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13、災いは空から降ってくる

「今日は何する? もしかして箒の練習したりする?」

「あー……うーん……ちょっと待ってー」


 まだ目覚めきっていない頭でリリベルの声に返事をしながら、私はソファの上に身体を起こした。

 ここ数日、こうしてリリベルに起こされる日々が続いている。

 過呼吸を起こしたあの日以来、リリベルが私のお目付け役としてそばにいることになったのだ。

 リリベル目覚ましは機械のように正確で、そして気合いが入っている。おかげで、この数日は規則正しい生活だ。


『いいか、ルー? 毎日よく眠って、無理のない範囲で活動すること。この部屋の中だったら好きにしていいし、リリベルと一緒なら外へ出てもいい。何だったら、リリベルに魔法の授業をしてくれると助かる。とにかく無理をせず羽を伸ばすこと。でも、ひとりで外出はするな』


 夜のピクニックのあと、先生にこう言われた。

 先生の中で私のことを重く受け止めてくれた結果だと思うから、私もちゃんと聞き入れている。

 死にたい気持ちがなくなったわけではない。でも、先生のおかげでずいぶん軽くなっている。


「ん……リリベル、来たのか。よしよし。じゃあ、三人分の朝食を調達してくるから」


 リリベルの元気の良さに、マルク先生も目を覚ました。伊達眼鏡を外した無防備な素顔に、ちょっぴりドキリとする。

 ――何でかっこいい顔を隠しちゃうのかなあ。まあ、隠してくれてるおかげで、他の人が先生の良さに気づかないからいいんだけど。


「どした、ルー? 俺の顔、何かついてるか?」

「ううん。先生、眠そうだなって見てただけ」

「ルーだって眠そうだろ」


 ジッと見ていたのに気づかれたけれど、何とかごまかすことができた。

 でも、何だか笑いそうになってしまう。女の子から好意的な視線をもらっていることに気づかずごまかされる先生は、なかなか恋のチャンスは来ないだろうなあと思って。

 あくびを噛み殺すふりをして笑いをやり過ごすうちに、先生はベッドから起き出して部屋を出ていった。


「マルク先生、絶対に食いしん坊だと思われてるよねー」


 これから先生がお盆に乗せて運んでくる食事の量を思ってか、リリベルがいたずらっ子の顔で笑った。

 確かに、私と先生の二人分ならまだしも、リリベルの分まで加わると結構な量だ。とはいえ、リリベルは大して食べない。


「先生は食べる量が少しくらい増えたほうがいいから、あまり気にされてないかも。実は、放っておくと食べない人だしね。それに、今の学校は何か変な雰囲気だから、誰かの食事量が増えたくらいのことに気づく人がいるかな……」


 ここ数日学校内を歩き回って感じたことを思い出す。

 いちいちお風呂のために町に下りるのも大変だから寮内の浴場へ行っているのだけれど、見かける人は教師も生徒も何だか疲れている。そのため、私とリリベルが歩いていても特に気づく人はいない。

 魔女っ子ルーラが流行っていて私と同じピンク色の髪に染めている子がわりといるから、そのおかげもあるかもしれないけれど、まさかここまで誰にも気づかれないものかと驚いている。

 それだけ、他者に関心を寄せる余裕がなくなっているのではないかと感じた。

 マルク先生の話だと、世紀末じいさんズの言っていることを真に受けている人は少ないみたいだけれど、それでも疲れてはいるのだろう。


「おまたせ。今日はゆで卵があったぞ」

「やった! たまごー」

「じゃあリリベル、私の分もあげるね」


 お盆を手に、マルク先生が戻ってきた。ゆで卵にスープ、それからこんもりとしたパンの山。

 

「……先生、日に日に持ち帰ってくる食事の量が増えてない?」

「そうか? 三人ならこんなもんだろ」

「育ち盛りなのはリリベルだけだからね。私はもう育たないんだから」

「そうかー」


 テーブルの上にお盆をおくマルク先生の顔は、何だか楽しそうだった。おそらく、これはわかっててやったことだ。

 少しずつ私の食べる量を増やそうとしているのだろう。

 年齢的に、縦の成長は望めないから、あとは横に大きくなるだけだ。先生は私を太らせて、どうしようと言うのだろう。

 とはいえ、やっぱり勧められると食べてしまう私も悪いのだけれど。


「よし、しっかり食べたな。じゃあ俺は授業とかいろいろあるから、ルーもリリベルも良い子でな。昼飯を食べに町に下りてもいいけど、夕飯までには戻ってきてくれよ」

「はーい。私がついてるから大丈夫だよ」

「だな。頼んだぞ」


 食べ終えると先生は慌ただしく部屋を出ていってしまうから、私とリリベルはそれを見送った。

 先生が行ってしまうのは寂しいけれど、これからの時間が実は楽しみでもある。

 リリベルと、ちょっと悪いことをするのだ。


「リリベル、準備できたら言ってね。私はね、いつでも大丈夫」

「待って待って! カバン持ったら、私も出発できるよ!」


 私は簡単に身づくろいをして、箒を手に窓際に立つ。

 すると、リリベルは小さなカバンにイチイの枝で作った短杖を差し込んで駆けてくる。


「よぉし。じゃあ、今日も森で魔法の練習しよっか」

「おー!」


 まずは窓を開ける。

 それから箒にまたがって、リリベルが後ろに乗ってしっかり摑まったのを確認して、私は床から浮き上がった。

 そして、窓枠を蹴って外に飛び出した。


「閉じよマメ!」


 リリベルと声を揃えて呪文を唱え、窓を閉めるのも忘れない。

 魔法がきちんと発動して窓が閉まったのを確認すると、私たちは共犯者めいた笑いを共有した。

 本当は、室内から外へ箒で飛び出すことは禁止されている。

 でも、姿を見られないようにして玄関に行くのも面倒だし、何より窓から飛んでいくのはなかなか楽しい。

 最初はやむを得ずやったことだったけれど、今は完全に楽しいからやっている。


「今日も風が気持ちいいねー。やっぱりこういうのどかなところがいいな。都会の空は、飛ぶのに不向きなの」

「そっかー。空飛ぶトラムとか高いビルとかあるもんね」

「そうそう。それに、誰も飛んでないと何か飛ぶのが恥ずかしくなっちゃうんだよ」

「人目が気になるってやつかー」


 何気ない話をしながら、のんびりと空を飛んでいく。

 重量の問題もあるけれど、まだ自分で飛ぶことができないリリベルに飛ぶことの楽しさをまず覚えて欲しいから。

 私がもしリリベルに飛行を指導することになったら、絶対にマルク先生みたいな厳しいことはしないつもりだ。


「ルーラ、止まって! このまま飛んでたら変なやつに出会って面倒なことに巻き込まれるよ!」

「えっ」


 しばらく和やかに飛んでいると、唐突にリリベルが叫んだ。

 どうしたらいいかわからなかったものの、とりあえず私は箒を急停止させた。

 それから、ゆっくりと着陸した。

 目的地は薬草園の付近のひらけた場所だったのだけれど、ひとまず降りられる場所だったからよかった。


「またリリベルの予知ね。何が起きるのかはわかんないけど、とりあえずありがと……う……!?」


 リリベルのおかげで危機を回避できたと思ってほっとしたそのとき、目の前に何かがものすごい音を立てて落ちてきた。

 ズドンとかドコンとか、そんな音がした。あきらかに、何か重たいものが落ちてめり込んだ音だ。

 私とリリベルは顔を見合わせて、恐る恐るそれが落ちた場所を見た。するとそこには、人が埋まっていた。


「もしかして、あのまま飛んでたらこの人にぶつかってたの?」

「たぶん、そうだと思う」

「……でも結局、災難のほうから降ってきたのね。逃れられなかったってこと? ……って、チャールズ!」

「……ジェームズだよ……」


 地面にめり込んだ人を引き上げてあげると、何とそれはジェームズだった。名前を間違えても丁寧に突っ込むあたり、どうやら元気なようだ。


「ねえ、何でめり込んでるの? 何で落っこちてきたの? 何か面倒くさいことを抱えてるなら、よそに行ってよ」

「え、え……何? このお子さん……すげえ辛辣なんだけど……」


 私が助け起こしたジェームズを、リリベルは木の棒で突いていた。まるでばっちいものに対する扱いだ。見ず知らずの子供にそんなことをされて、ジェームズはたじろいでいる。

 リリベルはきっと、私との時間を邪魔されたのが嫌だったのだろう。もしくは、ジェームズがもたらすに違いないトラブルが嫌なのか。


「この子はまあ、知り合いの子。私の面倒を見てくれてるの。で、ジェームズは何してんの?」

「子供に面倒を見られるなよ。あー、俺は、デリアの使い魔捜しを頼まれてたんだよ。逃げられちまったんだと」

「……リリベル、帰ろ。面倒くさいことに関わってる暇はないよ」

「待て待て待て!」


 思わぬ名前が出て、私は一気に聞く気が失せた。地面にめり込んでいた人が、面倒くさい事情を抱えていないわけがなかった。最初からわかっていたのに、どうして声をかけてしまったのだろうという後悔しかない。

 デリアというのは、私やジェームズの同級生なのだけれど、なぜか私によく突っかかってくる変な子なのだ。いつも怒っているし張り合っているし、いわれのない因縁をつけられるから面倒くさくて嫌いだ。卒業してやっと縁が切れたと安心していたのだから、わざわざ関わりたくない。


「ルーラがデリアを苦手としてるのは知ってるよ。てか、あいつがいつも全面的に悪いと思う。でもさ、使い魔に罪はないから。ほら、こんなに可愛いやつなんだよ。まだ子供だし。今頃森で迷ってると思ったら、可哀想だろ?」


 ジェームズは私の服を引っ張り必死で引き止めて、面影鏡を見せてくる。

 そこに写っていたのは、オレンジがかった毛並みの、毛足が長い可愛い子猫だった。

 意地悪デリアの使い魔とは思えないほど、キュルキュルな可愛い顔をしている。


「ルーラ、だめだよ。猫が可愛いからって、関わり合いになっちゃ」

「でも、可愛いよ。こんな子が今ひとりぼっちなんて、可哀想じゃない?」

「可哀想だけど、捜すのはそこの人に任せておけばいいよ」


 ほだされかけた私を正気に返らせようと、リリベルはとても真っ当なことを言ってくる。

 確かにそうだ。でも、すがるようなジェームズの目や可愛い子猫のことを思うと、無下に断ることもできない。


「頼むよ。ひとりで探すのが大変なのもあるんだけど、何か森のあちこちで魔法が唐突に使えない場所があってさ。それで、さっきも箒から落っこちたんだよ。な? ちょっとの時間だけでもいいから!」


 ジェームズはほとんど拝み倒すと言っていいくらいの勢いで頼んでくる。膝をつき、頭は地面にめり込みそうになっているのに、手に持った面影鏡はしっかり掲げているのがおかしい。

 そのあまりの必死さに、リリベルと私は顔を見合わせた。  


「……じゃあ、ちょっとの間だけだったら、探してもいいけど」


 仕方なく、私は言った。

 おそらくもう、ジェームズが目の前に降ってきた時点でトラブルから逃げられないのだと、腹をくくったのだ。

 


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