

「本当だよ。その証拠に、私、手ぶらだったでしょ? 宿も取ってなかったでしょ? あれはね、先生に会ったら死ぬつもりだったから。……こんなに長居しちゃうつもり、なかったんだ」


 私の言葉にようやく納得がいったのか、先生は顔をくしゃくしゃにした。怒っているのか、泣く寸前なのか、その両方なのか。


「……俺に会って、気は済んだのか? ルーの人生は、ここで終わりでいいのか?」

「よくは、ないけど……」

「じゃあもう死んでもいいみたいに言うなよ! もっと生きたいって願ってくれよ! 俺は、お前を幸せにしたいって育ててきたんだ! まだ二十歳の若さで、志半ばで、死んでもいいなんて言わせるために九年前にお前の世話を引き受けたわけじゃないぞ!」

「でも、ただ死ぬんじゃなくて私がいかなきゃみんなが……」

「他のやつらのことなんか知らない! 今はルーの話をしてるんだ! 『私はまだ生きたいから代わりに先生が行ってください』って言われたほうが保護者としてはなんぼかマシだ! 何でお前が死ななきゃいけないんだ! 死ぬなら俺でいいだろ!」


 先生は怒りも悲しみも激しすぎて、わけわからないことを言い出した。たぶん、自分でもきっとわかっていないと思う。

 それでも、最後の言葉は聞き捨てならなかった。


「そんなこと言えるわけないでしょ! 何で、何で……好きな人に死んでくれなんて頼まなくちゃいけないの!? 先生には、生きて幸せになってもらいたいの。私がいなくなったあとも、ずっとずっと、幸せでいて欲しいの」


 祈りのように、私は言った。

 幸せになって欲しい。それは、叶わぬ恋の最後の願いだ。命をかけるなら、せめてこの願いは叶って欲しい。

 でも、先生には届かないみたいで、ますます怒った顔をするだけだ。


「好きって、親心もわからんやつがよく言うよ」

「その好きじゃないもん!」

「じゃあ、どういう好きだって言うんだ」

「……死ぬ前に会いに来たって言葉で察してよ」

「え……?」


 あまりの察しの悪さにパンチしてやりたくなったけれど、ようやく伝わったみたいだ。だからモテないんだと言ってやりたいけど、先生も顔を赤くしているから許してあげることにする。


「好きって、ルーが俺のことを好きってことか?」

「そうだよ!」

「くそ……何でこんなときに言うかな」

「言わせたんでしょ! ……言うつもりなかったのに」


 先生は勝手に照れていて、それを見ていると私もどんどん恥ずかしさが増す。

 もうすぐ町を破壊しかねない彗星が飛んでくるっていうのに、何だか気の抜けるやりとりだ。

 先生は顔を赤くしたまま頭を掻きむしっている。そんなに悩むくらいなら、はっきり言わせなければよかったのに。


「先生、別に返事とか、しなくていいからね」


 死ぬ前にふられたくないし、この気持ちが届かないことは知っている。だって、出会ったときから私は子供で、先生はずっと大人だったのだから。これからどれだけ時が経っても、九歳という歳の差が埋まることはない。


「いや返事というか、俺の気持ちも伝えておくべきだろうかと思って」

「だから、そういうのいいって……」

「言わせてくれよ! 俺も好きだって!」

「え……」


 先生は髪をぐしゃぐしゃにしたまま、怒ったみたいな顔で見てくる。さっきよりさらに顔が赤い。

 何を言われたのかわからなくて少しの間何も言えなかったけど、理解が追いついてくると私の顔も熱くなってくる。自分の気持ちを伝えたときよりもずっと、恥ずかしくてたまらない。


「……先生、本当?」

「冗談で教え子に好きとか言わない」

「じゃあ、両思いってこと?」


 改めて尋ねると、ちょっとためらってから先生が私のことを抱きしめた。こっそり毛布を嗅いだときより濃厚な、先生の匂いに包まれる。


「そういうことだ。だから、死にたいなんて言わないでくれ。ルーの死にたくなるほどつらかった気持ちを否定しようとは思わないけど、死んで欲しくないんだ」


 ぎゅっと腕に力を込めて抱きしめてから、先生は優しく囁く。

 そんなふうに言われたら、頷くしかない。


「死にたくなって逃げ出すほどつらいことがあったんだろ? そのことは、全部終わったら解決しに行こう。そのためには、問題を片づけような」

「うん」

「じゃあいっちょ、二人でメテオ打ちに行こうか」


 先生はまるで、どこかに遊びに行くかのような軽いノリで言う。

 帰ってくることが前提の、深刻さなんてまるでない言い方だ。

 だから私も、ただ笑って頷いた。



 ***


 前回の、七十年だか八十年だか前の彗星は、明け方から早朝にかけてこの町に最も接近したのだという。

 じいさんたちの何人かが子供のときに見たし、そのとき一緒に見た老人たちもその前の彗星のことをそう言っていたらしいから、どうやらこの周期彗星はそんなもののようだ。

 私とマルク先生は、森の中の、魔法円の中心で彗星の訪れを待っていた。

 この森の上空には、テレサ先生が柔らかな膜のような探知網の魔法を発動させてくれている。だから、ここで待っていれば私たちの目が確認するより前に、彗星の接近を悟ることができる。

 接近したとわかったら、私とマルク先生は箒で上へ上へと飛んで行って、逆メテオをぶっ放すのだ。

 うまくやれば、粉々に破壊することができるはず。失敗したとしても、森を焼き校舎を吹き飛ばすほどの被害は防げると考えている。

 

「先生、星空がきれいだね」

「そうだな。最近はなかなか夜ふかしできなくなってるけど、こういう夜の終わりの星空が好きなんだよな」

「素敵だね。そういえば、初めて見たなぁ」


 マルク先生と見上げる空は、夜に朝が混ざり始めた色をしていた。

 燃えるような朝のオレンジが、夜の紺を染めていく。その中に浮かぶ星の光は、真夜中と同じ星でも違って見えた。


「これから、たくさん見ていけばいいさ。ルーが嫌じゃないなら、森で野営をして、夜通し星を見てもいいな。美味しいものたくさん用意して、風邪ひかないようにして」

「いいね。したい」


 いつでも飛び立てるように、私たちは箒にまたがっている。操縦をするために前に乗っている先生の背中に、私はギュッと抱きついた。

 ずっとずっと、こうして抱きついてみたいと思っていたのだ。それが今、ようやく叶って、幸せでたまらない。

 そんな幸せな時間をぶち壊すように、“警報”が耳に届いた。



  ビイィィィィー!

 


 それは、可愛くない小鳥の鳴き声のような、耳障りな音だった。

 警報だから聞き苦しいのは当たり前かなどと思ったところで、箒は空を目指して浮上を始めていた。

 私は片手で箒の柄を、もう片方の手で杖を握りしめている。


「ルー、しっかり掴まってろよ」

「うん!」


 私がちゃんと掴まっているのがわかると、先生はグンとスピードを出した。

 加速、加速、加速。

 風を切る音が、頬や身体にぶつかる感触が、絶え間なく通り過ぎていく。

 どんどん上空に上っている。空が、星が、近づいているのがわかる。

 それよりも何よりも、上空の圧迫感がすごい。

 ここにいるぞと自らを主張するかのように熱と質量を持った物体が、迫ってきている。

 髪が、肌が、焼けてしまいそうだ。


「ルー、撃て」


 先生の掛け声で、私は思いきり杖を振った。

 弾ける閃光。

 飛び出す岩石。

 光の帯をまといながら、杖から生み出された星は、本物の星を撃ち落とすべく空を突き進む。

 少しずれたかに見えた軌道は、まるで彗星に吸い寄せられるかのように修正された。

 きっと、マルク先生が補正してくれたのだ。

 私よりもさらに熱波と衝撃波を受けながら、繊細な箒の操縦をしてくれているのに。

 ――早く、届いて! 先生が焼けちゃう!


 

  ゴッ、ガンッ……!


 

 硬いものがぶつかり合う音がした直後、目の前が光に染まった。

 眩しさに目を閉じてからも、瞼の裏が明るい。熱い。

 オレンジ色の熱い光が炎だとわかった直後、激しく上から押される力を感じた。

 

「くそっ……!」


 先生の悔しそうな声が聞こえて、箒が制御を失って落下していることに気づいた。

 落ちていく速度は加速している。このままじゃ、地面に叩きつけられてしまう。

 こんな状況で飛んでいたから、きっと先生は魔力切れを起こしているのだ。

 だから、代わりに私が箒に力を込めた。

 そうしても、落下速度をいくらか緩めることができるくらいだ。

 

 落ちていく。

 砕けた星たちと一緒に。

 彗星か、私が打ち上げた星かわからないけれど、砕けた星は小さくなって、森へと降り注いでいる。

 まるで流星群の中を飛んでいるみたいだ。

 星が降る速度が速いから、自分たちの落下は嘘みたいにゆっくり感じられる。


「……きれい」


 これが最期に見る景色なら、悪くない――そんなことを考えたとき、先生にギュッと抱きしめられた。

 先生は私の頭を抱え込むようにして、自分の胸に押しつける。

 ああ、衝撃緩和か、もうすぐ落ちるのね――そう思ったのに、いつまで経っても私たちの身体が地面に叩きつけられることはなかった。



  ポニョン



「……え?」


 背中に柔らかなものが触れたと思ったら、冷たいものに包まれた。

 水だ。水の大きな塊がクッションに包まれた。

 水だからといって溺れてしまうことはなくて、落下の衝撃をしっかり吸収したあとは、弾けてなくなってしまった。


「……助かった? 先生、助かったよ!」

「ああ。それよりルー、見てみろ」

「あ……」


 気がつけば、森の中にはあちこちから水が噴出していた。

 

「助けに来たぞー!」

「あんただけにいい格好させるわけないじゃない!」


 ジェームズとデリアが、杖から水を放出して砕けた星からこぼれた火を消して回ってくれていた。

 あたりを見回してみると、じいさんたちや他の先生たちも各々魔法で火を消してくれている。

 そのおかげで、小規模の火事すら起きていなかった。


「ルーラ! マルク先生!」

「リリベル!」


 地面に座り込んでしばらく呆けていたら、リリベルが駆け寄ってきた。びっくりしたけれど、後ろにヘロヘロになってはいるもののテレサ先生を引き連れているのが見えて、少し安心した。


「逃げたんじゃなかったの? もう、危ないじゃない」

「森の出口までは逃げてたけど、もう大丈夫だってわかったから来たの! ルーラにお礼を言いたくて。みんな、ルーラに感謝してるよ。ね?」


 リリベルが言うと、森の中にいた何人もの人たちが口々に感謝の言葉を述べた。みんな、疲れてはいるものの晴れ晴れとしていて、妙な連帯感みたいなものが生まれている。


 死のうと思って帰ってきたのに、気がついたらずるずると故郷で過ごしていて、死にたい気持ちが少し薄れたところで命を賭けて危機と戦わなくちゃいけなくなって、正直言ってとんでもないと思う。

 でも、何とかその危機を脱した今は、悪くないと思える。

 悪くない里帰りだった。


「ルー、無事に終わったな。……よかった。本当によかった」


 魔力も体力もつきかけてふらふらしている先生が、それでも手を伸ばしてきて私を抱き寄せた。

 そうしてギュッとされると、さっきまでずっと怖くて、大変だったのだとわかる。ようやく安心できる場所に戻ってこられたのだと実感する。


「うん……無事に片づいたね」


 そう言って、先生の胸に頭をもたせかけた。本当はもっと甘えたいけれど、一応人前であることは気にしなければならない。

 でも、人目さえなければ、これからこういうことはし放題だ。

 ――だって、両思いになったんだもんね。

 満ち足りた思いで、私は目を閉じた。

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