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17、近づく危機と思わぬ再会

 魔法学校に帰ってきて、気がつけばもう一週間も経っていた。

 アイドルの仕事をしていたときと違って、ここでの時間はゆっくり流れる。アイドルやってたときが目まぐるしかったというのとあるだろうけれど。

 とにかく、ここではいろんなことをする時間があるのだ。

 だから、マルク先生やリリベルとおしゃべりして楽しかったり、ちょっとひとりになった時間に死にたくなったり、ジェームズやデリアと食事に行ってストレス溜めながらも元気になったり、二人がバラしたせいで他の先生たちにも帰ってきたのを知られて喜ばれたり、そんなふうにしてしばらく過ごしていくのだと思っていた。

 でも、違和感がなかったわけではない。周囲の異変を感じていなかったわけではない。

 終末思想じいさんズたちが騒ぐせいかもしれないけれど、みんなどこかそわそわしているのだ。

 それに森の中の魔力の流れ(レイライン)が乱れているからか、まともに進行できない授業も増えているらしい。

 みんなどこか落ち着きがなく、日常を失いかけていた。そのいつもとどこか違った空気が、当たり前になりつつあった。

 それでも何とかギリギリ、いつも通りは保たれようとしていたのだ。

 それがある日突然、舞台が暗転するみたいに唐突な変化を迎えた。


「マルク! マルク、助けて!」


 ある日の朝、ドアを激しくノックする音と野太い声に起こされた。

 そのあまりの騒々しさに私もマルク先生もあわてて飛び起きて、どちらともなくドアへと走った。

 ドアを開けたと同時に子供の泣き声が聞こえてきて、毛布の塊と大きな人影が部屋に転がり込んできた。

 それはリリベルを抱えたテレサ先生だった。毛布の塊がリリベル。

 まだ早朝であることを気にしたのか、大声で泣いているリリベルは毛布に包まれていた。


「リリベルが泣いて飛び起きて、泣き止まないのよ! 怖い夢を見たみたいなんだけど」

「夢じゃないよ! 本当に起きることだもん! このへん一帯、火の海になっちゃうんだよ! 逃げなくちゃ!」

「わかった! わかったから落ち着いて!」


 すっかり疲弊しきった様子で状況を説明しようとするテレサ先生と、取り乱して泣くリリベル。

 室内で聞かされる子供の泣き声というのは容赦がない。起き抜けからこれを聞かされていたのでは、テレサ先生も参ってしまうだろう。視線でマルク先生に助けを求めている。

 でも、マルク先生も困り果てている。テレサ先生にしてみれば子守りに慣れているだろうと言いたいのだろうけれど、私は小さい頃こんなふうに泣いて困らせたことはないから、そのあたりのノウハウはないはずだ。


「リリベル、怖かったね。すごく怖いものを見ちゃったんだね。でも、とりあえず今は平気なの。だから、どうか落ち着いてね。そんなに泣いてたら、声がガラガラになって、身体の大事な水分が抜けてしおしおになっちゃうよ?」


 泣かせっぱなしにしておくわけにはいかなくて、私はリリベルを毛布の上から抱きしめてポンポンしながら語りかけてみた。

 子供の泣き止ませ方なんてわからない。でも、私の中にいる小さな子供のままの自分なら、泣いているときはきっとただ抱きしめて欲しかったはずだ。語りかける内容なんてたぶんどうでもよくて、優しい声と抱擁さえあれば、とりあえずは少し落ち着くと考えたのだ。

 それが効果があったのかはわからないけれど、しばらくそうして抱きしめていると、リリベルの泣き声は次第に小さくなっていった。


「もう落ち着いた?」

「うん」

「詳しく説明してくれる?」


 泣き止んだ頃合いを見計らって、テレサ先生はリリベルを椅子に座らせた。

 この子が何かを“見た”ということは、何かが起こる可能性があるということだ。だから、きちんと聞き取りをするのは大切なことだ。それは、リリベルの恐怖を取り除くことにもつながる。

 

「あのね、夜にね、大きな大きな火の球が降ってきて、森が焼けちゃうの。森が焼けたら学校も焼けちゃって、全部全部焼けちゃうの。みんな逃げるけど、どんどん火は大きくなるの。だから、火の球が降ってくる前に逃げないと……」

「大きな火の球って……」


 リリベルの話を聞いて、私たちは顔を見合わせた。

 たぶん、みんなの頭に浮かんでいるのは同じことだ。


「これって、終末思想じいさんズの言ってることと一致しませんか?」

「それ、あたしも思った。てか、何か近づいてる気配はあたしも感じてるのよ。それが火球かどうかは、全然わかんないんだけど」

「火球ってことは、隕石か? でも、そういう天体にまつわることを星読み派が厄災なんて言うのか……?」


 三人が三人、それぞれ思ったことを口にしたけれど、不吉な予感が増すばかりだった。

 その不安は掴みどころがないものの、決して無視できないものだということはわかる。


「私、いろいろ調べてみますね。何というかこれ、人為的なものを感じるので」


 私が言うと、毛布を被ったままのリリベルがギュッと服を掴んできた。

 マルク先生とテレサ先生も、心配そうな顔で見てくる。でも、止めないということは、調べたいのは先生たちも一緒なのだろう。


「大丈夫よ、リリベル。あなたの言葉を信じてみんなに避難を促すにしても、何が起こっているのかしっかり確かめたいというだけだから。もしかしたら、あなたが予知してくれたおかげで防げるかもしれないの。それが人為的なことなら、なおさらね」

「……わかった。でも、絶対にひとりで行かないで」


 服を掴むリリベルの手に私も手を重ね、しっかりと握りしめた。

 リリベルの了解を得たことで、先生たちも渋々ではあるものの頷いた。


 ***


 朝食を済ませてから、リリベルと森の中を歩いていた。

 調べるのは、魔力の流れ(レイライン)の途切れや歪みだ。

 箒で飛行中のジェームズが降ってきたり、授業に支障をきたすほどのことが起きているのだ。その規模を把握しておくのは大事なことだ。

 それに、肌で感じる限り魔力の枯渇というものは起きていないようだから、途切れたり歪められたりしたそれらの魔力は、必ず別の何処かへ流れているはずだ。

 それを確かめるために、地図を片手に歩いている。

 先端に小さなあかりを灯した杖をリリベルに持たせ、その灯りが消えたら地図に印をつけるのだ。魔力の流れを調べるには、継続的に魔力を消費する魔法を使うのがいいということを実践的に教える良い機会にもなった。


「ルーラ、もう消えてから長いね。このあたりはずっと、魔力が途切れてるみたい」

「そうね。ちょっと立ち止まろうか」


 杖の先に変化がないのを確認して、私とリリベルは立ち止まった。森の中は、半分くらい歩き回ったところだ。 

 赤の鉛筆で印をつけた地図を見つめて、予想していたことが確信に近づく。

 

「見て、リリベル。この地図の印さ、何か模様になっていってるみたいに見えない? たぶん、この模様が完成するように円を描くように歩いていったら、そこは魔力が途切れてると思うの」

「本当だ。……これって、誰かが何か大きな魔法を使おうとしてるってこと?」

「そうね、たぶん」


 さすがは察しの良い子で、リリベルは地図を見て私の言葉を聞いただけで、私の考えていることのほとんどを理解してくれた。

 でも、それより先のもっとおそろしいことには気づかなかったようだ。でも、それでいいと思う。

 ――これは、早々に学校に戻ってマルク先生たちに知らせたほうがいいかもしれない。


「……リリベル、私の後ろに」


 なるべく早くに調査結果を持ち帰ろうと再び歩き始めようとしたとき、何かが近づいてくる気配を感じて身構えた。

 もしかしたら森の中で密かに巨大な魔法陣を描いたやつらの誰かが来たのかと思ったのだけれど、しばらく待ってみて、それが違うとわかった。


「あの……大丈夫ですか?」


 近づいてきていたのは、背中を曲げて身体をほとんど二つ折りにした人物だ。杖のようなものでかろうじて身体を支えている。

 パッと見は老人か幽鬼かと訝しんだけれど、それがどうにも若い女性で、弱っているゆえにそんな姿なのだとわかって声をかけてみた。


「……はい、何とか大丈夫です。えっと、ここは魔法学校の敷地内で合ってますか?」

「あ、合ってますよ」

「よかったあ……やっとたどり着いたんだー!」


 ここがどこなのかわかった女性は、弱々しく万歳をして、ついに地面にへたり込んだ。そしてうつむかせていた視線を上げたため、顔が見えてしまった。


「え? マリーさん……!?」

「ん? ……ルーラぁっ!?」


 声を上げたのは、ほとんど同時だった。

 目の前にいたのはマネージャーのマリーさんで、まさかの再会に頭の中が真っ白になる。

 マリーさんも同じような感じらしく、しばらく口をパクパクさせていた。

 でも、それが落ち着くと大きく息を吸って口を開いた。


「……ルーラ、生きてたの!? よかったあ……!」


 マリーさんはそう言って泣き崩れた。元からへなへなだったのが、さらにぺしゃんこになってしまう。

 怒られると思っていたから、想定外のことに私はまた混乱してしまう。

 いつもキリキリと仕事をして、小言が多くて、厳しかったマリーさん。

 そんな彼女がこんなふうに泣くのなんて、想像できなかった。

 それに、再会することがあれば絶対に怒って罵られると思っていたのに。


「あんたがいなくなってるのに気づいて、急いで探したけど見つからなくて、あんたの先生だったら何か知ってるかと思って魔法学校を目指したらなぜかめちゃくちゃ道に迷って、何とかこの森に入ってからもかなりの日数彷徨い続けることになって……まさかルーラ自身が魔法学校にいるとは思ってなかったけど、本当よかった」

「……探して、連れ戻す気だったんですか?」

「それもあるけど、何よりあんたの命が心配だったの。あんたさ、衝動的なことをする子じゃないでしょ。そんな子がいなくなったとなれば、まずはそっち(・・・)を心配するでしょ」


 マリーさんはただただほっとしているだけで、今すぐ私を連れ戻そうという気配はない。本当に、心配してくれているだけのようだ。


「ひとまず、生きててくれてよかった。道中、魔法使いの女の子が亡くなったとかいうニュースが耳に入らないか気が気じゃなかったんだから」

「……すみません」


 こんなにボロボロになってまで探してくれたのだと思うと、素直に申し訳なく思う。

 それに、勝手にいなくなったことやスケジュールに穴を空けたことを怒らずにいてくれるのにも、感謝しかない。

 怒られてばかりだったせいで、マリーさんを過剰に恐れていたのだと思い知らされる。彼女だって、こうして人並みに心配してくれる人だったのだ。

 でも、帰る気はないけれど。というより、帰れないけれど。


「例のことが雑誌に書かれるんじゃないかとか、そういうのが不安で逃げ出したんでしょ? あれね、事務所がうまくやったから、外に漏れることはないわ。だから、安心しなさい」


 私の心の中がわかったのか、マリーさんはなだめるように言う。

 そのことに驚いたと同時に、ものすごく安心した。心臓が一瞬おかしな動きをするほど、ほっとして身体の力が抜けた。


「……本当に?」

「本当よ。というより、あれは外部が嗅ぎつけて騒いだんじゃなくて、内部の馬鹿が外に漏らそうとしてたことだから。犯人の目星も大体ついてるみたい。だから、本当に何も心配しなくていいのよ」


 私が安心したのがわかると、マリーさんも安心したみたいだ。

 でも、安心されたところで彼女の意に添うことはできない。彼女がこれから言うだろう言葉に、頷くことはできない。


「マリーさん、森の中を迷いながら、何とか木の実とか食べて飢えを凌いでたんでしょう? ……あきらかな栄養失調だし、脱水も起こしてる。慣れないものを食べて、お腹も壊してるでしょ?」

「え、うん。よくわかったね」

「ちょっと待っててください」


 とりあえず目の前のボロボロのマリーさんを何とかしなくちゃいけないから、私はポケットを漁った。確か、外出するときに身に着けているこの上着のポケットに、何日か前にリリベルと一緒に作った薬があったはずだ。


「これ、お腹とかもろもろの薬です。口開けて。それと、両手で器を作ってください」


 マリーさんは言われるがまま口を開け、両手をくっつけて器のような形にした。そこに魔法で水を出して注ぐと、意図を理解してくれて口に放り込んだ薬を飲み干してくれた。


「……これって、ルーラの自作?」

「そうですけど」

「大丈夫なの? あんた、爆発とかの魔法のほうが得意だって、あんたの先生も確か言ってたよね?」

「その先生のおかげで、薬はそこらへんの生徒よりうまく作れるんです」

「そ、そうなの? ならいいけど……」


 マリーさんはどうやら、以前マルク先生が言っていたことを覚えていたらしい。「この子は物を創るより、爆発とか壊すほうの魔法のほうが得意なんですよ。というより、才能があると言っていいくらいで」って。

 アイドルになったのだって、魔法の方面で何か就職に有利な技能がなかったからというのもある。戦争のない平和な時代には、爆破や噴出なんて物騒な魔法は使い道があまりないのだ。


「連れ戻すために、ここまでわざわざ来てくれたのはわかります。でも、私はまだここでしなくちゃいけないことがあるので、帰れません。ごめんなさい」


 マリーさんが少し落ち着いたのを見計らって、私は思いきって頭を下げた。

 謝ったところで、やってしまったとんでもない不義理はどうにもできない。かけてしまった迷惑も、取り返せない。

 だからこそ、頭は下げておきたかった。

 それに、帰れないことも、ちゃんと自分の口から伝えたかった。

 自分でも意外だったけれど、私はどうやら“死にたい”から“帰れない”という心境に変わったようだ。たぶん、すこしだけ進歩だ。


「そっか……わかった。とりあえず、ルーラに死ぬ気がないのが確認できたからいいや。私ね、ただそのことだけが心配で探してたんだわ。私が守りきれなかったばっかりに、あんたに死なれたらどうしようって思ってたんだ。私がしっかりしてたら、そもそもあんな写真を撮られずに済んだわけだし……ごめんね」


 意外なことに、マリーさんはすんなりと私の言葉を受け止めてくれた。それどころか、謝罪までしてくれた。

 マリーさんが悪いわけじゃないのに。

 ――今まで、マリーさんのことを誤解してたのかも。

 怖い怖いと思っていたマネージャーはどこにもいなくて、そこには責任感が強くて熱いお姉さんがいるだけだった。


「あの……駅とか宿とかまで、送りましょうか?」


 納得したマリーさんはふらふら立ち上がって、森の出口まで歩いていく様子だった。それが心配で身体を支えようとすると、きっぱりと首を振られてしまった。


「大丈夫。私には、この杖がついてるから」

「それって、もしかして」

「そうよ。魔法使いマリリン(・・・・)の杖よ。私のファンだっていうドワーフさんにもらったの。これさえあれば、私はまた頑張れるわ」


 立ち上がったマリーさんが掲げたのは、かつて魔法使いマリーンが持っていた長杖によく似たものだ。でも、はるかに上質なものになって、デザインも少し変わっている。

 それを見て、そうか生まれ変わったか進化したのかと、私は納得した。

 その長杖で身体を支えながら、マリーさんは森を出るために歩いていった。

 でも、しばらく歩いてからくるっとこちらを振り返る。


「ルーラ、その私服クソださいから! どうにかして! あと、落ち着いたら顔見せに来て。……ちゃんと可愛い服でね!」


 さっきまでお腹を壊してヘロヘロだったくせに、ひどいことを言ってマリーさんは去っていった。やっぱり、厳しい人だ。

 でも、もう怖くない。


「……ルーラ、死んじゃ嫌だよ」


 マリーさんを見送ると、それまでずっと背中に隠れていたリリベルが、不安そうに私を見上げた。

 

「うん。死なないよ」


 安心させるように微笑んで、私は言った。

 数日前なら、嘘でも言えなかったことだ。でも、今はわりと本心で思っている。

 マリーさんに会って話を聞けたことで、楽になった部分は大きかった。


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